世界基準
第五十七話。アミステリーメイクスアガールガール
「戻ってきたか……」
デュース城を出てすぐの場所で、狼刀は目を覚ます。
「何か言ったかい?」
「あぁ、少し戻る」
不思議そうに訊ねるハーティルに向けて、狼刀はとびっきり不敵な笑みを浮かべた。
「どういうことだい?」
「用事が出来たから、城に戻るんだ」
「どうして急に」
「神官を生け捕りにする護送と王女についてだ」
「え?」
「とにかく、今は戻って話つける」
「わからない。しっかり説明してくれ」
聞けば聞くほど、ハーティルは混乱しているのだろう。その苛立ちが、声から滲み出していた。
「移動しながら説明するから、今は、頼む」
不敵に笑っていても何も解決しない。
狼刀は顔を引き締めて、深々と頭を下げた。
「……あとで、説明してもらうからね」
ハーティルは渋々といった表情で頷く。
「あとで、必ずな」
強引だとはわかっていながらも、狼刀に他の方法を考える余裕はなかった。
急いで城に駆け戻るが、広間には誰もいない。
王がいる確率が高いとしたら、王の間か。だが、そこにクエラはいないだろう。
「クエラの件は頼む」
「……わかったよ」
護送の件はハーティルに託し、狼刀は一人で王の間に向かった。
任せたことに不安はない。
タイミングは違えども、最初にクエラに護送を頼んだのはハーティルなのだ。上手くいく。狼刀はそう確信していた。
問題は新たな交渉をしなければならない狼刀の方だ。
ステイマーが最後に残した「お王女様を見つけなきゃ」という言葉。その言葉について考えようと思っても、狼刀は王女についてあまりに何も知らない。
「トレイス城に詳しい人を紹介してくれませんか!」
狼刀は王の間に入るなり、叫んだ。
「突然ですな」
玉座に座る王は静かに応じる。
「突然ですいません。ですが、知らなければならないのです」
「急ぎですか?」
「いえ、トレイス城の神官を捕らえてくる間にでも考えていただければ」
目を閉じ少し考えてから、王は頷いた。
「わかりました。手配しておきます」
「よろしくお願いします」
「いや、こちらこそ。これくらいしかお役に立てることがなくて申し訳ない」
頭を下げる狼刀に、王が頭を下げ返す。
「いえ、そんな」
「ほんとうに、役に立たぬ王で……」
「そんなことは」
「せめて、王子達のような力があれば……」
頭とともに、王のテンションも下がっていった。
「情報だけでも、とても役に立っていますよ」
「……そうか」
王の表情が少し明るくなる。
「またいつでも頼ってくれ」
「はい!」
狼刀は心からの感謝を込めて、答えた。
◇
説明する。とは言ったが、事実をありのままに説明することは不可能だ。同じように別の世界から来たイソリを除いて、この世界の人に事情を説明出来たことはない。
声が届かないかのような反応をされるのだ。
そうなれば、不信感を強めてしまうことは目に見えている。
「デュース城を襲ってきた神官を生け捕りにして、情報を引き出させようとしてるだろ。それと同じように、トレイス城にいる神官も生け捕りにしたら、より情報を引き出せると思ったんだ」
狼刀は荒唐無稽にならず、繰り返しについても触れないように、慎重に言葉を選びながら進めた。
「俺の方の要件は王女について知っておきたかったからだ。生きているかはわからないが、人となりをしれば見つけるヒントが得られるかもしれないだろ」
つらつらと言葉を並べる様は、まるで予言の神官だ。未来を知っているという点でも、狼刀には適正があるかもしれない。
そんなことを考えながら、狼刀は締めの言葉を口にする。
「何より、生存率をあげるためには、早く行く必要がある」
嘘偽りのない言葉を、自信を持って最後に言うことで、狼刀は話全体の信憑性を上げたかった。
「……なるほどね」
その甲斐があったのか、ハーティルは頷く。不信感が消えたわけではなさそうだが、疑っているような表情でもなかった。
「なら、急がないとね」
そう言って、ハーティルは走るスピードを上げる。
「あ、あぁ。……ちょ、ちょっと待って!」
狼刀は置いていかれた。
そもそも、全力で走っていたのだ。
ハーティルが合わせてくれていたとは、全く気がついていなかった。
「ほら、急ぐよ」
ハーティルは時々振り返りながらも、先を走り続けていた。
「……はぁ、はぁ、はぁ」
「遅いよ。ロウト」
フルマラソンを全力で走るような愚行を終えた狼刀を、ハーティルが呆れ顔で迎えた。倒れ込む狼刀に対して、ハーティルは息が上がっていないどころか、汗のひとつもかいていない。
「こ、これで、全力、だった、んだよ」
生きる世界の違いを思い知らされる一幕だった。
「それで、どうする?」
ハーティルは後ろを指さす。
そこにあるのは、荒れ果てた緑色の城――トレイス城だ。その最上階、王の間に神官がいることを狼刀は知っていた。
「上に、行こう。可能性が、高い、ところから、探したい」
