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第四十九話。保存はこまめにしないとね
眠れぬ夜を過ごした狼刀は、早朝に現れたハーティルによって王の間へと案内された。
そこにいるのは、王とカイだけだ。普段ならいるはずの大臣はいなかった。
昨日の出来事は伝わっているのだろうか。
いかに非が相手にあるとしても、相手は大臣だ。あらぬ罪を着せられて捕まるんじゃないかとも考えていた狼刀の心中は激しく波立っていた。
そんな狼刀の不安を煽るかのように、カイが重々しく口を開く。
「もうすぐだよ」
「な、なんの話しでしょうか?」
主語がない。
狼刀の不安は募るばかりだ。
「それはもちろん。君の――」
ふっと、カイが笑った。
「君の持ってきた宝石から結界を壊す魔法機を完成させるのが、だよ」
「え?」
狼刀の驚きは、重々しい空気が突然軽くなったことに対する戸惑いだ。渡してから完成までの日数が前回と比べてどうなのかという点は、全く意識していなかった。
「御二方には感謝しかない」
王が深々と頭を下げる。
「住まわせてもらってる身として、当然のことをしたまでですよ」
「お、お役に立てて何よりです」
恭しく礼をするカイに倣って、狼刀も頭を下げた。
三人が頭を下げ合う中、次の一言を発したのはハーティルだ。
「本題に入りませんか?」
どうやら、今の話は本題ではないらしい。
ハーティルもいることを考えると、やはり大臣の話だろうか。
「そ、そうだな」
咳払いをして、王が口を開いた。
「捕らえた神官は邪神教の情報を吐かせるために、生かしてあります。エース城には、結界がなくなり次第、情報交換のための使者を出したいと思います。我々のことは心配せず、あなたは邪神教の討伐に集中してください」
王はハーティルのほうを見てから、続ける。
「そこで、このハーティルをお供に連れて行っていただけませんか?」
ハーティルは一礼すると、狼刀の前に歩み出た。
「改めまして、僕はハーティル。この城に仕えている神官です」
青緑色の髪をした二枚目のイケメンだ。線は細いが中性的ではなく、男にしては長めの髪は後ろで軽くまとめられている。
何よりも目を引くのは真っ赤な服なのだろうが、狼刀はすでに見慣れていた。
「結界がなくなってからでないと出れませんが、一緒に行かせてもらえますか?」
「仲間が増えることは心強い。こちらこそ、一緒に来てもらえると嬉しい」
「話はまとまったみたいだね」
二人の様子を見て、カイが笑った。
「よろしく。ロウトくん」
「ああ、よろしく」
狼刀は差し出された手を軽く握る。
てってけてー
デュース城の神官、ハーティルが仲間になった。
所持アイテム聖浄衣《赤》、聖錫杖、清水。
「共に行くため、完成までしばしお待ちくだされ。必要あれば、全て用意させましょう」
「はい。ありがとございます」
王に頭を下げ、ハーティルが踵を返す。
「あ、ありがとうございました」
狼刀は慌ててその後を追った。
出発の前に少しでも話をしておきたい、協力するためにも彼の力について知っておきたい。それが、ハーティルを追った理由の半分だ。
残りの半分は、一人だけ残されると居心地が悪いという理由だった。
王も、カイも、二人を呼び止めようとはしない。
要件はあれで全て終わったのだろう。
狼刀は気になっていたことを考えるのをやめて、今後について考えることにした。
◇
二人が出ていったことを確認して、王は深く息を吐いた。その行為は、王ではなく、ラムダの癖だ。
「カイさん。本当に完成するんですか」
昨日の昼間は全く手をつけていないことは知っている。夜に作業をしていたのかもしれないが、魔法機を造ることが簡単ではないことを知っている。
その二つの事実があって、ラムダはそう問いかけた。
「今から作ってたら、難しいな」
カイは天井を見上げて呟いた。
「え?」
「僕らが餓死する頃になるかもしれない」
「そ、そんな……」
「冗談だ」
ニヤリと笑うカイを見て、ラムダはからかわれたのだと理解した。よくあることだ。でも、時と場合があるだろう。
一言言い返さないと気がすまない。
カイが何を言おうとも文句を言おうと決意したラムダだったが、次の一言を無視することは出来なかった。
「結果の外に出ずとも自給自足で足りている。ここにいれば餓死することはないさ」
「冗談って、そっちですか!?」
「そうだよ。時間がかかることは事実だ」
笑っているが、その言葉は冗談ではないだろう。
「でも、それじゃあ――」
「今から作るなら、だけどね」
妖しく目を細め、カイは指を一本立てた。
「ラムダ。僕はすでにこの宝石から作れる魔法機を持っているんだよ」
理解が追いついていないのか、ラムダは何も言わない。
「そもそも、神官が使った結界を発生させる魔法機も僕が作ったものだ」
「……は?」
ようやく絞り出したのは、か細い疑問符だった。
「もちろん。あんなやつに売った覚えはないから、流れ流れで手に入れたのだろう。使い切りだというのに、珍しいこともあるものだ」
「あの、カイさん」
「ん?」
「結局、何がしたいんですか?」
ラムダは現状を理解出来ていなかった。
カイと神官は仲間ではない。けれども神官が使った魔法機はカイが作ったもので、解除するための魔法機も持っている。
さっきの会合の時点で完成品だとして使うことは可能だったはずだ。
それをせず、けれどもあと少しだと言って留まらせた理由がラムダにはわからなかった。
「なに、もう少し様子を見ておきたかっただけだよ。ハーティルについては、厄介払いさ。ちょうどいい理由付けにもなったしね」
そう言って笑うカイの表情から、感情を読み取ることは出来ない。
「駒は一つ使えなくなったけど、この城にはまだ価値がある。手放すには惜しいからね」
そんな内心を知ってか知らずか、カイは不敵な笑みを浮かべる。
「あぁ、地下牢獄には入れないように頼むよ。クエラ」
サマルカンドでも、ラムダでもない呼び掛け。その意味をラムダは正しく理解した。
「……はい」
鏡を回して姿を変える。
背丈はあまり変わらなかった。けれど、痩躯で猫背気味だった体は、筋肉質で背筋が通った姿へと変わっている。
いかにも堅物と言った雰囲気は、ラムダが持つ彼へのイメージが反映されてのことだろう。
「命にかえても、地下牢獄には近づけさせません」
それでも、姿も、声も、本物と並ばなければわからないほどの再現度だ。
「任せたよ」
「はい!」
カイに見送られ、ラムダは王の間を後にした。
◇
大臣のことはわからない。
それでも、魔法機は完成し、旅立ちの時はやってきた。王や王妃、城の人々の声援を受け、狼刀とハーティルは歩き出す。
その第一声は、
「セーブポイント更新」
この世界には似つかわしくない一言だった。




