不可思議な少女
第五十六話。シークレットメイクスガールガール
「まさか、山の中がこんな事になっていたなんて」
ハーティルはいつものごとく、ぐるっと周囲を見渡して、ため息をこぼす。狼刀は、見慣れているため、驚きはなかった。
考えるのは、このループから抜け出す方法だけだ。
手始めに、狼刀は窓を一つ壊した。
「何してるんだい?」
不思議そうにハーティルが訊ねる。
「気にするな。進もう」
「そう、だね」
ハーティルは得心いかないといった表情ながらも、それ以上追及しないし、狼刀も説明しようとはしなかった。
答えはすぐに出る。
通路を抜け、部屋に入り、階段を上り、部屋を出て、通路へ。その通路にある窓が一つ、割れていた。
「どういうことだ」
ハーティルが立ち止まる。
「ループしてるってことだろうな」
「先に進めてはいないということか。いやらしい手を使う奴らだ。だが今は、どうやってここから抜け出すか、だな」
ハーティルは腕を組んで考えているが、考えても結論が出ないことはわかっていた。
「戦闘の準備をしてから、あの部屋に入るぞ」
だから、敵を倒して聞き出すしかない。
「敵をおびき出す」
「ああ、わかったよ」
「作戦を決めておこう――」
狼刀は繰り返しの中で学んだ知識を元に、ハーティルの使える魔法――防砦魔法と遮音魔法――について確認して、作戦を組み立てた。
「少し休もうか」
「ああやすもう」
部屋に入ってすぐに、狼刀は刀を、ハーティルは錫杖と魔法の盾を構えながら、腰を下ろす。
「ええ、休まれるがいいでしょう。永遠にね」
狼刀の作戦通り、黒装束の集団は現れた。
二人を囲むその輪から少し離れたところに立つのが、オルダー。彼はいつもと変わらぬ調子で、高らかに宣言する。
「我らに逆らうも――」
「遮音魔法。防砦魔法。防砦魔法・監獄」
その言葉を、ハーティルが封じた。
黒装束の神官達は戸惑いながらも二人に襲いかかる。一部はオルダーの救出に向かったようだが、それは誤差の範囲だ。
「此方もゆくぞ」
魔神の声は、上から聞こえた。
ハーティルを狙ったのか、狼刀を狙ったのか、まとめて狙ったのか。それはわからない。
それでも、真上から攻撃してくる以上、狼刀の勝ちは揺るがなかった。
「まさか、まだ……! くそっ」
真上に掲げた竹刀に衝撃が加わり、すぐになくなる。魔神――バラムは不可視のまま消滅した。
「グルァ!」
悲鳴のような叫び声をあげて、何かが倒れる。
その大きな音に、神官達が振り返った。完全ではなかった隊列が、完全に瓦解する。
「殺すなよ」
「わかってる」
魔法の連発は大変だと言っていたが、休息は充分に取れたようだ。
二人は弾かれるように飛び出した。
「――――」
オルダーの声は誰にも届かない。彼は何もすることが出来ずに、騎士団が蹂躙される様を見ているしかなかった。
苦労しながらも、マルティール騎士団は方が着いた。残っているのはオルダーだけだ。
「頼むぞ。ハーティル」
「人使いが荒いね。」
文句を言いながらも、ハーティルは魔法を発動させる。気絶している神官をまとめて捕えるための魔法だ。
「にしても、奇妙だな……」
前回よりもさらに有利な条件で始めた戦いではある。それでも、今回は明らかに前回より騎士団が弱かった。
何故かと考えてみる。
その理由の一つは、簡単にわかった。
人数が少ないのである。
前回の戦いで狼刀をハーティルの元に行かせなかった神官をはじめとして、それなりの数が減っていた。
もっとも、狼刀には見分けがつかないので誰が減っているとかいうのは、わからないのだが。
「はっ! 何も教える気はない!」
狼刀の思考を遮るようにオルダーの声が響いた。
閉じ込めるだけでは何も聞き出せないと判断して、ハーティルが魔法を解いたのだろう。
「貴様じゃ勝てない。諦めて教えてもらおうか」
「他の騎士団員と同格に考えられるのは、心外だな」
じりじりと動きながら、二人は会話を続ける。
「俺は負けないさ。邪教徒如きにはな」
「守護神の狂信者風情が」
「あ? 図に乗るのもいい加減にしとけよ?」
「そちらこそ」
火花を散らす二人の神官。
狼刀はその争いには荷担せず、熱くなってきているハーティルに一言だけ言っておく。
