復讐の果て
第四十話。復讐を果たした果てに待つものとは。
「来たぞ。スカイドラゴン」
深紅の塔の前で狼刀は空を見上げて、呼んだ。そんなに大きな声を出したわけではない。それでもいつもは降りてくるのだが、今回は反応がなかった。
会話を省略しすぎて、迎えの約束をし忘れたか。
狼刀はそう結論づけて、塔の中を自力で上がっていった。死んだわけじゃないのに、二度も登ることになった憂鬱さから、狼刀の足取りは重たい。
解き慣れて来ていたはずの仕掛けに苦戦しながら、狼刀は頂上へと向かった。
スカイドラゴンは最初に訪れた時と同じようにそこにいた。常にその場所にいるのか、誰かが来た時だけその場所にいるのか。ともかく、スカイドラゴンはいつものように浮いていた。
「秘宝を持ってきたか」
「ああ、重力の石だ」
狼刀は黒々と輝く重力の石を突き出す。
「そのようじゃな。だが、汝に宝物はやれん」
スカイドラゴンは空に舞い上がり、咆哮した。根源的な恐怖を引きずり出すような、重く心に響く咆哮。だが、狼刀は怯まない。
唇を噛み、なんとかその場に踏み留まるのだ。
「なら実力行使だ。重力の石!」
重力の石が黒さを増す。だが、黄金の竜は微動だにしなかった。
「重力の石! 重力の石! 重力の石!」
狼刀が叫ぶ度に、石は黒さを増していく。黒く、黒く、どす黒く、石は黒さを増していく。
それでも金色に輝く竜は微動だにしない。
「くそっ! どういうことだ!」
狼刀はスカイドラゴンを睨みつけた。
「それが現実じゃ。諦めて去るがよい」
スカイドラゴンは諭すように話しかける。
「くそっ!」
重力の石を掲げ、竹刀を構える狼刀。少しでも落ちてくれば、竹刀を当てて、勝利なのに。その少しが果てしなく遠い。
スカイドラゴンは見下ろすばかりで何もしようとはしなかった。
「降りてこい! スカイドラゴン!」
「それは儂の名か? 面白いことを考えよるのぅ」
叫ぶ狼刀に対し、スカイドラゴンは笑い返す。
その行動がかえって狼刀の怒りを買ってることに、スカイドラゴンは気がついていない様子だ。
耐えきれなくなった狼刀は、竹刀を投げる。
だが、竹刀はスカイドラゴンに届かずに、落ちた。
狼刀は刀も取り出して、投擲する。が、それも届かない。届いたところで意味もない、ただの刀だが。
最後に、その手に持った重力の石を放り投げる。
それすらも、スカイドラゴンには何の影響も与えなかった。
狼刀はそれきり動かなくなる。
「もう一度言う。諦めて去るがよい」
スカイドラゴンが優しく問うが、狼刀は答えない。
「光ノ法」
スカイドラゴンが呟いて、指を狼刀に向ける。
その爪先から光が放たれて、狼刀の右膝を貫いた。狼刀は小さく呻き声を上げて、その場に崩れる。
狼刀は全く動かなくなった。
スカイドラゴンの手に持った金色の宝石の輝きは、少しだけ鈍くなっていた。しかし、狼刀はその事に気がつかない。
考える気力さえ残っていなかった。
「手近な城まで届けてやろう。穢れた命よ。もう、大人しくしておるがよい」
スカイドラゴンは、狼刀の投げ飛ばした道具――重力の石と竹刀以外――を拾ってふくろに入れる。
金色の宝石から放たれた光で狼刀を包み込むと、空いている手で竹刀を浮かせた。重力の石は置いたままだ。
「ここで、よいじゃろう」
デュース城には結界が張られている。
それでも問題はないと判断して、スカイドラゴンは狼刀を降ろした。竹刀も手の届く場所に落としておく。
傷は浅くはないが、動けないほどではないはずだ。動かないのは、動くつもりがないからだろう。
放っておいても問題はないと考えて、スカイドラゴンは塔へと戻った。
しばらくして狼刀は動き出す。
動きたくなったというポジティブな理由でも、お腹が空いたというネガティブな理由でもない。動かないでいることにも疲れたというのが、一番近いだろうか。
スカイドラゴンに撃ち抜かれた右足は上手く動かない。近くに転がっていた竹刀を使って、立ち上がる。なんとか、歩くことは可能だ。
右足を引きずりながら、竹刀を杖のように使って、狼刀はデュース城へと入っていった。
「おやおや」
黒い浄衣を纏った神官が狼刀を出迎える。
その顔は、侵入者に驚いているというよりも、戸惑っているような表情だ。
「城には僕様の結界が張ってあるんですが……それよりも、あなたはどういう状態なんですかね?」
問いかけの言葉もこれまでとは違う。
まあ、満身創痍の人間が虚ろな表情のまま彷徨い歩いていれば、そんな問いかけをしたくもなるだろう。
「無視ですか。まあ、いいでしょう」
狼刀は答えない。
「厄介そうな人は早めに始末するに限りますよ」
クレバーは右手を掲げ、手の中に錫杖を出現させた。
「守りたまえ 助けたまえ 我が矛となれ 我が盾となれ 我が魔力を糧として 今ここに召されよ」
詠唱の言葉が紡がれる。
それを妨げるような元気は、今の狼刀にはない。
二人の間に魔法陣が浮かび上がった。
「召喚大魔法」
神官が錫杖を振り下ろすのと、魔法陣から緑色の魔物が現れる。
全身をコケのような鱗に覆われた魔物だ。鋭い爪で床を踏み締め、牙を覗かせるフォルムはまさに獣。だが、狼刀を見つめるは眼光鋭い瞳ではなく、虫を連想させるような複眼だ。
「さあ、このクレバー様のために戦うのです」
「グルルルル!」
召喚された魔物は、目の前にいた狼刀に襲いかかる。狼刀は抵抗することもなく、魔物に噛み殺された。




