略される男
第四十六話。名前が長いと覚えられない件。
狼刀は王の間を出ると、地下牢獄に向か――おうとした。向かおうとはしたのだが、場所がわからない。
王に訊こうかと思ったが、カイと話し込んでるようなので諦める。となれば、話が通じそうなは大臣だ。
「んー……」
二人の話を聞いたあとで会うのは複雑な気分だが、急に襲ってきたりはしないだろう。
大臣を探しながら、狼刀は城の中を見て回った。
結界は消えていないが、神官が倒されたことを知って――捕まってるとは言わなかった――住人達は喜んだ。
それとなく大臣のことを探ってもみたが、存在さえ知らない人が多くいた。話の確信を得ることは不可能だろう。
城の中を一通り見ても地下牢獄を見つけられなかった狼刀は、図書庫に向かった。
「あ、カイさんを見ませんでしたか?」
図書庫には赤い服の青年がいた。青緑色の髪を持つこの青年はこの城に仕える神官のハーティル。一度だけではあるが、狼刀は共に旅もしたことがある青年だ。
「見てません」
「そうですか。仕方ありません他を探すとしましょうか」
「待ってください」
返事を聞いて立ち去ろうとするハーティルを、狼刀は呼び止めた。
「大臣についてどう思いますか?」
中枢に近い彼なら知っているのではないか。
「大臣? どうと言われても会う機会ないからなぁ」
「そうですか」
そんな期待は淡く崩れ去った。
そうそう上手くはいかないらしい。
落胆はない。知っていればくらいの期待だったのだ。ハーティルは腕を組んで考えているが、待つ必要もないだろう。
「あ、そういえば!」
ハーティルが大声を出した。
「大臣の変な噂を聞いたことがありましたよ」
「教えてください!」
狼刀はハーティルに詰め寄る。
「ああ。な、何でも、たまに死んだように動かないときがあるらしい」
ハーティルはどもりながらも、答えた。
たまに死んだように動かない。
その言葉を聞いて、狼刀はあることを思い出した。たまに死んだように動かないのではなく、生きているように動く死体。
その心当たりがあったのだ。しかも、この城で。
「ハーティルさん。少し手伝ってほしいことが――」
「構わないけど、先にカイさんを探すのを手伝ってもらえるかな?」
「はい!」
狼刀は勢い良く頷いた。
「僕はここで待っているから」
ハーティルは椅子に座る。
自分で探すつもりはないらしい。
ポジティブにとらえるなら、入れ違った場合のためだろうか。逆だったなら、カイが来た場合にハーティルを探しに行かなければならない。
そう考えて、狼刀はカイを探しに行った。
当てがないわけではない。
王の間にいたことは知っているのだ。真っ直ぐに図書庫に戻るかはわからないが、その道中で会う確率は高いだろう。
「あ、カイさん」
後ろ姿でも間違わない。白い帽子が特徴的なカイはすぐに見つかった。
「はい?」
「ハーティルさんが図書庫で待っています。行ってあげてください」
一方的に要件を伝え、狼刀は王の間に向かう。
カイがここにいるということは、王は空いているはずだ。善は急げである。
階段を駆け上がり、廊下を駆け抜け、王の間に駆け込んだ。
「ど、どうしましたですか?」
王の間には王しかいない。
「地下牢獄の場所を教えてもらおうと思いまして」
「それなら、城の入ってすぐの大広間の階段の裏の扉の奥の道を行けば大丈夫ですよ。よく見れば取手がわかるはずです」
「ありがとうございます」
頭を下げ、狼刀は王の間を後にした。
城に入ってすぐの大広間――クレバーのいた場所――にある二階へと続く階段。その裏に回ってみると、確かに壁の色が少しだけ違っていた。
意味ありげに角型取手のような突起物がついている。
狼刀は突起物を掴んで、壁を押した。が、うんともいわない。
押しても駄目なら引いてみろということで、壁を引く。が、すんともいわない。
実は横に引くタイプなのかと考えて、横に引っ張る。が、びくともしない。
どうしたらいいかといじっていると、取手が回転した。
「おっ」
そのまま取手を回していると、壁の中央に小さな穴が開いていく。その穴は大きくなっていき、人一人が屈んで通れるくらいの大きさになると、止まった。
変わった仕組みである。
周りの様子を確認してから、狼刀は中に入った。
内側にも同じような取手がある。おそらくは内側から開閉するためのものだろう。長居をするつもりはなかったため、狼刀は触らずに進んだ。
暗い廊下を進むと階段が現れる。階段を降りると廊下が現れる。廊下の先には階段が。階段を降りれば廊下が。
