復讐
第三十九話。復讐するは我にあり。みたいな感じで。
狼刀が目を覚ましたのは、洞窟の中ではなかった。目の前には雄大な自然が広がり、背後には豪華絢爛な城が聳え立つ。
つまり、狼刀は雷の奔流に飲まれ、死んだ――殺されたということだ。
遥か彼方。重力の石が眠る洞窟に狼刀は思いを馳せる。デストロ達を気にしなければ、雑魚を倒すだけの通過だったはずだ。それが、彼らを助けようとしたばっかりに、三度も死ぬことになった。
唇を噛み締める。
だが、向かうのはあとだ。
先走って向かっても見つけられる保証はない。確実に辿り着くためには、先に行くべき場所がある。
「そこを通せぇぇぇ!」
深紅の塔の入口に立つ神官達を蹴散らして、狼刀は進む。誰何する暇など与えない。気づいた時には、すでに射程圏内だ。
神官達は遅れて武器を取るが、武器を振るう暇も与えない。斬って、斬って、斬り伏せる。背後からの攻撃は、倒れた神官が邪魔になっているのか、ほとんどない。
攻撃は最大の防御とはよく言ったもので、前回までと同じように狼刀は無傷で突破した。
神官の死体は多くなってしまったが、スカイドラゴンがそれを気にしないのは、わかっている。
難解な仕掛けを壊して進みたい衝動を抑えつつ、最短記録で頂上へ。宝箱を一瞥し、空に浮かぶ黄金の竜を見上げる。
狼刀に気がつくと、スカイドラゴンはゆっくりと降りてきた。
「汝。秘宝を求めるか」
いつもと同じ問いかけだ。
「今の私はあなたを倒せません。あなたを倒せる武器のあるところまで、連れて行ってください」
狼刀の言葉はいつもと違った。
同じ手順を踏んだほうが確実なことはわかっているが、道中の仕掛けと違い相手は生き物だ。必要最低限の会話で終わらせることも可能だと、狼刀は考えた。
「……良かろう。儂の背中に乗るがよい」
スカイドラゴンの答えは僅かに違うが、本質は同じだ。移動距離が長くなるから、違う判断をしただけだと考えられる。
手間を省けたとなれば、むしろ正解だと言えるだろう。
この位置からならば、竹刀で仕留めることも可能だ。けれど、そうはしなかった。する必要も、する意味も、狼刀にはないからだ。
スカイドラゴンの背で風に揺られながら考えるのは、デストロ達の攻略方法だ。正攻法では勝てない相手に、どうやって勝つのか。
そんなとき、ゲームでは、だいたい一つの方法に絞られる。
狼刀は不敵な笑みを浮かべた。
「ケイトール洞窟。ここの最奥にある、重力の石というのが儂を倒すための道具じゃ。頑張るがよい」
スカイドラゴンは、丁寧に説明する。
目新しい情報はないのだろうと、狼刀は頭半分でその説明を聞き流していた。
「お主が道具を探しておる間に、儂は戻っておるぞ」
一通り話し終えると、スカイドラゴンは北の空へと消えた。すぐにテントを持って戻ってくるのだろうが、今回の作戦では待つ必要はない。
ダークデモンの用意した灯りを頼りに、狼刀は洞窟の中を進んでいく。時々現れる蝙蝠は敵ではなく、目を凝らしてみても人っ子一人いはしない。
獲物を待っている三匹の魔物が、重力の石の側にいるだけだ。
「げへへ、人間の匂いだなぁ」
真ん中のダークデモンが、槍を舐めながら笑う。
狼刀は隠れることなく、三匹の前に姿を現した。
「げへへ。勇気は認めてやるぜ」
ダークデモンが笑い、左右の悪魔が狼刀に襲いかかる。大きく杖を振りかぶって、まるで攻撃してくれと言わんばかりの無防備さだ。
狼刀は素早く二体に竹刀を叩き込む。
「「げへ!?」」
悲鳴を上げて、二体の魔物は消滅した。
狼刀はそれを見届けることなく、最後に残ったダークデモンに竹刀を振り下ろす。
「げへへ。残念だったな」
ダークデモンは槍で受け止めると、下卑た笑みを浮かべた。
狼刀は両手で竹刀を握り、ダークデモンの腹部を蹴る。
ダークデモンがわずかに怯めば、その隙に力を込めて竹刀を押し込む。当てれば勝ちなのだ。鍔迫り合いをして、一度だけ押し込めばそれでいい。
ダークデモンが槍に力を込めて抵抗する度に、腹部を蹴る。蹴って、押して、蹴って、押して。ブヨブヨとしたお腹だが、弾力は見た目ほどではなく、ダメージもあるらしい。
ダークデモンが槍から片手を離す。
「げへ!?」
勝負はその一瞬で決着した。
