戦いの裏で
第四十八話。敵?サイドのお話
時は少し遡り、宴が終わる少し前。
カイは会場に入るなり、壁に寄りかかって宴の様子を眺めていた。
人、人、人。城にいるほとんどの人が集まってきているか、会場は人で溢れかえっている。その中から、カイは一人の人物を探していた。
普通なら難しいだろう。
けれど、今回はその限りではない。
探しているのは、宴の主催者側の人間だ。
ともすれば収容所のように見える下座ではなく、しっかりと宴らしさのある上座にいる。別に決まりがあってそうなっているのではない。多くの人が空気を読みあった結果として、そうなっていた。
そんな人の群れをカイは突っ切る。
大臣に向かって、真っ直ぐに。
「そろそろ、始めよう」
合図はそれだけだ。
傍目にはすれ違っただけにしか見えないことだろう。
カイはそのまま進み、料理を皿に盛った。目的はそれだったのだと思わせると同時に、違和感を与えることなく近くで様子を確認出来る。
その目に映るのは、想定の斜め上をいく光景だった。
立ち去ったラムダを追うようにして立ち上がったかと思ったら、クエラに絡まれて動きを止めたのである。宴が終わり、片付けが始まっても、二人はその場を離れなかった。
下座の片付けは落ち着き、上座の片付けが始まる。
場所を追われるように立ち上がったカイの目の前で、観察対象が動き出した。カイは見失わないように、追いかける。
その肩に、手が置かれた。
「ろこいくんれすか? えいゆうしゃま」
酔いつぶれていたはずのクエラだ。
カイは無視して進もうとするが、クエラは離れない。
「むししないれくらさいよぉ~」
「僕はカイだ!」
カイは手を振り払って、叫んだ。
「ふえ? あぁ、かいさんれしたか」
勘違いには気づいたようだが、クエラは気にしなかった。
「さぁのみまそうかいしゃん」
杯を取り出して、押し当ててくる。
カイは振り解くが、クエラは離れなかった。正しく言うならば、離れてもすぐに絡んでくる。巻き込まれたくないが故に、周りの人も見て見ぬふりだ。
力尽くならどうにかなるが、人がいるこの状況では望ましくない。
「急いでるんです。離してもらえませんか?」
「いいざないれすか。ゆうくりいきまそ」
カイは何とか穏便に済ませようとするが、クエラは離れようとしない。
「ほら、ほんなおもももてなあで」
クエラがカイの懐から指揮棒を奪い取った。
「このっ」
「ふへあ」
急いで取り戻そうとするカイだったが、クエラはフラつきながらその手をかいくぐる。
「ああいえすよ」
ふらふらと足がおぼつかず、へらへらと笑いながらも、クエラは指揮棒を奪わせない。
かといって、カイから離れはしない。
対するカイもされるがままという訳ではなく、動きに緩急をつけたり、姿勢を大きく変えたりしているのだ。
「あいしゃん、あまえすよ」
それでもクエラのほうが優勢だった。
「厄介な力を……」
それがただの偶然ではないことをカイは知っている。
人口格。
邪神教が行った実験の産物の一つだ。
彼の持つ人口格は、この状況ではとても有用に働いていた。
「かいしゃん。おちゅかえてすか?」
カイが動きを止めたことで、クエラが背後から腕を絡ませてくる。
「あぁ、疲れた」
指揮棒はクエラの右手に握られていて、顔は左側を向いていた。
「だから、終わりにしよう」
クエラからは死角となるように、手を伸ばす。
それをさも見えているかのごとく、クエラは躱した。
「くっ……」
「あえ、あんかえあ」
クエラからは完全に死角のはずだ。
それでも奪えないということは、身体が勝手に避けているということになる。つまり、クエラが手放そうと思わない限り、奪還は不可能。
そのことを理解したカイは作戦を変えた。
「クエラ……」
「あぃ?」
「……もっと飲め」
酔い潰す。
「あい! ふあいでのまよ!」
「わかりましたよ」
しかし、飲み物は片付けられていた。
「誰か、飲み物持ってきてもらえませんか?」
カイの印象としては、クエラに乗っかられたままでは動くこともままならないだろう。そのことを意識しつつ、カイは会場に残っている人に声をかけた。
「いや、飲み物どこか知らないので」
「…………」
「すみません。急いでいるので」
言い訳をしたり、無視したりと、誰もまともに取り合ってはくれない。
こっちも急いでいるんだよ!
