不吉な本
第五十四話。持ち主はだあれ?
「あなたがたは……?」
山の麓の砦にやってきた二人を出迎えたのは、入り口に立つフェシーだ。いつもならば、彼は勝手に自己紹介を始める。
それから動き出そうしていた狼刀は、フェシーの次の行動を予測出来なかった。
「それは、クレバー様の衣装ですか? 何故、あなたのような選ばれし神官ではないものが持っているのですか? クレバー様の衣装を?」
フェシーは、クレバーの服を羽織った狼刀に詰め寄る。
狼刀にはフェシー達が着ている浄衣と見分けがつかないが、フェシーには違いが判るらしい。
「私は、知恵の神官から大神官様への伝言を承ってまいりました。通していただけますか?」
狼刀は作戦を変更して、自分が使者ということにした。
フェシーは驚いた顔で固まる。
「確かに、その浄衣はクレバー様の物。親書とは違い偽造されることのない浄衣を選ぶとは、クレバー様は流石です」
フェシーは一人で頷くと、後ろを向いた。
「さあ! 道を開けなさい! クレバー様の使者の方が通られます」
神官達は戸惑っているようだったが、リーダーはフェシーなのだろう。その言葉には逆らうことなく、中央から二つに分かれ、道を作った。
「さあ、こちらへどうぞ」
フェシーがにこやかに頭を下げる。
案内をするように、狼刀の前を歩くフェシー。
狼刀は後ろに続きながら、神官の様子をつぶさに観察していた。一箇所だけ、不自然に神官がいない場所がある。
「おっと」
フェシーが見えない壁にぶつかった。
「サブナック。避けていてください」
見えない壁――魔神に語り掛ける。
だが、魔神に動かなかったのだろう。少しズレて、フェシーは進もうとした。
「サブナック。避けなさい」
それでも、魔神は立ちふさがっているらしい。
無口で単調な魔神だが、思考しないわけではないようだ。
「行くぞ。ハーティル」
「わかった」
狼刀は魔神を避けて、神官の中に飛び込んだ。
「なにを!?」
フェシーが驚きの声を上げる。
他の神官達も驚きが先行しているのか、狼刀に攻撃を仕掛けてはこなかった。それでも、攻撃がないとは限らない。
いや、必ず来る。
経験と直感に従って、狼刀は右に飛んだ。
左肩を不可視の矢が掠める。
「馬鹿な……っ」
魔神の声が聞こえた。
一発目は上手く躱せたが、二発目を躱せる保証はない。
狼刀は竹刀を投擲。
「げ、下郎ごときがぁ!」
魔神――レラジェが消滅する。
狼刀は二本の刀を構えた。
フェシーともう一体の魔神はハーティルに任せておいても大丈夫だ。
狼刀の相手は、残る神官達。
武器を壊し、気絶させ、致命傷にならないように無力化する。倒れても立ち上がってくる神官に対しては、足を狙って立てなくした。
人数こそ多いが、一人一人は強いわけではない。
狼刀が傷を負うことはなかった。
「終わったみたいだね」
ハーティルも見た目は無傷だ。彼の場合は魔法で回復出来るため、傷を負わなかったとは断言出来ないが。
「本当に殺さないで制圧できるとはね」
「まあな」
ハーティルは狼刀の戦果に驚いているようだった。狼刀としては、魔神を倒したハーティルのほうが凄いと思うのだが。
「これはクエラ達が回収に来る。僕らは進もう」
いつの間に約束していたのかわからないが、嘘ではないだろう。神官を運ぶことを嫌がっていたし、狼刀の極力殺さないという方針も伝えていた。
こうなることを予測して、ハーティルが交渉することは、十分に考えられた。
「ああ、行こう」
次は最初からそうしておこう。
狼刀はそう決意した。
◇
「まさか、山の中がこんな事になっていたなんて」
隣でハーティルが驚いているが、狼刀は三度目ということもあって驚きはなかった。
長い通路を進んで扉を開ける。
部屋の中には階段以外に気にするべきものはない。
階段を上ると、下と同じような作りをした大きな部屋に出る。
扉はひとつだけ。
その先には、下と変わらない通路が続く。
狼刀は手近にあった窓を叩き割った。
「何してるんだい?」
不思議そうにハーティルが訊ねる。
「気にするな。進もう」
「そう、だね」
ハーティルは得心いかないといった表情ながらも、それ以上追及することはしなかった。
仮に狼刀がハーティルの立場であっても納得はしなかっただろうから、その態度に疑問はない。
それに、答えはすぐに出る。
通路を抜け、扉を開けて部屋に入り、階段を上がる。その部屋にある扉はひとつだけ、それを開ければ通路だ。
その通路にある窓が一つ、割れていた。
「どういうことだ」
ハーティルが立ち止まる。
「ループしてるってことだろうな」
「先に進めてはいないということか。いやらしい手を使う奴らだ。だが今は、どうやってここから抜け出すか、だな」
狼刀の呟きを聞いて、ハーティルは腕を組んで考え込んだ。だが、考えたところで結論は出ないだろう。
「戦闘の準備をしてから、あの部屋に入るぞ」
ならば、知ってそうなやつらに聞くしかない。
