絡んでくる男
第四十七話。絡み〇〇な人は厄介。
「それくらい大丈夫だよ」
協力してもらいたいことについて話すと、ハーティルはすぐに頷いた。
「なら、お願いします」
狼刀は頭を下げると、図書庫に向かおうとした。その背中にハーティルが声をかける。
「カイさんに声をかけるのはやめておいたほうがいいと思うよ」
狼刀は思わず振り返った。
「二人だけでやろう」
ハーティルは目は真剣だ。何の意味もなくそう言ったのではないと、狼刀は判断した。
「わかった」
その夜、デュース城にて行われた宴には、王や王妃、大臣をはじめとする城の中心人物から、カイやクエラ、狼刀に至るまで、城にいるほぼすべての人間が参加した。
だが、そこにハーティルの姿はない。
上手くやってくれるだろうか。
心ここに在らず、傍から見れば宴を楽しめていない様子の狼刀。その肩に手が置かれた。
「いやぁ、さきほろは英雄様とは知らず、失礼しますた!」
無駄にテンションの高いクエラだ。
「自分のこてゃ、クエラとよんでくらさい」
左手を腰に当て、右手で敬礼をするが、すぐにふらつく。
「自分、つよぉんすや」
顔も赤いし、呂律も回ってない。
「おとおとにあまけましゅけね」
どう見ても酔っ払っていた。
「あの、酔ってませんか?」
狼刀は心配になって訊いてしまう。酔っ払い相手にそれが禁句なのは異世界でも変わらなかった。
「よってましぇんよぉ。もお、ぜんぜん、へいき! じぶん、げんきれす!」
クエラは狼刀にもたれかかる。
「それよいほらぁ、うらけおたのしいまひょ?」
近くの机にあった飲み物をひったくり、狼刀に押し付けた。
「かーぱーい」
自分も飲み物をもって、無理やり乾杯をする。
「ほあ、ぐいっといいちゃあて」
「ちょっ、自分で飲めますから」
無理やり飲ませようとするクエラに、さすがに狼刀が抵抗した。これから、大臣と会うという用事がある。
何より、狼刀は未成年だ。
元の世界の法律は適用されないだろうが、飲むつもりは全くなかった。
しかし、拒絶という行為がクエラの行動をエスカレートさせていく。
「えんりょあらめれすよ。もっと、もっと」
クエラが落ち着くまで、狼刀は付き合わされることになった。一滴たりとも口には入れなかったが。
宴の終わりが見えてきた頃。
クエラの介抱で疲れて座っている狼刀の横に、大臣が立った。
「死体処理場で話をしましょう。場所は図書庫の奥。一人で来てくださいね」
用件だけを小声で伝えて、立ち去る。
大きく息を吐いてから、狼刀は立ち上がった。
思わぬところで疲れたが、誘いを断るわけにはいなかい。死体処理場に向かおうとした狼刀の背中に、何かが抱きついた。
「ろこいくんれすかぁ。うたえあまらここかあれすよ?」
クエラだった。
狼刀は全力で振りほどく。
「まっえくあさあよ」
クエラが抱きついた。
逃げても逃げても、クエラが絡む。
そうしているうちに宴は終わった。
片付けさえも目処がついている。
早く行かなければと焦る狼刀だが、クエラからは逃げられない。
「あ、なあった」
飲み物がなくなり、クエラの視線がそれる。その隙を見逃さず狼刀は駆け出した。
「ろこいくんれすか?」
声が聞こえても振り返らずに、走り抜ける。
なんとか、クエラからは逃れられた。
狼刀はそのまま死体処理場に向かって、走る。
待ちくたびれたのか、大臣は床に転がっていた。
「すいません。遅くなりました」
開口一番に狼刀は謝罪する。
クエラが原因とはいえ、大臣に関係のない事情だ。その謝罪を大臣は気にしない。
「遅いよ。英雄君」
ゆったりと立ち上がり、指揮棒を取り出す。後ろで扉が閉まる音がした。
「二人じゃなかったのか?」
「扉を閉めてもらっただけですよ。中には入れてません」
大臣が指揮棒を振りながら答える。
「あなたこそ、一人で来たんでしょう?」
