不穏な影
第五十三話。何が起こるかわからない
「大丈夫かい?」
ハーティルの声を聞いて、狼刀は目を覚ました。屋外だ。オルダーとステイマーを突破した記憶はないから、セーブ地点まで戻ってきたということだろう。
「大丈夫だ。トレイス城に行こう」
その言葉にハーティルが頷いたことで、狼刀は確信を得た。
何度来ても、トレイス城の惨状は変わらない。二人で探索をしても、得られるものも変わらないだろう。
「二手に分かれて探索しよう」
「分かれて?」
ハーティルが首を傾げる。
狼刀は気にせずに、続けた。
「中央の階段から左右に分かれて、最終的に上で合流することにすれば、効率よく探せるだろう」
目の前に広がる景色は、真ん中の階段を中心として左右対称になっている。三度にわたる探索で、この城全体がほぼ左右対称だということも知っていた。
「敵がいたらどうする?」
王の間にしかいないことはわかっている。
「各個撃破。難しそうなら、合流してからだ」
狼刀がこれからしようとしていることを考えると、そう決めておきたかった。
「……わかった」
ハーティルが頷き、狼刀は胸を撫で下ろす。
「でも」
狼刀はビクッと身構えた。
「無理はしないようにね」
「そっちもな」
「わかってる」
狼刀とハーティルは背中を向けあって歩き出す。
片側だけの探索なら、普段の半分で終わるということだ。つまり、普段より早く予言の神官と対峙することが出来、傭兵団の到着前に出来ることが増える。
ハーティルが部屋に入ったことを音で確認し、狼刀は踵を返した。
部屋の探索はしない。
何度も繰り返しやってきたのだ。
狼刀は真っ直ぐに王の間を目指して走り出した。
「予言どおりですねぇ。まっったく、予言通りです」
綺麗ではない純白の神官が、予定通り、そこにいた。
「僕は予言の神官。強く、賢く、偉大なる三神官の一人」
「ご託はいらない。ここにいれば死ぬぞ」
長い自己紹介も飽きるほどに聞いている。何より、今は時間との勝負なのだ。神官の言葉を全て聞いている暇はなかった。
「ユウキ・ロウト。あなた如きに何がわかるというのですか? 神託聖書を持つ僕には未来を見ることが出来ますが、凡愚たるあなたに何がわかると」
「わかるさ。俺には未来が見えるんだ」
刀と竹刀を持って、狼刀は構える。
「なんだと? ふざけているのか?」
「ふざけてないさ。その本で調べてみればいいだろう?」
「黙れ! 死ね! 図に乗るんじゃない!」
叫びながら、神官は勢いよく右手を突き出した。
おそらく魔法を発動したのだろうが、見えない狼刀には関係ない。
「化け物!」
神官は右手を振りかぶり、物を投げるような動きをした。
違う魔法だろう。
それでも、狼刀には関係ない。
「くそっ! 爆焔魔法!」
「無駄だ」
両手を合わせて放つのは、第三の魔法。
至近距離で放たれた魔法がどのようなものかはわからないが、おそらく神官の視界は塞がれた。
目が合わなくなったのだ。
狼刀は残る距離を駆け抜けて、竹刀を振り下ろした。
「ぐはっ……」
神官が倒れる。
「何かあったんですか?」
王の間に入って来たのは、ハーティルだった。
傭兵団でなかったことに狼刀は安心する。
「神官は倒した。引き上げるぞ」
「ちょっと、待ってください」
狼刀が神官を担ぎあげると、ハーティルがその首に手を当てた。
「まだ、生きているようですけど」
「無駄に殺しはしない」
「そう、ですか」
納得したという顔ではないが、反論はないらしい。
狼刀は数歩進んで膝をついた。
「デュース城の牢獄に入れてきましょう」
ハーティルはため息をつき、神官を担ぐ。
心底嫌そうな顔をしていたが、代わるとは言えなかった。
「そうだな」
負担を少しでも軽くするために、早く戻ろう。
そう決意した狼刀の前に強敵が現れた。
「ちょっとお話を聞きたいのだガ、いいかね?」
「何か用ですか、ボス」
返事をしたのは元傭兵団のハーティルだ。
「我々はあるものを探しに来たのだガ、その神官なら何か知ってるかと思ってね」
新歓を圧倒する強さを持つ傭兵団の二人。その目的を狼刀は初めて知った。
