迷走の果て
第四十一話。ゲームって勧善懲悪多いよね。
目を覚ました狼刀は、呆然と立ち尽くしていた。
助けようとして、殺されて、殺されて、殺して。殺したところでどうにもならなくて。
意味もない。殺す意味も、助ける意味も。
放っておけば、ダークデモンと勝手に戦い、勝手に死ぬ。それではダメなのか。
悲しむ顔を見た。
そんな顔はさせたくないと思った。
だから、助けようと思った。
助けようとしたから、殺された。殺されたら進めない。何も、前には進んでいかない。
助けようとしなければ、死なない。死ななければ、進める。彼らを犠牲にして、前へと進める。
それではいけないのか。
スカイドラゴンの試練がなければ、狼刀の知らないところで勝手に死ぬだけだったはずの奴らだ。彼らはたまたま出会っただけで、そんな人間はもっとたくさんいることだろう。
そんな人間のことまで救えるほど、狼刀は万能じゃない。
助けられるなら、助けたい。
助けようとした結果として殺されるなら、助けなければいい。
それだけのはずなのに。
わからない。
考えがまとまらない。
何が正解なのかが、全くわからない。
答えは出ない。
けれど、時間だけは過ぎてゆく。
体感時間は変わったとしても、絶対なる時間は変わらない。
考え事をしていてあまり時間が経っていないように感じたとしても、絶対なる時間は止まりはしないのだ。
誰がなんと言おうとも、時間は過ぎ去った。
太陽が傾き、空が赤く染まる。
黄昏の光が狼刀の意識を現実に連れ戻した。
今は輝いている空も、夜の帳が下りれば闇に包まれることだろう。狼刀は灯りになりそうなものなど持っていない。
エース城に戻るか。
安全かもしれないが、そんな気分ではない。
けれど立ち尽くしたままでは気がついた人に連れ戻される可能性もあるだろう。
重い足取りのまま、狼刀はスカイドラゴンの待つ塔へと歩き出した。
しかし、深紅の塔までの道のりは短くない。
直線的に向かうのではなく、デュース城の近くを通って、迂回するように向かうのだ。動き始めたのも遅ければ、歩みも遅い。
デュース城を越える頃には、すっかり夜になっていた。
「お困りではありませんか?」
暗闇の中にぼんやりと灯りが浮かび上がる。
「私はディアス」
長く尖った耳が、エルフを連想される女だ。
「旅の宿を営んでいます」
次に目を引かれるのは、目にかかるくらいの真っ赤な前髪か。儚さを感じる華奢な体か。不釣り合いなほど大きく白い法衣か。
変わった特徴を持ちながらも、全てが調和し、一人の姿を紡ぎ出していた。
「眠るところがなくてお困りなのでしょう?」
ディアスは優しく手を差し伸べる。
「なにを……」
狼刀はその手を取らずに、睨みつけた。威嚇したと言ってもいいかもしれない。未知の存在に対する恐怖を含んだ睨みだ。
「宿泊名簿よ」
ディアスは視線に怯むことなく、懐から一冊の本を取り出した。
「この魔法書籍のおかげで、私は宿を必要としてる人を見つけることが出来るのよ」
狼刀は何も言わない。
けれど、ディアスに対する敵意は薄れていた。
「さあ、遠慮なさらずに、どうぞ」
ディアスが狼刀の手を引く。狼刀は抵抗せずに引きずられ、馬車の前までやってきた。宿になっているのはその荷台だ。
狼刀は彼女と会ったことがあることを思い出した。
特徴的な見た目をしているのに、なぜ思い出せなかったのか。一度しか会っていないからというのも当然あるだろう。しかし、一度しか会ってなくても、例えば邪神教なら印象には残っているはずだ。
それは、彼らが敵だから。
彼女はそうではない。
敵ではないのだ。
「敵じゃない、か」
静かに呟いて、狼刀は目を閉じた。
そして、夜が明け――コトッ。
微かな物音が聞こえて、狼刀は目を開けた。起き上がって、周りの状況を確認する。
「起きていたんですか?」
ディアスがいた。馬車の主は彼女なのだ。そこにいてもおかしなことではないだろう。
「ええ、まあ」
「眠れないなら、お話でもしましょうか?」
「お願いします」
狼刀は少しでも気を紛らわせようと、ディアスの提案を受け入れた。少し休んだおかげか、表情は柔らかい。
「飲み物を入れてくるわね」
ディアスはウインクをすると、荷台から出て行った。
ほどなくして、ディアスが二つのコップを持って戻ってくる。中に入っているのは白い液体だ。狼刀の知識に当てはめるなら、牛乳と表現するのが適当だろうか。
