強者達
第五十話。みんな強くてみんないい
「 辿り着いたのは、荒れ果てた城だった。
元々は豪華絢爛な城だったはずだ。人だってたくさん暮らしていたのだろう。城下町を内包したその城が賑わっていたことは想像に難くない。
だが、全て過去の話だ。
基調となっていた緑色は苔のように、人の気配もなければ、代わりに魔物が跋扈することもない。静寂に包まれた城の中を、狼刀とハーティルは探索していた。
一人増えれば何かが変わるかもしれない。
狼刀はそう考えていたが、現実はそんなに甘くはなかった。
探索も残すは、最上階の重厚な扉に守られた王の間だけだ。
「予言通りですねぇ。まっったく、予言通りです」
狼刀の予想通り、鉛白色の男がそこにいた。
全身を、服や装飾品だけでなく、髪や肌まで白い。それも綺麗な白ではなく、濁ったような灰色に近い白だ。
「僕は予言の神官」
長い髪をかき上げて、神官が立ち上がる。
「強く、賢く、偉大なる三神官の一人」
髪を振り乱し、身振り手振りを繰り替えし、鬱陶しいくらいに存在感を放ちながら、神官は二人と向き合った。
「ユウキ・ロウト。あなたの名でしょう? それから、隣にいるのはハーティル・サトクリフ」
名前を当てられて、ハーティルが顔をしかめる。もしかしたら、自分の名前が後だったことに対してなのかもしれないが、それはハーティルにしかわからない。
「ああ、どちらも答えなくてもいいですよ。予言が間違っていることなどないのですからね」
そんなことを、狼刀も神官も気にはしなかった。
「奇跡に愛された僕。そして、崇高なる予言書に過ちなど存在しない。予言書、すなわち神託聖書。ああ、素晴らしい」
神官は二人の反応を気にかける素振りすら見せず、一人で語る。
「僕の予言は絶対、完璧、唯一無二。君達がどう動こうが、すべては予言されている。さあ、好きに動いてみるがいい。僕にはすべてわかっている」
ハーティルが近づくと、神官は同じだけ後ろに下がった。ハーティルが横に移動すれば、神官も横に移動する。本から目を逸らすことなく、それでも二人の動きに合わせて、同じ距離だけ、同じタイミングで。
「このっ……!」
歯噛みするハーティルに、神官が笑みを浮かべる。
「すごいだろう? そもそもね――」
「お取込み中失礼するガ、いいかね?」
声は後ろから聞こえた。
狼刀はその声を知っている。このタイミングで、この場所に、現れる二人を知っていた。
「傭兵団でしたか。デュース城を出たとは聞いていましたが、この城に何の用事でしょうか?」
神官は二人を一瞥し、手元の本に視線を落として問いかける。
「我々はこの場所で魔物を殺したいガ、邪神教のおかげで魔物が一体も見当たらないのでね」
答えたのは虫を模した仮面をつけた――ボスだ。本名という可能性がないとは言えないが、おそらく傭兵団のボスというだけだろう。
「ボス、邪神教のせいで、というべきではありませんか?」
サングラスの青年が反論する。
「我々にとってはそうだガ、おかげでも間違いないと」
「失礼しました」
二人が身に纏うのは、塔の守護をしていた神官達と似たローブだった。傭兵団ということらしいが、邪神教と関連があるのだろうか。
例えば、ブラストよりも強いらしい謎の神官に関わる何かとか。
「傭兵の分際で……」
神官の顔が歪んだ。
「僕の話を、無視するんじゃない! 死ね! 僕に対する蛮行は許さない」
叫びながら、神官は勢いよく右手を突き出す。
その瞬間。サングラスの男が小さな銃を取り出したのを、狼刀は見逃さなかった。
「爆食」
ボスが呟く。
「図に乗るんじゃない!」
神官が、右手を振りかぶり物を投げるような動きをした。
「爆鎖」
ボスは呟き、サングラスの男は引き金を引く。
「傭兵の分際でぇ……!」
「我々は敵対したわけではないのだガ、話を聞いてはもらえないのかね」
「黙れ!」
神官が、両手を合わせて、突き出した。
「火焔魔――!」
叫びながら、神官が倒れる。
不可視の魔法戦の勝者はボス。戦闘としての勝者はサングラスの男だ。狼刀とハーティルはそれを眺めていた観客に過ぎない。
「とどめを刺しましょう」
一歩前に出た男の動きを、ボスは片手で制止する。
「その者に死を与えるのは我々の仕事ではない。我々は我々の目的を果たすだけだ」
「……わかりました」
男は銃を下ろした。
「後は任せるよ。グリュー」
ボスはハーティルを見てそう言うと、狼刀には目もくれずに王の間から出ていった。彼らの目的は狼刀にはわからない。
「わかりました。でも、今の僕はグリューではなく、ハーティルです」
二人の姿が見えなくなってから、ハーティルは呟いた。
それから倒れる神官の懐を漁り出す。
