邪神官
第五十二話。ハーティル目線
「まさか、山の中がこんな事になっていたなんて」
関所を抜け、山に掘られた横穴へと入ると、人工的な世界が広がっていた。単純に穴を掘ったのではない。壁を補強し、城と比べても遜色のない建造物を作り出していたのだ。
狼刀はあまり驚いていないようだが、彼がいたところでは珍しくないのだろうか。
そんな疑問を抱きつつも、尋ねることはなく、ハーティルは分かれ道のない通路を進んでいった。
突き当たりには、扉が一つだけ。
中に入ると、天井が高く大きな部屋の中に階段だけが存在した。
分かれ道はない。
伏兵を警戒しつつも階段を上がると、同じような部屋に出た。違うのは、階段が下り階段だという点だけだろう。
一つだけある扉を出ると長い通路に出た。
通路の月あたりには、扉があり、そこは階段だけがある部屋だ。
その階段を上がると部屋。部屋を出ると廊下。廊下の突き当たりには部屋。部屋の中には階段。階段を上がると部屋。部屋を出ると廊下。廊下の突き当たりには部屋。
同じところを何度も回ってるのではないかと思うくらいに同じみちを、二人は進んだ。
何度繰り返した頃か、狼刀がふいに呟いた。
「疲れたな。ちょっと休もうか」
肉体的には疲れていない。
「休むか」
それでも、同じ景色が続き、精神的に疲れていたハーティルはその提案に乗った。
「ええ、休まれるがいいでしょう。永遠にね」
そんな二人を囲むように、黒装束の集団が現れる。
錫杖や槍などを持った邪神官達は、すでに臨戦態勢だ。
「我らに逆らうものには、天罰が下されるのです」
「防砦魔法」
ハーティルが魔法を発動させるのとほぼ同時に、邪神官達が襲いかかる。邪神官の武器は魔法に阻まれ、ハーティルに届かない。
だが、狼刀は魔法の外にいた。
ハーティルがいるはずの場所を含んで範囲指定したのだから、彼は自分の意思で飛び出したのだ。魔法の発動よりも早く、おそらくは邪神官の第一声を聞いて。
邪神官達の攻撃をいなしながら、狼刀は進む。
「バラム殿! 頼みます」
「承知。此方に任せるがよい」
上の方からこもった声が聞こえると、狼刀は立ち止まり、竹刀を突き上げた。
「まさか、まだ……! くぞっ」
「グルァ!」
驚いたような声が響き、悲鳴のような鳴き声と、大きなものが倒れたような音が続く。一つ目は狼刀の行動が原因なのだろう。
けれど、二つ目の声と物音は反対方向だ。
ハーティルが音のした方へと視線を移すと、大きな青い熊が倒れていた。野生ではありえない大きさだ。
独特の色合いからは、関所で戦った異形が連想されるが。
「こいつの命が惜しければ、大人しく武器を置いてもらおうか」
いつの間にか、狼刀が一番偉そうな邪神官の首に刀を突きつけていた。
あれが隊長なのか、他の邪神官は素直に従う。
ハーティルは魔法を解除して狼刀に合流した。
「大人しくしてろよ」
狼刀は邪神官を捕まえたまま、扉へと向かう。
「防砦魔法」
ハーティルは魔法で扉の付近を囲った。これで魔法を壊さない限り、追ってくることは不可能だ。
「行くぞ。ハーティル」
「わかったよ」
扉を出て、連れていく義理もない邪神官を置いて、二人は走り出した。
置いて行かれた邪神官は、二人を追いかけることもせずに佇んでいる。
「無駄な努力を」
邪悪な笑みを浮かべながら。
通路を走り抜け、扉を壊しそうな勢いで、部屋に飛び込む。そこには、黒装束の集団が待ち構えていた。
それだけでなく、待っていたかのように、槍を投擲する。
「防砦魔法」