「……休まなくて大丈夫かい?」
「そんな暇は、ない、だろ?」
狼刀は手を伸ばす。
「そうだね」
ハーティルはその手を掴んで、狼刀を立ち上がらせた。
歩くことは出来そうだ。
「ハーティル」
だが、戦うことは難しい。
「もし神官が居たら、迷わずに攻撃してくれ」
「もちろんだ」
神官を捕えられるかどうかは、ハーティルに託された。
◇
「予言どおりですねぇ。まっったく、予言通りです」
狼刀が予想した通り、邪神官は最上階の王の間にいた。
「僕は予言の神官。強く、賢く、偉大なる三神官の一人」
邪神官が何かを言い始めるが、関係ない。
迷わずに攻撃するように言った狼刀も、邪神官の言葉に耳を傾けている様子はなかった。
殺したいという欲求を抑え、ハーティルは錫杖を構える。風の魔力は纏わせない。ただの錫杖だ。
「あなたは、ハーティルっ!」
踏み込みに合わせて、邪神官が後ろに飛んだ。
「人の話を聞くということが出来ないのですか? 自らも名乗ろうとはせず、いきなり襲いかかってくるなんて。まあ、名前は知っているから自己紹介など不要ですが。他のことを話す必要はありませんよ。全て、知ってますから」
「くそっ!」
口から無駄に言葉を垂れ流しながらも、ハーティルの攻撃だけはしっかりと避ける。魔法ならば避けられはしないかもしれないが、殺してしまう可能性が高い。
殺傷性の低い魔法というのならば。
「減速魔法」
非殺傷型の妨害魔法。ただし、ハーティルのそれは制御が上手くいかないために、自分以外の一切に作用してしまい、消費魔力も多い。
使う機会の限られる魔法だった。
「くっ、そ」
邪神官の顔が歪む。
ハーティルは渾身の力で錫杖を振り下ろした。
「が、はっ!」
邪神官は気絶しない。
「ぐ、ふっ!」
脇腹に叩きつけるが、気絶はしなかった。
「ご、ほっ!」
減速魔法を使っている間は、風の魔力を纏わせることは出来ない。
邪神官が気絶するまで、ハーティルは執拗に殴り続ける。
魔法の効果で感覚までもが遅れているという事実に気がついたのは、邪神官が気絶してからだった。
魔法が解けて倒れる邪神官は、瀕死の状態だ。
「……やりすぎだよ」
狼刀が静かに呟いた。
◇
「あなたがたは……?」
山の麓の砦で二人を出迎えるのは、フェシー。
「私は、予言の神官から大神官様への伝言を承ってまいりました。通していただけますか?」
その攻略法はすでに確立されていた。
「なるほど。確かにクバウト様と似たような服を着てますね。親書などは持っていないのですか? 大神官様への伝言となれば、それぐらいのものはあるでしょう?」
「知恵の神官様を信じ、そして邪神教に仕えるあなたなら、予言の神官の思いを汲み取ることも出来るのではありませんか?」
狼刀は残念そうに目を伏せてみせる。
「そう! 我らは同じく破壊神を崇拝し、邪神教に属する神官。大神官様のもと同じ意思を、願いを持って集まった尊ぶべき仲間ということですね。そんな当たり前のことを、私は忘れていた……」
適当に言葉を並べただけだが、フェシーは信じた。
「あなたは、いえ、予言の神官クバウト様はいずれ、クレバー様の納める世界においても重要な役割を担うことでしょう。もちろん、あなたもその場にいるべき神官です」
フェシーは手を大きく広げ、語る。
「さあ! 道を開けなさい! クバウト様の使者の方が通られます」
神官達は一糸乱れぬ動きで中央に道を作った。
「さあ、こちらへどうぞ」
フェシーの後ろに続きながら、狼刀は魔神の位置を確認する。不可視の魔神がいる――不自然に神官がいない――場所は、狼刀の予定通りだ。
あとは、フェシーが足を止めるタイミングを待つだけ。
「サブナック。避けていてください」
フェシーが立ち止まり、見えない壁に語り掛ける。
狼刀はレラジェに向かって、竹刀を投げた。
「げ、下郎ごときがぁ!」
レラジェが消滅する。
「ハーティル!」
「わかってる」
狼刀は二本の刀を構えた。
レラジェを倒すために竹刀を投擲してしまっているから、魔神の相手はハーティルに任せるしかない。狼刀の相手は、その他の神官達だ。
彼らを鎮圧し、ハーティルの魔法で捕らえることは、もはや油断などしなければ失敗することのない流れとなっていた。
山の中で、オルダー率いるマルティール騎士団を捕らえることも、また同じように。
「ここでクエラと合流して、デュース城に戻るぞ」
だが、それ以上の深追いはしない。
ステイマー達に勝てる見込みは全くなかった。それならば、彼女が言っていた王女について知ることの方が重要だという判断だ。
冥土の土産のつもりだったのだろうから、王女を見つけることが出来れば、ステイマーを攻略する方法も見つかる。
狼刀はそう考えていた。
「……わかったよ」
突飛な行動にも慣れてきたのか、ハーティルは素直に頷く。まもなく現れたクエラ達も、狼刀の作戦に従った。




