傭兵団
第五十一話。雇われし強者達
城を出てすぐに何かを呟いた狼刀は、数歩進んで立ち止まる。
「駄目だったか」
今度の呟きは、ハーティルにも聞こえた。
「何が駄目なんだい?」
「何でもない。トレイス城に向かおう」
そう言われてしまえば、それ以上は何も言えない。疑問には思いながらも、ハーティルは狼刀の後に続いた。
辿り着いたのは、荒れ果てた城だった。
前に来た時は荘厳な城だったが、今は見る影もない。酷く壊れているというよりは、全体的に朽ちているという印象だ。
滅ぼされたのは数日前だというのに、長年に渡り放置されたような、そんな見た目だった。
中も外と変わらない。人がいた面影は残っていても、数日前まで暮らしていたという雰囲気は全くなかった。
これが邪神教の力だというならば、放っておくという選択肢はない。命令になくとも、これはやらなければならないことだ。
「予言通りですねぇ。まっったく、予言通りです」
最後に踏み込んだ王の間に、邪神官がいた。
「僕は予言の神官」
鬱陶しい髪をかき上げて、邪神官は立ち上がる。
「強く、賢く、偉大なる三神官の一人」
気持ち悪く動きながら近づいて来るが、その視線は手元の本を見つめたままだ。二人を見ることもなければ、足元さえ見はしない。
「ユウキ・ロウト。あなたの名でしょう? それから、隣にいるのはハーティル・サトクリフ」
邪神官は名前を当てた。しかも、普段は名乗らない家名を含めてだ。
「ああ、どちらも答えなくてもいいですよ。予言が間違っていることなどないのですからね」
殺さなければならない。
「奇跡に愛された僕。そして、崇高なる予言書に過ちなど存在しない。予言書、すなわち神託聖書。ああ、素晴らしい」
「その予言書は一体何なんだ?」
狼刀が邪神官に話しかけた。
「この魔法機に興味があるのかい? 邪神教に入門するというのなら、考えてあげてもいいけど?」
答えは決まっている。
「断る!」
「に――」
「破壊神を崇拝する邪教徒。僕はそんなものにはなり下がらない」
邪神教に入るなどありえない。邪神官に教えをこうなどありえない。
「ハーティル、落ち着いて」
「守護神信者は頭がおかしいと聞いていましたが、どうやら本当のようですね。破壊神の素晴らしさを理解できないとは」
「予言の神官さんも、落ち着いてください」
「破壊神の素晴らしさ? 全てを破壊する神がなんだというんだ」
狼刀が何かを言っているが、気にする必要はない。
気にしなければならないのは、邪神官の頭のおかしな言い分だ。支離滅裂な言葉を並べながらも、信者を増やそうとする妄言を放置は出来ない。
「お取込み中失礼するガ、いいかね?」
声が聞こえ、ハーティルの思考は一気に冷却した。
聞き覚えのある。けれど、こんな場所では聞くはずのない声だ。
「傭兵団でしたか。デュース城を出たとは聞いていましたが、この城に何の用事でしょうか?」
邪神官は傭兵団の事まで知っていた。となれば、傭兵団の一員としてのハーティルのことも知っている可能性が高い。
ハーティルは激情を抑え、邪神官を観察する。
「我々はこの場所で魔物を殺したいガ、邪神教のおかげで魔物が一体も見当たらないのでね」
「ボス、邪神教のせいで、というべきではありませんか?」
「我々にとってはそうだガ、おかげでも間違いないと」
「失礼しました」
久しぶりに見たが、ボスとサツリクは変わっていなかった。もっとも、ボスは常に仮面をつけているため、本当に変わっていないかはわからないのだが。
「傭兵の分際で……」
邪神官の顔が歪んだ。
「僕の話を、無視するんじゃない! 死ね! 僕に対する蛮行は許さない」
叫びながら、邪神官は勢いよく右手を突き出し、炎が迸らせる。火焔魔法だろうが、無駄だ。
「爆食」
ボスは炎を喰らう。
「図に乗るんじゃない!」
邪神官は右手を振りかぶり、空中に氷柱を作り出し、投げる動作で放った。氷柱魔法だろうが、無駄だ。
「爆鎖」
ボスの力は氷など容易く溶かす。
「傭兵の分際でぇ……!」
「我々は敵対したわけではないのだガ、話を聞いてはもらえないのかね」
「黙れ!」
邪神官は、両手を合わせて、突き出した。
「火焔魔――!」
詠唱の必要がない魔法を詠唱して放つのは愚かとしか例えようがない。大きな構えで自ら隙まで作っているのは、愚の骨頂。
サツリクの魔法機の餌食となるだけだ。
「とどめを刺しましょう」
無慈悲に殺そうとするサツリクを、ボスが止める。
「その者に死を与えるのは我々の仕事ではない。我々は我々の目的を果たすだけだ」
「……わかりました」
逆らいはしなかった。
「後は任せるよ。グリュー」
ボスの視線がハーティルに向く。傭兵団のボスから、一員たるハーティルへの命令だ。
「わかりました。でも、今の僕はグリューではなく、ハーティルです」
逆らうことは出来なかった。
聞こえないように、強がりを言うのが、ハーティルに出来る精一杯。姿は見えなくなったが、その命令は守らなければならない。
ハーティルは邪神官の懐に手を入れた。
知っているということは、繋がりがあるということに他ならない。つまり、邪神官の体から傭兵団に繋がる何かが出てくるかもしれないのだ。