「殺すなよ」
その言葉に、オルダーが目敏く反応した。
「随分余裕だな?」
「余所見とはいただけないな」
狼刀のほうを向いた一瞬の隙を見逃さずに、ハーティルが距離を詰める。
「くっ……」
オルダーは柄に手をかけ、後ろに飛んだ。
狼刀の知識に照らし合わせるなら、あれは居合斬りの構えだ。距離を取って、反撃に移る。その隙をハーティルは与えなかった。
前に、前に、防御など考えていないかのように、苛烈に攻め立てる。
抜刀術の使い手であるが故に抜き身で剣を振るうことに慣れていないオルダーは、剣を抜いておいて防ごうとはしなかった。
あくまで柄に手を添えたまま、ステップだけで攻撃を避けている。
「今なら使える」
ハーティルは不敵に笑い、今まで使わなかった魔法を発動させた。
「減速魔法」
オルダーの動きが、目に見えてゆっくりになる。ブラストが使っていた魔法だ。倒れる神官達に目を向ければ、その動きも遅くなっているように見えた。
「く……」
ハーティルはオルダーの右手を貫き、腰から鞘を叩き落す。と、すかさず蹴り飛ばした。
ゆっくりと痛くなさそうな速度で尻餅をついたオルダーに、錫杖を突きつける。
「さあ、素直に吐いてもらおうか?」
「……むーーーこーーーうーーーがーーわーーにーーいーくーほーほうは知らない。連絡はこれで取ってる」
オルダーは小さな箱を投げた。
「これは……」
箱をうまくキャッチしたハーティルは、驚いたような表情を浮かべる。
「固形電話だ。ここらじゃ見かけないものかもな」
「あ、いや」
「上との連絡はそれでする。だから、俺達が行き来することはない」
ハーティルにしては歯切れの悪い返事だった。
オルダーは気づかずに続けるし、狼刀も気にとめたのは一瞬だけだったが。
「まあ、どうあってもお前らが神殿までたどり着くのは無理だよ」
言うだけ言って、オルダーは大の字に倒れた。
ハーティルが何かをしたわけではない。オルダーが自らの意思で倒れたのだ。気絶してないことが、何よりの証明だ。
「防砦魔法・監獄」
ハーティルは静かにオルダーを閉じ込めた。
「それの使い方わかるのか?」
「ああ」
ハーティルは空返事をしながら、箱をいじる。
心ここに在らずといった雰囲気だが操作はできるらしい。
『オルダー。突然どうしたんですか?』
光出した箱から聞こえたのは、聞き覚えのない男の声。
ハーティルは何も答えなかった。
『どうした? 緊急事態か?』
男の声に焦りの色が混ざる。
ハーティルは答えない。
『おい! 大丈夫か? すぐに増え――』
心配そうな男の声が途絶え、カランと音が鳴る。水溜まりを歩くような音が聞こえたかと思うと、
『窓をみーんな割っちゃえば来れるよ』
少女の声が響き、箱は光を失った。
ハーティルは何も言わない。
攻略法がわかったかもしれないというのに、それに対する反応さえなかった。
狼刀は意外な攻略法に驚いている。
そして、それを伝えてきた声にも驚いていた。
その声はステイマーという少女のものだ。断言出来るほどの回数あっているわけではないが、話し方からも間違っていないと思える。彼女はもちろん味方ではなく敵だ。
罠かもしれない。
「……やってみるしかないか」
それでも、他に手はなかった。
「行くぞ。ハーティル」
ハーティルは答えない。
狼刀は全く反応を見せないハーティルの肩を叩いた。
「おい。大丈夫か?」
「あ。ああ、悪い」
ハーティルが我に返った表情で振り返る。
「で、どうするんだ?」
何も聞いていなかったらしい。
狼刀は歩きながら、話を掻い摘んで説明した。
廊下に並んだ窓を両側で破壊しながら、二人は進む。このほうが速い。というのはハーティルの意見だ。
「本当にこれで大丈夫なのか?」
そのハーティルは訝しむような視線を狼刀に向ける。
「今はやってみるしかない」
狼刀として初挑戦なのでそう答えるしかない。
「そう、だな……」
多少歯切れは悪いが、ハーティルは返事をして作業に戻った。狼刀もそれ以上は話題にすることなく、黙々と窓を割る。
一番の謎はステイマーだ。
他の人の動きを見ていると、狼刀が同じ行動をとり続けている限りは、同じ行動をとっている。そもそも、考え方や行動原理は変わらないはずだ。