「どうする? ハーティル」
「神官なら、じき死にますよ」
まだ死んでいないらしい。つまり死にかけということらしいが、ハーティルは気にする様子もなく、仕舞われていたものを次々と出していく。
「食料、玩具、呪符。それなりの物は持っているものですね。まあ、使いませんが」
全てを取り出し終えると、ハーティルは服を剥ぎ取った。
「使えそうなのは、この二つくらいかな」
予言の神官の着ていた服を羽織り、神託聖書を持ってハーティルは振り返る。
「さぁ、さっさと邪神教を潰しに行こうか」
ハーティルは笑顔で、手を合わせた。
◇
「あなたがたは何者ですか?」
山の麓までやってきた二人を出迎えたのは、小さな砦とそれを守る神官達だった。
「私はフェシー。いづれは知恵の神官様の跡を継ぎ、世界を支配する超神官クレバー様の元活躍することになる男です」
一番手前の神官――フェシーは誰何したにも関わらず、答えも聞かずに自らについて語り出す。
前回と同じだ。
狼刀はフェシーの言葉を聞き流し、今後の作戦について考えていた。
「大神官様に命じられて、今は、この砦の門番をしております。魔神どもが王子どもにやられたのは私が悪いわけではない、それについて責任を取らされるのは筋違いだと思うのですがね。砦を作らされて、その門番までさせられて、全く全く全く、腹立たしいことです」
狼刀は身を潜め、ハーティルは神託聖書を取り出して、神官達の注意を引く。
「僕は予言の神官から大神官への伝言を預かって来た。これが証拠だ、通してもらえるか」
フェシーは眉をひそめた。
「それは、神託聖書。クバウト様が他人に預けるでしょうか?」
「それだけ重要な案件ということだ」
ハーティルは淡々と答える。
「クバウト様は聖書を一時たりとも離したことはないはずです。親書などではなく、それを託すなんて信じられません。拘束させてもらいます!」
フェシーが叫ぶと同時に、ハーティルの肩が穿たれた。
「ぐっ……」
ハーティルは傷口を押さえて、しゃがみ込んだ。
「ああ、クバウト様の大事な神託聖書を傷つけてしまった。ですが、選ばれし者にしか与えられない本型の魔法機。それを他人に貸し与えたクバウト様が悪いのです。あなたは、やはり、三神官にはふさわしくない!」
「防砦魔法」
ハーティルは魔法を展開し、神官の追撃を防ぐ。
「防御系の魔法ですか。なかなかに硬いようですね。物理的に破壊するのは無理でしょうか? そうですか。では諦めて精神的に突破する手段をとりましょうか? どうやるのですか? なるほど、こうですか?」
神官は何かと語らい、指を鳴らした。
現れるのは異形の魔神。ライオンのような顔をした蒼白のミノタウロスだ。武器は斧ではなく、紅い大剣で、それをおそらくはハーティルの魔法に叩きつけている。
「魔神サブナック。そこらの魔物と同じだとは思わないほうがいい。おっと、我ら邪神教が駆逐してしまったから君たちは魔物を知らない、無知な人間だったかな。それでも、魔神のこの姿を見てはひれ伏す他に手はないだろう?」
「無駄だ。その程度じゃ、僕の魔法は破れない」
左手をだらんと垂らしながらも、ハーティルは余裕の笑みを浮かべていた。
「我慢はよくないなぁ。大人しく拘束されればそれ以上痛い思いをしなくて済むのに。そうだ、所属と名前を言いなよ。邪神教の神官だと証明されれば命は取らないからさぁ」
フェシーもまた、余裕の笑みを崩さない。
「破壊神を崇拝する邪神官どもが。僕は貴様らとは違う」
「やはり、邪神教の素晴らしさを理解していない方でしたか。魔神の姿を見て畏怖も、崇拝もしないあなたはおかしかった。しかし、クバウトは異教徒如きにやられたのか」
「そうだ。僕らはそのクバウトとやらを倒したのさ」
互いに譲らぬ口論は、ふいに終わりを迎えた。
「僕ら?」
珍しく短い呟きは、フェシーのものだ。
辺りを見渡し、狼刀の姿を探す。だが、見つからなかったのだろう。
「もう一人はどこへいった!」
「ここだ!」
邪神官が叫ぶと同時に、狼刀は物陰から飛び出した。
「無駄ぞ。下郎」
「余には見えておる」
「失せるがいい」
声の主は、もう一体の魔神だ。
「くそっ……」
狼刀の刀はフェシーには届かなかった。
不可視の魔神から放たれた不可視の矢が、狼刀の肩、脛、脇腹を貫いていた。致命傷ではないが、生き残ることも不可能だろう。
「焦らせやがって。このっ! このっ!」
フェシーが狼刀の頭を踏みつける。
「贄にしてやる。死ぬよりつらい思いをするがいい」
「黙るがいい。マスター」
「余が与えるは死ぞ」
「下郎の分際で図に乗るな」
フェシーや魔神の声を聞きながら、狼刀の意識は失われていった。