そんなことを何度か繰り返していると、一段と広く明るい廊下に出た。その廊下の突き当りには鉄格子がある。狼刀は駆け足気味に鉄格子へと近づいた。
侵入者の接近に気がついて、鉄格子の向こうから男がやってくる。
「何か御用ですか?」
「神官の様子を――」
「神官への対面は禁止されています」
「ただ見」
「禁止されています」
「どうし」
「禁止されています」
取り付く島もない。自分で訊いておきながら、男は狼刀の言い分を聞くつもりはなさそうだ。
「お帰りください」
「クエラ、通して構わんぞ」
いつの間にか背後にいた大臣が、男に話しかける。狼刀は声が聞こえるまでその存在に気がつかなかった。
「その人は自分が倒した神官の確認に来ただけでしょうから」
狼刀のほうを向き、怪しい笑みを浮かべる大臣。
「そうでしょう?」
「はい。それだけです」
狼刀は満面の笑みで答えた。
クエラと呼ばれた男は、格子越しに狼刀を凝視する。
「あぁ、入口の扉は閉めてくださいね」
「あ、はい」
大臣が来た理由はそれらしい。
「いいでしょう」
納得したのか、クエラは鉄格子を開ける。
「クエラ、ついでに案内してあげなさい」
「わかりました。ところで、名前は略さないでもらえますか?」
「考えておく」
「お願いしますね」
ため息をついてから、狼刀を中に招き入れた。
地下牢獄と聞いて、狼刀は刑務所のようなイメージをしていた。だが、道中の檻に捕まっている人は見受けられない。
確認出来るのは、壁の突き当りのひときわ頑丈そうな檻に閉じ込められた魔物だけだ。
「これは、トレイス城が壊滅した後に襲ってきた魔物です。傭兵団の方々が捕まえてくださったのですが、殺すなとのことでしたので、ここに」
狼刀が魔物に見入っていると、クエラが解説を始めた。
「こんな表現は良くないかもしれませんが、美しい魔物ですよね」
「俺もそう思います」
しみじみと呟くクエラに、狼刀も同意する。
実際、魔物は美しかった。
一言で表すなら、白銀の鬣を持つ純白の獅子だ。澄み切った青い瞳と気高き風格が一段と魔物を美しく見せている。
微動だにせずに佇む姿は、何かを待っているようにも見えた。
しばらく魔物に見入っていたが、狼刀は魔物を見に来たわけではない。
「あのクエラさん。神官はどちらに?」
「名前は略さないでもらえますか? それから、神官ならそこに」
クエラは狼刀の背後を指さす。
魔物から一番近い檻に、クレバーが座っていた。魔物に意識がいってしまい気がつかなかったのだ。
「へぇ。クエラかぁ。こんなところにいたとはな」
見られたことに気がついたのか、クレバーは愉しそうな笑みを浮かべる。
その視線は狼刀には向いていなかった。
「僕様をここから出しな。弟に会わせてやるよ」
立ち上がって、クエラに向かって手を伸ばす。
「さあ、弟に会いたいだろ?」
「…………」
クエラは答えない。
狼刀は一歩後ろに下がって、様子を見守ることにした。
クレバーを気絶させることも出来るが、それでは問題は解決しない。ここの番人であるクエラが裏切る可能性だってありえるのだ。
それを見定めなければならない。
「僕様は弟の居場所を知っている」
クエラが一歩、歩み寄る。
「そうだ。弟に会いたいなら、僕様をここから出しな」
クレバーは腕輪のついた手を檻の隙間から外に出した。
「さあ、僕様の手を取れ。クエラ」
その手を、クエラは払いのける。
「その手を取ったら、弟に会わせる顔がなくなります」
クエラは狼刀のほうを向き、笑った。
「もう十分でしょう。戻りましょう」
心配はなさそうだ。
狼刀が頷くと、クエラはクレバーのほうを向いて一言。
「それと、名前は略さないでもらえますか?」
「クエラヴォスゥゥゥウウ!」
クレバーの叫びを聞きながし、狼刀は檻から離れた。クエラとの会話はない。弟という存在については気になるが、とても聞けるような雰囲気ではないのだ。
「用事は済みましたか?」
鉄格子の向こうに、大臣が待ち構えていた。
「ええ。何か用事ですか」
「単刀直入に言いましょう。二人で話をしませんか?」
狼刀も話をしようとして思っていたので、断る理由はない。
「構いませんが、宴の後でいいですか?」
「いいでしょう。場所はあとで連絡します」
「わかりました」
狼刀は大臣との会話を終わらせると、図書庫に向かった。ハーティルとカイの会話は終わっているだろう。
「ちょうどよかった」
ハーティルが図書庫から出てきた。
「協力してもらいたいことがあるのですが、いいですか?」