それを前提に考える。
内通者。というのは、安直過ぎるだろうか。
前回は騎士団の増援だったから狼刀には協力出来ず、今回は騎士団壊滅後だったから協力出来る。
いや、違う。
最初に出た男は、何があったかと問いかけた。
その男の近くにいたはずのステイマーに、下の状況がわかるわけがないのだ。
何かヒントでも載っていないかと、狼刀は本を取りだした。
守護兵隊長ステイマー。邪悪な魔物を完全に従え、正義の魔物にした神官。その魔物を連れて神洞を守護する。
本の情報はあまり使えそうにはない。
狼刀達が苦戦した竹刀の効かない魔物についての詳しい話が一切ないのだ。本人の戦闘能力についても全くの未知数。邪神教の神官は脳筋っぽいブラストでさえ魔法を使っていたことから、魔法は使うだろうが、武器を隠し持っている様子はなかった。
獣使いで魔法使い。
それがわかっても、態度が変わった理由に繋がりそうにはなかった。
「これで最後だな」
ハーティルの声が狼刀を現実へと連れ戻す。
「そうだな」
最後に残った二つの窓を、同時に破壊した。
何も、起こらない。
少なくとも二人に知覚できるかたちでの変化は現れなかった。
疑問に思いながらも、二人は進む。
大きな部屋の中にはさっきと変わらず捕らえられた神官がいた。
「ダメだったのか?」
「いや、諦めたら負けだ」
狼刀は諦めの表情を浮かべる。
「俺は行くぞ」
立ち止まった狼刀をおいて、ハーティルは進んだ。
この部屋には窓がないので壊すものはない。扉を開けて、外に出るだけだ。
ハーティルが扉を押し開けだ。
目の前に広がるのは――
「おい! ロウト!」
ハーティルが大声で狼刀を呼ぶ。
さすがに放心している場合ではないと考えたのか、狼刀は駆け寄る。扉の向こうには、窓が割れていない通路が広がっていた。
狼刀が一歩踏み出す。二歩目を踏み出し、体は完全に部屋の外に出た。三歩目を踏み出し、扉から手を放す。
「大丈夫そうだ」
狼刀が両手を上げながらさらに数歩進み、振り返った。
ハーティルはゆっくりと部屋から出る。
扉から手を離すと、不自然なほど早く扉が閉まった。ハーティルは慌てて戻り開けようとするが、びくともしない。
「進むしかないか」
狼刀とハーティルは周囲を警戒しつつも、歩みを進めた。
通路は真っ直ぐだ。けれど、平らではなかった。
僅かな勾配が、歩きつづける二人の体力を奪っていく。途中に休めるような場所はなかった。
不用意に座ったり、壁に寄りかかることは出来ないし、ベンチなどがあれば罠を疑ってかかるべきだろう。
結局、道中では何も起こらなかった。
「お待ちしてました。勇者様」
通路の突き当りに黒い服を着た少女が現れる。
その右側には、両手の籠手に剣をつけた男。その武器は、狼刀のいた世界で例えるならば、パッター――もしくは、パタ――と呼ばれるものだろう。
反対の左側には、雷を帯びた剣を持つ人物。身長は他の二人よりも高く二メートル近くはあるだろうか。ローブを目深に被っており顔は認識できない。
そんな三人を囲むように、緑色をした異形の獣達が唸っていた。
「みんな、やっちゃってください」
少女――ステイマーがウインクする。それを合図に二人の神官と獣達が動き出した。
「ザルク・イーガンだ。手短に死んでくれヤァ」
両手にパタをつけた男が名乗りを上げて、狼刀に襲いかかる。狼刀はその一撃をしっかりと受け止めるが、勢いは殺しきれずに後ろへと飛ばされた。
倒れないようになんとか踏ん張るが、間髪を入れずに獣が噛みに、引き裂きにくる。
刀はほとんど通らず、竹刀では打撃にしかならない。
獣を退けてもザルクが襲いかかる。深く切り込むのではなく、一撃離脱の要領で狼刀の体勢を崩すだけ。
その攻防に、ステイマーが加わった。
「もう限界?」
首を傾げて無邪気な笑顔。攻撃はない。
「あー、無理して答えなくてもいいよ」
狼刀は刀を振ろうとするが、獣が身を呈して守った。
「大神官様を倒したかったらね」
耳に吐息がかかりそうな距離まで近づかれる。この距離では、刀は振れない。
「王女様を見つけなきゃ」
心臓が貫かれた。
抱きしめられ、そっと背中を撫でられる。
「頑張ってね」
狼刀の意識はそこで途絶えた。