カイは苛立つ気持ちを抑えながら、酒を持っている青年のほうに向かった。本気は出さない。クエラを背負っててもなんとか進める、くらいの速さだ。
「みんあしうかっすえ」
クエラが何か言ってるが、気にしない。
「あの――」
カイと目が合うなり、青年は立ち去った。
「くっ、指揮棒さえあれば……」
クエラに奪われた指揮棒型の魔法機――死操指揮棒さえあれば、王でも大臣でも連れてきてクエラを引き剥がすことが出来るのだ。
カイはため息をこぼした。
「あやいごおえすか? そうあんにあいますよ」
そのため息を聞き逃さずに反応してくるクエラ。『お前のせいだよ』とでも言いたくなるところだが、酔っ払い相手には無駄――というか、余計に絡まれるのは目に見えている。
「……いえ、なんでも」
カイには誤魔化すことしか出来なかった。
その後、片付けた飲み物が集めてある場所まで辿り着き、クエラにありったけの酒を飲ませたのだが、クエラが潰れない。
予測の甘さに歯噛みしつつ、近くで先に酔い潰れていた彼の同類にクエラを押し付けて、カイは逃げた。
向かうのは死体処理場。
目標は状況を把握することだ。
指揮棒が取り返せなかったため、確かめるには自分の目で確認する必要があった。そんなカイの前に、地下にいるはずの男が現れる。
カイは身を隠した。
一人だけなら声をかけるという手もあったが、ハーティルを伴っているのだ。彼はカイの素性を知っている。不用意に接触するべきではないだろう。
そんなカイの思いを知ってか知らずか、二人は疲れた顔で歩いていった。
気を取り直して、カイは図書庫に向かう。
そこには疲れたように突っ伏したカイ――の姿を真似たであろうラムダ――がいた。
「あ、危なかったぁ……」
ラムダは深く息を吐くと、机に突っ伏した。
「これで、二度目……」
「何が二度目なのかな?」
カイはその背中に声をかける。
ラムダは飛び起きた。
「カ、カイサン……」
目の前に、驚いた顔の自分がいる。自分では出来そうもないその顔を見て、カイはため息をこぼした。
「作戦は失敗したみたいだね」
過程はわからないが、結果は火を見るより明らかだ。
「み、見張りはどうしたんですか?」
「扉はきちんと閉めさせたさ。そのあとは必要ないんじゃなかったのかい?」
ラムダはそれで十分だと言った。
カイは十分だとは思っていなかったし、姿は現さずとも手を貸すつもりだったが、そんなことは関係ない。
「すいません。こちらの落ち度です」
「さて、これからどうするか」
頭を下げるラムダを、カイは無視した。
過ぎたことを気にしても仕方ない。それに、今は余計な思考で頭を使いたくはなかった。
「サマルは王妃と一緒に寝室にいるはずだ。そこでサマルと入れ替わってくれ。大臣は放っておいていい。失踪したことにする」
「夜のうちに襲撃すればよいのでは? カイさんの目的は果たしたんですよね」
ラムダは納得していないようだった。
「大事にするつもりはない。殺るなら死体処理場、失敗したなら観察だ」
カイに本気で殺すつもりはない。
詳細は後日ラムダを問いただす必要があるが、疲れた様子から推察するに圧倒的な勝利ではなかったはずだ。ラムダが敵の手に落ちてないことからも、そのことは間違いない。
放置しておいても、問題はないだろう。
「もし、生かしておけば我々の不利益になるかもしれません」
「オメガ様も承知の上だ」
「……わかりました」
なおも食いさがろうとするラムダを、カイは力尽くで黙らせた。オメガ様の決定に逆らうことなど、カイにも不可能だ。
たとえ嘘だとしても、ラムダに確かめる術はない。
「手筈通りにやれよ」
「……はい」
ラムダを追い出して、カイは机に突っ伏した。