ハーティルは魔法で防いだ。だが、防がれることは予想済みだったのだろう。邪神官達は各々の武器を構えて距離を詰めていた。
「くっ……」
魔法を解かなければ、攻撃はされない。だが、この状態では反撃することも出来なかった。
「一旦戻るよ」
ハーティルは魔法を維持したまま、部屋を出る。
「お待ちしてました。勇者様」
幼い女の邪神官が、笑顔を浮かべていた。
横には、憮然とした表情の偉そうな邪神官がいる。
その二人を囲むように、緑色をした異形の獣達がいた。見たことがない魔物だ。この地にだけ存在するのか、邪神教が実験で生み出したのか。
どちらにせよ、敵だ。
ハーティルは錫杖を構えた。
「呼んだ覚えはないんですけどね」
「もうっ、冷たいですね。オルダーは」
男邪神官の頬に指を押し当てながら、女邪神官が笑う。頭のおかしい異教徒らしく、敵を前にしてとは思えない行動だ。
「それよりも、敵を倒しましょう。ステイマーさん」
男邪神官は少しはまともな思考を持っていた。
「仕方ありませんね」
まともではないのは女邪神官だ。女は跳ねるように後ろに下がり、その場で回転した。
「さっさと死んでください」
女邪神官の言葉を合図に、獣達が襲いかかる。
「防砦魔法」
ハーティルが自身を中心として魔法を展開した。
それを見て、女邪神官が無邪気に笑う。
「無駄ですよ」
理解の出来ない発言だった。
けれど、獣達が体当たりで魔法を突破した姿を見て、状況を理解しないわけにはいかない。
「防盾魔法」
ハーティルは右手に魔法の盾を形成した。
防砦魔法よりも面積が小さい分、強度が高いのが防盾魔法だ。生半可な攻撃では破壊出来ない、防御特化の魔法。
「なっ……」
それを、獣は簡単に噛み砕いた。
「防盾魔法」
再び展開するが、結果は変わらない。
ハーティルは錫杖で獣を殴り飛ばした。
「なにっ……」
正しくは、風の魔力を纏い、斬りつけたのだ。
だが結果として、鱗のような獣の皮膚を斬ることは出来なかった。
防盾魔法を破るだけの力を持ちながら、風の魔力を帯びた断裂の一撃にも耐えたのだ。
関所の異形とは比べ物にならない。
それが、複数いる。
ハーティルは錫杖を構え直し、獣達を睨みつけた。
「行けるか?」
狼刀が問う。
「行くしかないねっ!」
答えると同時に、ハーティルは床を蹴った。
彼我の戦力差は歴然だ。このまま進んだとしても生き残ることは出来ないだろう。
となれば、敵の中を突破して戻るしかない。
「防砦魔法・監獄」
対象は自分ではなく、敵。守るためではなく、拘束するための魔法だ。
「無駄ですよー」
内側からの攻撃に強いはずの魔法は、獣の一撃で粉砕された。
「グルルル!」
「くっ……」
獣の攻撃は錫杖で受け止める。
「グルルル!」
背後から迫る二体目は、防げない。
だが、その攻撃はハーティルには届かなかった。
「先走るなよ」
追いついてきた狼刀が、木刀で吹き飛ばしたのだ。
ハーティルは錫杖に噛みつく獣を振り落とし、構え直した。
「突っ切るよ」
今度は一人では行かない。
「戻って、態勢を立て直すしかない」
「だよなぁ」
狼刀が深く息を吐く。
ここを突破するしか生き残る道はないはずだが、その表情は突破を諦めているようにも見えた。それでも、死ぬつもりの表情にも見えない。
「ロウト?」
「いや、まあ、簡単にやられるつもりはないけどな」
狼刀の呟きを、ハーティルは理解出来なかった。
「いやいや。もう、死んじゃってください」
女邪神官の声に合わせて、獣達が一斉に襲いかかる。
錫杖。刀。木刀。
防げたのは、たった三体だけだった。