「敵をおびき出す」
「ああ、わかったよ」
扉の先にある部屋は、前の二つと全く同じだった。階段以外は、人が隠れるようなスペースすらもない開けた大部屋。
「少し休もうか」
「やすもうやすもう」
狼刀は刀を、ハーティルは錫杖と魔法の盾を構えながらも、腰を下ろす。
「ええ、休まれるがいいでしょう。永遠にね」
神官の群れは、何も無い場所から現れた。
砦でのやり取りを把握しているのか、彼らはすでに臨戦態勢だ。
「我らに逆らうものには、天罰が下されるのです」
「あいつは任せた!」
「防砦魔法・監獄」
狼刀の指示を聞いて、ハーティルはおそらく魔法でオルダーを拘束した。狼刀としては、数が多いだけ神官は自分が相手をするから、オルダーを倒して欲しいというだったのだが。
「ちっ。バラム殿! 頼みます」
「承知。此方に任せるがよい」
魔神の声が上から聞こえた。
狼刀は竹刀を真上に向け、突き出す。
「まさか、まだ……! くぞっ」
竹刀に重みがかかるのと同時、魔神バラムはその姿を現すことのなく消滅した。
「グルァ!」
悲鳴のような叫び声をあげて、何かが倒れる。
その大きな音に、神官達が振り返った。これで、囲むように向かって来ていた神官の半分は、背を向けている状態だ。
狼刀とハーティルは弾かれるように走り出した。
「マルティール騎――」
「遮音魔法」
二人の動きに気がついたオルダーが声を上げるが、その声はハーティルの魔法によってかき消される。
狼刀はあとでハーティルの使える魔法についても聞いておかなくてはならないと、改めて思った。
戦闘の始まりとしては、狼刀とハーティルが半ば不意をついたような形だ。
それでも、騎士団という名は伊達ではなかった。
個々の力では狼刀にも、ハーティルにも劣るものの、優位性も持つ数の力をしっかりと戦いに組み込んでいるのだ。
むしろ、持久力という面においてはマルティール騎士団のほうが勝っていると言えるだろう。
早く終わらせなければ。
そんな風に焦る狼刀の懐から、一冊の本が落ちた。
その本は神託聖書。
クレバーの服と一緒にもらったため、ふくろに入れずに懐に入れていたのだ。普通に生活している分にはそれで十分だったのだろうが、あまりに激しく動いていたため、弾みで落ちてしまった。
だが、狼刀は気がつかない。
対する神官達にも気にする様子はない。
踏まれ、蹴られ、本は人の波の外に飛び出した。
ゆっくりと表紙がめくれ、一枚、また一枚とページがめくられていく。
ひとりでにめくれるその様子は、誰の目にも止まらなかった。
「全く、しぶといな……」
表情には出さないが、疲れが出てきている。神官はそれなりに無力化したはずだが、隊列に乱れは見られない。
オルダーの命令がなくとも、動けるのだ。
例えば、疲れているハーティルに人数を多く裂き、狼刀と対峙する神官は足止めに重きを置いて行動といったふうに。集団としては優秀なことこの上ないのだが、狼刀にとってはありがたくないことだった。
「行かせねぇぜ」
強引にハーティルの元に行こうとする狼刀の前に、一人の男が立ちふさがる。
実力は他の神官たちより高く、オルダーには負けるといったところだろうか。だが、実力もさることながら、彼の指示が的確なのだ。
彼を中心に別の部隊があるかのようにしっかりと連携が取れている。
狼刀が少数の敵を相手に足止めされている、最大の理由が彼の存在だった。
「通させてもらう」
狼刀の攻撃は、男に防がれる。
その隙を、他の神官達が狙う。
防ぐにしても、回避するにしても、狼刀は少し下がらざるを得なかった。
その隙間を、男が詰めてくる。
男は攻撃はしてこなかった。
狼刀により大きな隙を生ませるために、攻めさせたいのだろう。
狼刀は踵を返して、逃げる。
「待ちやがれ!」
相手が追って来たであろう声を聞いて、狼刀は立ち止まり、向きを変えた。姿勢を低くして、追ってきた男の脇を走り抜ける。
その目の前に、剣が迫っていた。
とっさに受け止めるが、勢いのままに飛ばされてしまう。
「そんな見え見えの手に、引っかかるわけねぇだろおが」
狼刀に攻撃を当てた男は一歩たりとも追ってきてはいなかった。
「やれ」
そんな合図と共に神官達が襲いかかる。
その瞬間。世界が停止した。
正しく言うのなら、その場所にいた全員の動きが止まった。狼刀がそうであるように、おそらくは全く動けないだけだ。
そんな制止した世界に、ノイズのような物に包まれた何かが現れた。何かは動けない人に干渉することなく、地面に落ちた本を目指して進む。
「回収させてもらうよ」
本を拾いながら、それは男か女かもわからない声でそう言った。
「あげた彼はいないようだね」
声だということも、言っている内容もわかる。それなのに、どんな声なのかだけは判別出来ない声。機械音声ともまた違う、奇怪な声だ。
「なら、消えてもらいましょう」
声の無慈悲な宣言を受け、その場にいた人間は跡形もなく消えた。