「一人で来ましたよ」
「…………」
「…………」
問答が終わり、沈黙が訪れた。
睨み合いが続く。
沈黙を破って、声を発したのは狼刀だった。
「それで、話とは?」
大臣はしきりに背後を気にしていて答えない。
「話は何ですか?」
「え、あ。あぁ、話ね」
狼刀がもう一度聞くと、大臣は答えた。
「話ね」
指揮棒を振りながら、大臣は呟く。
「話……話はないさ」
呟きながら、指揮棒を振り続けた。
「くそっ! どういうことだ!」
指揮棒を振りながら、大臣は振り返る。
そこには、死体置き場から必死に這い上がろうとする死体がいた。だが、一つの例外もなく見えない壁に阻まれたように落ちていく。
「まさか、結界!?」
「防砦魔法ですよ。大臣」
叫ぶ大臣に答えたのは狼刀ではない。いつからか入口にいたハーティルだ。
「ハーティル!? 貴様どうして!?」
「見張りの奇妙な連中なら倒させてもらいましたけど」
ハーティルは鉄の杖を構えながら、狼刀に並んだ。
「そこの魔法なら、あなたが来た時からありましたよ? 気がつきませんでしたか?」
ハーティルは、にこりと笑う。
「貴様らぁ!」
大臣は顔を痙攣させながら、顔を上げた。
「私は死体使いがいるかも知れないから、死体が湧き出ないようにと頼んだだけです」
「ええ、お二人の話し合いには参加するつもりはありませんよ」
狼刀とハーティルは、顔を向かい合わせて答える。その行動が、さらに大臣の怒りを駆り立てた。
「でも、話はないんでしょ?」
ハーティルの挑発に、大臣がのる。
「二人まとめて始末してやる!」
大臣は叫ぶと、口を押えた。
指揮棒を捨てて、代わりの武器を取り出す。その武器は、メリケンサックとトンファーを合わせたような形をしていた。
両手にその武器を構えると、大臣は無言で二人に飛びかかる。
単調な振り下ろしを受け止めることは難しくない。
二人が攻撃を受け止めると、大臣は口から貝を吐き出した。床に落ちたそれを踏み潰す。白い煙が噴き出して、視界を塞いだ。
魔法ではない。
本物の煙は狼刀の視界をも遮った。
その煙に乗じて、大臣が二人の間をすり抜ける。
そのことに気がついた狼刀が刀を振るが、当たらない。
「くそっ」
狼刀は煙を振り払いながら、大臣を追いかける。
少し遅れて、ハーティルもその後を追った。
進めど進めど煙は晴れない。途中で増やしたかのか、濃さは増していくばかりだ。
狼刀は急ぎつつも慎重に、壁を伝って進む。
一本道ではあるはずだが、視界が悪くては真っ直ぐに進むことさえままならない。
壁伝いに走って、走って、走って、少し煙が薄くなってきた。目を凝らせば、壁は目視出来る。
狼刀は壁から手を離して走った。
走って、走って、煙を走り抜ける。
そこには図書館に続く階段があるだけだった。
狼刀は階段を駆け上がる。煙の中から現れたハーティルも、その後に続いた。
図書庫にはカイがいるだけだった。
駆け上がって来た狼刀たちに関心を示すこともない。どうやら、何かが起こったという認識はないようだ。
「カイさん。大臣が、来ませんでしたか?」
「さっき。誰かが、通り過ぎたけど。顔は、見てないな」
ハーティルが話しかけると、カイは振り返らずに答える。興味すらもないのだろう。
「わかりました……」
ハーティルは追跡を断念したようだった。実際、ここを越えた以上追跡は困難だろう。
敗因は地の利の差だ。大臣は煙に包まれた中でも道を覚えていたから、早く抜けられた。狼刀達は道を探りながらだから遅かった。
狼刀はそう考えた。
「何があったかは、知らないけど、もう夜も遅い。休むといい」
「そうします」
「わかりました」
カイの背中に見送られながら、二人は図書庫を後にした。
また狙われるかもしれない。
そんなことを考えながら、狼刀は眠れない夜を過ごした。