そんなものはないと思うが、確かめなくてはならない。
「神託聖書は俺に渡してもらえるか?」
狼刀は妙な提案をする。
「いいですよ。邪教の書の集める趣味はないのですから」
断る理由はなかった。
邪教の書を狼刀に渡し、ハーティルは邪神官の懐から物を出していく。
「食料、玩具、呪符。それなりの物は持っているものですね。まあ、使いませんが」
仕舞われていたものを全て取り出すと、ハーティルは服を剥ぎ取った。何かが隠してあったら困るから、というのは裏の理由。
「この服だけはなかなかいいですね。色はいまいちですが」
普通に、服が――色を除いて――気に入ったというのが、表の理由だった。
嘘ではない。
ハーティルは邪神官の服を羽織り、手を叩く。
「さぁ、さっさと邪神教を潰しに行こうか」
なぜか、狼刀は苦笑いを浮かべていた。
◇
「あなたがたは何者ですか?」
山の麓の関所にやってきた二人を出迎えたのは、邪神官の集団だった。その中でも偉そうな男が、二人に訊ねる。
「私はフェシー。いづれは知恵の神官様の跡を継ぎ、世界を支配する超神官クレバー様の元活躍することになる男です」
ハーティルは事前に狼刀から言われた通りに、邪神官に答えた。
「僕は予言の神官サマから大神官サマへの伝言を預かって来ました、この衣装が証拠です、通してもらえますか」
「なるほど。確かにクバウト様と似たような服を着てますね。親書などは持っていないのですか? 大神官様への伝言となれば、それぐらいのものはあるでしょう?」
フェシーが片手を差し出す。
「やはり必要ですか、予言の神官サマは同じくジャシンキョウに仕える身なら通じると言っていたのですが」
ハーティルは残念そうに目を伏せてみせた。
「そう! 我らは同じく破壊神を崇拝し、邪神教に属する神官。大神官様のもと同じ意思を、願いを持って集まった尊ぶべき仲間ということですね。そんな当たり前のことを、私は忘れていた……」
適当に言葉を並べただけだが、邪神官は信じたらしい。
「あなたこそ、いえ、予言の神官クバウト様こそ、邪神教の神官の鑑! いずれ、クレバー様の納める世界においてクバウト様は重要な役割を担うことでしょう。もちろん、あなたもその場にいるべき神官です」
邪神官はハーティルに歩み寄り、その手を取った。
「こうえいです」
ハーティルも口だけの笑顔で、手を握り返す。
邪神官は満足したように頷くと、手を放して振り返った。
「道を開けなさい! クバウト様の使者の方が通られます」
邪神官の群れが中央から二つに分かれ、道が出来る。
「さあ、こちらへどうぞ」
案内をするように、歩き出す邪神官。
ハーティルは大人しくその後ろについていった。後塵を拝するのは、度し難い屈辱だが、今は耐えるしかない。
邪神官が見えない壁にぶつかった。
「サブナック。避けていてください」
邪神官が見えない壁を見上げ、語り掛ける。
その瞬間。狼刀が飛び出した。
邪神官達が不自然に避けた場所を狙って、竹刀を振り下ろす。
「馬鹿な……っ」
何もない場所から、驚きの声が上がった。
「げ、下郎ごときがぁ!」
「何!?」
邪神官が素っ頓狂な声をあげる。
その右胸を錫杖で貫いた。
「やっとかい」
錫杖を振り抜き、邪神官の体を裂いて、腕を斬り落とす。倒れる邪神官。
その前方に異形が姿を現した。
顔は鬣のついた獣だ。だが、肉体は獣のそれではなく、筋骨隆々な人が膨れ上がったような図体だ。それでいて、肌は血が通っていないかのように青白い。
武器は片手で振るう血が通ってるかのように紅い大剣だ。
腹部には錫杖でついたと思われる小さな傷跡もある。
「随分と強そうな魔物だな。防盾魔法」
ハーティルは右手に魔法の盾を形成し、その一撃を受け止めた。
錫杖に風の魔力を纏い、斬る。魔物の攻撃は強いが、単調だ。防ぎながら斬りつけていくことは、難しくない。
耐久力だけは高かったが、倒すことは難しくなかった。
魔物が倒れる。
一方の狼刀は邪神官を全て無力化していた。
「終わったみたいだね」
殺したのではない。武器を破壊したり、傷を負わせて無力化したのだ。
「誰も殺してないのかい?」
「ああ」
狼刀の返事は、それが意図的であることを示していた。
「殺さないのかい?」
狼刀は戸惑ったような表情を浮かべる。
「……必要のない殺しはしない」
「なら、フェシーも殺さないほうがよかったのかい?」
「出来れば、な」
狼刀は静かに頷いた。
「予言の神官とかいう奴もか?」
「出来れば……な」
「無理ですね。ボスもサツリクも強いですから」
ハーティルは殺した邪神官の懐を弄りながら、ため息をこぼす。殺したのは、サツリクだ。彼がやらなくとも、あの態度ではボスに殺されていただろう。
「その二人はそんなに強いんですか?」
狼刀は傭兵団について知りたいらしい。
全てを話すつもりはないが、二人について少し話すくらいはいいだろう。
「ボスは傭兵団のボスだ。本名は知らないが、傭兵団の誰よりも強いことだけは知っている。サツリクは魔法機の扱いに異様に長けている戦士で、新参者ながらボス以外の中では一番強いと言われてる。まあ、他も強いんだけどさ」
ハーティルが話せるのは、それくらいだ。
「すごいな」
狼刀は感心したように呟いた。