「飲むと落ち着きますよ」
ディアスは一つを狼刀に差し出した。
狼刀はコップを受け取ると、少しだけ飲んでみる。
例えるなら、炭酸の入った牛乳だ。見た目から当たらずも遠からずといった味だが、少し酸味が強いくらいか。
それでも、味は申し分ない。
「美味しいでしょう?」
「美味しいです」
優しく微笑みかけるディアスに、狼刀も笑い返した。ディアスはさらに飲むように促してから、ゆっくりと口を開く。
「私はこの旅の宿・小妖精で世界中を渡り歩てるのよ。あなたは?」
「俺は……魔王を倒すため旅をしてる」
狼刀は迷いながらも、そう答えた。
「そう。正義の味方なのね。羨ましい」
「正義の味方、か……」
狼刀は静かに目を伏せる。
正義とは何なのか。
元の世界でも、ゲームをやっているときに考えたりしたことはあるが、現実ではその重みが全く違う。
「俺は……」
城を救うために、神官を殺した。
それは正義といえるのか。
城を救うための殺しは、ゲームなら誰にも咎められない。現実でも、誰にも咎められなかった。むしろ感謝されたくらいだ。
「俺は……」
それは正義なのか。
デストロ達を殺したことは、正義なのか。
殺さなければ、殺される。それでも、殺さなければならなかったのか。
人を殺して正義を語れるのか。
「俺は、」
「ところで、魔王を倒す人がどうしてこんなところにいるの?」
狼刀の言葉を遮るようにディアスが疑問を口にする。
「え?」
「だってこの場所は邪神教が魔物を狩りつくしちゃったでしょ? 魔王もいないんじゃないの?」
狼刀はその質問に答える術を持っていない。
マナティから敵がいるということは聞いていたが、魔王の存在については何も聞いていないのだ。
城を襲っていたのは邪神教であり、魔物ですらない。彼らの統率者は神官であっても、魔王ではないだろう。
だとすれば、狼刀の今の目的とは。
「今は、邪神教を潰すための旅かな」
狼刀は苦笑いを浮かべる。
「やっぱり、正義に味方なのね!」
ディアスは嬉しそうに手を合わせた。
狼刀は視線を逸らして、コップの中身を一気に流し込んだ。が、勢いが良すぎてむせこんでしまう。
「げふっ……んっん……」
「だ、大丈夫ですか?」
手を突き出し、狼刀はジェスチャーで大丈夫だと合図する。
ディアスが小さく頷くと、狼刀が置いたコップを掴んだ。
「おかわり用意してきますね」
小走りに出ていくディアスの背中に、狼刀は声をかけることが出来なかった。
正義とは何か。
人を殺してでも誰かを守ることは正義なのか。
ゲームや小説においてはそうだろう。
ヒロインを助けるために、主人公は敵を倒すのだ。その全てが敵を殺してだとは限らない。けれど、殺さなければならない展開が多いのだって確かだろう。
では、現実ではどうなのだろうか――
「まだ起きてらしたのね」
ディアスの声が、狼刀を思考の波から掬い出す。
「もう少し話してもらっていいですか?」
「ええ、いいわよ」
考えが纏まるかもしれない。
そんな考えもあったのだろうが、一人で考え詰めていたくなかったというのもあるのだろう。ディアスがいなくなった途端に、また、頭の中を取り留めのない思考が渦巻くのだ。
何でもない話でも、話している間は気が紛れる。
狼刀はそれだけで良かったのだ。
「それで――」
狼刀とディアスは他愛もない話を続けていた。
終わりは唐突だ。
ディアスが眠たくなったから眠りますと、そう言ったから会話は終わる。中身など重要ではないのだ。そう言われてしまえば、続けようがない。
目を閉じて横になる狼刀だが、眠りにつくことは出来なかった。
「おはようございます。旅の宿・小妖精はいかがでしたか?」
ディアスは昨日の夜よりも眠たそうな顔で狼刀を起こす。まるで、一睡もしていないような疲れた顔だ。
一睡もしていないのは狼刀のほうだが。
「ありがとうございます。助かりました」
狼刀は元気を繕って、笑いかける。
もう、これでお別れなのだ。彼女の職業を考えると、会う機会など二度とは来ないかもしれない。
「では、これで」
ならば少しでも明るくわかれるのが、狼刀に出来る精一杯だった。
「ちょっと、待ってください」
ディアスが狼刀の手を掴んだ。
「協力してほしいことがあるんです」
どうやら、まだお別れとはいかないらしい。
戸惑いつつも、狼刀は少しだけ嬉しそうに頬を緩ませていた。