支える力が半減すれば、一瞬だけでも押し切ることは可能なのだ。まさか、ほんと少し触れるだけで終わるとは思っていなかったのだろう。
ダークデモンは何が何だかわからないといった表情を浮かべていた。
「それが報いだ」
散々人間を殺してきたのだろう。多くは邪神教の神官だったと思われるが、人の命を奪う魔物であることに変わりはない。
状況が理解出来ないまま死ぬのも、因果応報と言えるだろう。
狼刀は重力の石を回収し、武器を刀に切り替える。二刀流ではなく、刀のみの片手のみの構えだ。
「さあ、ここからが本番だ」
不敵な笑みを浮かべ、狼刀は出口に向かった。
「一人で来たのか、ボウズよぉ」
道を塞ぐように男達が立っていた。
中央にいるのは、雷を帯びた戦斧を武器とするデストロだ。仲間思いであるがゆえに、人質に取られただけで激昂して我を失う。が、その力は圧倒的だ。
その左右には二人の男。
一人は、長身痩躯のブーメラン男こと、デッドール。任意のタイミングで爆散することにより、中から小さな刃の雨を降らせるブーメランが厄介な遠距離タイプだ。その宿命として、接近戦はそこまでではないと思われる。
もう一人は、ローブ男こと、シシ。アクロバットな動きが得意で、しかも素早く、二本の曲刀を使った接近戦の技量も高い。何より、防刃性能に優れているであろう、ローブが厄介な相手だ。
「デストロ様の問いに答えろ」
狼刀が返事をせずにいると、シシが曲刀を突きつける。
「一人だ。戦う意思はない」
狼刀は両手を上げて、降伏の意を示した。今はまだ、そのときでは無い。
「そうか。なら失せな」
厳つい男は狼刀の横を通り抜ける。
ローブの男が後ろに続く。
痩躯の男は後に続きかけたが、狼刀の前で立ち止まる。
「停止」
「止まる必要はないさ」
狼刀はふくろから重力の石を石を取り出した。
「力を貸せ! 重力の石!」
黒い石が、黒さを増す。
狼刀には何の影響もないが、三人の男は地面にひれ伏したことから、力は発揮されているものと思われた。狼刀が何事もないのは、狼刀だからなのか、持っているからなのか。
それは検証して見なければわからないことだ。
「死ね」
まずはデストロの首を斬り落とす。他の二人を先にして、怒りのパワーで立ち上がってきたら、手がつけられないだろうから。
「デ、デスト、ロ、様」
シシが苦しそうに声を上げる。
デストロの絶命を確認して、狼刀はシシの首を斬り落と――せなかった。
ローブが刀を弾くのだ。小さな刃だけではなく、立派な刀であっても通さない素材らしい。使えそうだな。などと考えたのは一瞬だけ。
視界の端にブーメランを杖代わりに起き上がろうとするデッドールを見つけ、ターゲットを変更する。
「重力の石」
狼刀の呟きを受けて重力の石は黒さを増し、デッドールは再び地に伏した。その首を切り落とす。
次は、デッドールに力を集中させたことで軽くなったのか、匍匐前進で進むシシだ。曲刀を地面に突き立てて進む姿は、角度が違えば山登りとも見えなくないかもしれない。
その背中は無防備だが、ローブがある限り刀は通らない。そういう意味では、完璧な姿勢だ。
ローブを着てさえいればだが。
狼刀はシシに追いついてフードを脱がせると、その頭に刀を突き立てる。
それだけで充分だ。
シシの動きが止まり、曲刀から手が離れる。
狼刀はゆっくりと刀をフードの隙間に滑り込ませ、その首に当てた。否、斬り落とそうとしたのだ。なのに、刀が通らない。
よく見れば、緑色の髪の中に緑色の触角のようなものが見え隠れしていた。
「魔物か……」
刀を抜き、代わりに竹刀を突き刺す。
すでに絶命しているのか悲鳴を上げることはないが、シシはローブを残して消滅した。間違いなく、魔物だ。
それを理解しても、狼刀にさしたる感慨はない。
刀についた血をふき取り、狼刀は出口へと歩き出した。
「あの、ボス達に会いませんでしたか?」
道中で少女が狼刀に話しかける。
狼刀は止まることなく進み、ダイヤナに刀を突き刺した。
「え?」
「俺が殺した、お前も。悪いな」
引き抜くのではなく、すれ違う勢いのままにダイヤナの体を引き裂く。三人の死を受け止めて生きるくらいなら、死んで一緒になったほうが幸せだろう。
狼刀はそう言い聞かせた。
誰でもない、自分自身にそう言い聞かせる。
その刀にはなぜか血がついていなかった。