「この神官に聞いても無駄だと思いますよ。探すなら手伝いますけど」
「な――」
「では、我々だけで探しましょう。ボス」
頷いたボスの言葉を、サツリクが遮る。
仮面のはずのボスの顔が険しくなった――ような気がした。
「そうだな」
表情はわからないが、声から不満が滲み出している。そのことに気がついても、狼刀は何も言えなかった。
「後は任せるよ、グリュー」
ボスは王の間の探索を行うのか、狼刀の横をすり抜ける。
「貴様かッ……」
サツリクは狼刀を睨みつけてから、ボスの後に続いた。
◇
「サツリク。あいつと知り合いなのかね?」
探し物をしながら、ボスはサツリクに訊ねる。
「グリューは元傭兵団の一員ですからね」
「ふざけているかね」
ボスが手を止めてサツリクのほうを見た。
グリューことハーティルが元々傭兵団の一員であることは当然ボスも知っている。ボスが言ったあいつとはもう一人のことだ。
「もう一人は知りませんよ」
サツリクはそれをわかっていながら、あえて見当外れの回答をした。
「それならいいのだガ、もし違うというのなら……」
「本当ですよ」
サツリクは短銃をボスに向け、躊躇いなく引き金を引く。銃口から放たれたのは、銃口よりもとても小さな針だ。
「爆布」
ボスの頭上で小さな爆発が起こり、爆炎が下へと流れて炎の壁を形成する。
小さな針は炎の壁に触れ、焼失した。
「ボス、一つお願いがあるのですが?」
ボスはため息をつくと、立ち上がる。
「言ってみるガいい」
「今回の一件が終わったら少し休みをください。お願いします」
サツリクは深々と頭を下げた。
何度下げてきたかわからないし、これから何度下げることになるかもわからない。それでも、このお願いだけは聞き入れてもらわなければならなかった。
「いいだろう。だガ、戻ってきたら今まで以上に働いてもらうぞ」
「ありがとうございます」
「まずは、鍵を探すのガ優先だ」
◇
行く時よりも多くの時間をかけて、二人はデュース城に向かった。ハーティルが――ときどきは狼刀が――神官を背負っているため、スピードが出せないのだ。
辿り着く頃には、すでに夜になっていた。
話をするのは朝になってからだろうか。
そんな心配をする狼刀をよそに、二人を出迎えたカイに王の間へと案内される。
「クレバーと同様に捕えよう」
王はあっさりと許可した。
すでに一人いるから当たり前かと思う一方で、二人だと何かが起こるリスクも高まるのではないかという不安もある。
カイの作った拘束具があるから大丈夫だと彼らは語るが、ブラストの件がある狼刀は全く安心出来なかった。
そんな狼刀に、ハーティルが意外な言葉をかける。
「死を与える魔法の使い手なんて滅多にいないから大丈夫だと思うよ」
「なるほど……」
不安を払拭しきれない狼刀の横で、ハーティルはクエラに連行される神官の服を剥ぎ取った。
「出発は夜が明けてから、だよね?」
「そうだな」
狼刀が頷くと、ハーティルは満足そうな顔で王の間を後にした。
狼刀は神官が収監されたという報告を聞いてから、眠る。予想以上に疲れていたのか、狼刀は深い眠りについた。
そして、夜が明ける。
狼刀が目を覚ますと、部屋の中には赤い服を着たハーティルがいた。
赤い服――?
「その服どうしたんだ?」
ハーティルは自分の服を見て、得意げな笑みを浮かべる。
「あの神官の持ってた服だよ。色がいまいちだったから染め直したけどね。君の分もあるよ」
そういって、手に持っていた黒い塊を投げ渡した。
狼刀が受け取ったそれは黒い浄衣だ。おそらく知恵の神官クレバーの服を剥ぎ取ったのだろう。
「……ありがとう」
狼刀は受け取った浄衣を羽織った。
気に入ったわけではない。砦に向かうにあたってそのほうが都合がいいと考えのだ。
「それと、これもあげるよ」
ハーティルは投げたのは神託聖書だ。欲しいと言った覚えはないが、もらっておいても不都合はない。
「さぁ、さっさと邪神教を潰しに行こうか」
ハーティルの物騒な宣言は、場所が変わっても変わらなかった。




