憤怒
第三十八話。憤怒の読み方って、ふんど、ふんぬ? どっちが普通でしょうか。
狼刀が目を覚ましたのは、エース城を出てすぐの草原だ。障害物がなく開けているので、魔物がいる大陸だったなら襲われかねない。
今度からセーブするときは場所を気にしようと狼刀は思った。
一息つくと、狼刀はスカイドラゴンの待つ塔へと向かって歩き出す。
その道中で考えることは二つ。前回の反省とそれを踏まえて次に取るべき行動についてだ。
当面の目標は重力の石の回収。ダークデモン達については、後だろうと先だろうと敵ではない。問題はデストロ率いる商会連合だ。放置すれば彼らは死ぬし、先に動けば彼らに殺される。待ち伏せも看破され、殺される。
見殺しにすれば――ダイヤナなら、重力の石を回収することは可能だ。その場合の問題は一つだけ。
デストロ達が死んだ後のダイヤナの様子を思い浮かべ、狼刀は首を横に振った。
見殺しにはしたくない。
デストロ達本人よりもダイヤナのために。
しかし、急いで移動したとしてもデストロ達と会わないようにいなくなることは難しい。最短ルートで向かっても、出口に辿り着く前に鉢合わせるのだ。
待ち伏せが見破られたことから、隠れてやり過ごすことも難しいだろう。
交渉や協力と言っても応じるとは思えない。信用を得るには、時間が無さすぎる。死ぬことを仄めかしても、態度は変わらないだろう。
多少強引にでも従わせるしかないか。
でも、どうやって。
力で勝っていれば可能だろうが、一対三で勝てないから、悩んでいるのだ。仮にダイヤナを味方につけられたとしても、二対三で勝てるような相手ではないだろう。
それでも、従わせられるとしたら……
「なんだ、お前は?」
すでに体が覚えているのか、狼刀は深く意識せずとも、深紅の塔に辿り着いた。相変わらず、神官の第一声は狼刀に対する誰何だ。
「この塔に用事がある。通してもらう」
とは言いながら、狼刀は刀を構える。
「通さねぇよ!」
その返事は予定通りだ。
狼刀は地面を蹴って、飛び出した。
遅れて、神官達が武器を構える。その時点で六分の一は突破した。
狼刀は錫杖を受け流し、杖を躱して、槍を受け止める。入口までは残り半分。
足が止まることはない。
足を止めれば、後ろからの攻撃を食らうだろう。前から、右から、左から、殺到する神官の攻撃を捌き、活路を開く。
一撃だって受けることなく、狼刀は塔の入口に到達した。
「こいつ……」
「化け物め」
神官達の戯れ言は気にしない。
狼刀は自分だけが通れる隙間を開けて、塔の中へと滑り込んだ。
道中のギミックは、楽しむ余裕どころか、考え事をしながらでもクリア出来るくらいになっていた。むしろ、考え事でもしてないとただただクリアするために同じ手順を繰り返すのは苦痛だ。優しく言って、狼刀は塔の仕掛けに飽きていた。
登り切ったところでセーブしておけば良かったかと考えるが、後の祭りだ。無駄に使うわけにはいかないし、結局、死なないように頑張るしかない。
まずは、スカイドラゴンとの対話だ。
「汝。秘宝を求めるか」
「ああ、この秘宝がほしい」
「ならば、儂と戦いその力を証明してみせるがよい」
「今の私にあなたを倒すことはできません。見逃してはくれませんか」
「そうか。ならば今一度力をつけて戻ってくるがよい」
天に昇って、降りてくる。一切が、狼刀の記憶と相違ない動きだった。
「塔の下まで送ってやろうか?」
「お願いします」
狼刀は慣れた手つきで、スカイドラゴンの手の上に乗る。その姿勢には、雑に扱われても落ちなさそうなくらい、安定感があった。
「無事に帰れるかの? なんなら送ってやるぞ? どこか行きたいところでもよいぞ?」
「あなたを倒せる武器のあるところまで、連れて行ってもらえますか?」
「よし。承った」
「お願いします」
人と竜は頷き合う。
向かったのは洞窟群。その中の一つが目的の洞窟だ。狼刀には全く見分けがつかないが、スカイドラゴンは迷うことなく、一つの洞窟の前に着地した。
「ケイトール洞窟。ここの最奥にある、重力の石というのが儂を倒すための道具じゃ。武器じゃなくてすまぬな」
丁寧な説明は、耳にタコができるくらい聞いた説明だ。きっと、一言一句違いはない。
「お主が道具を探しておる間に、儂は戻るが、塔の入り口で呼んでくれたら迎えに行くでの」
一通り話し終えたスカイドラゴンは、北の空へと飛んでいった。だが、じきにテントを持って戻ってくるだろう。
デストロ達を先行させるために、洞窟へ入るのは夜が明けてからだ。
ほどなくして、戻ってきたスカイドラゴンが狼刀の後ろにそっとテントを置いた。
「ありがとうございます」
狼刀はテントに入り、眠りにつく。
そして、夜が明けた。
狼刀は早足で洞窟の中を進んでいく。それでも転んだりしないのは、壁に灯った松明のおかげだ。ダークデモンが獲物を誘い込むために用意したと考えると、あまりいい気はしない光だが、そんなことを気にしていても仕方ない。
過程はどうあれ、狼刀が恩恵を受けていることに変わりはないのだから。
「一人で来たのか、ボウズよぉ」
厳つい男が現れた。道を塞ぐように立つ巨体の後ろに人影は見えない。おそらく、狼刀が近づいてくることを察知して、二人はどこかに身を潜めたのだろう。
「一人です」
後ろを警戒しつつ、頷く。
「帰んな。ここにある重力の石は、俺たち商会連合がもらい受けるんだ。邪魔しないでもらいたいな」
デストロは腕を組んだままだ。戦斧を構える気配はない。
「用事が済めばあなた方に差し上げます。だから、俺が先にもらいます。それでいいですよね?」
今回の狼刀に交渉の意思はなかった。
「断る。信頼できる奴としか取り引きはしねぇんだ。てめぇは信頼できねぇ」
その言葉を待っていたとばかりに、二人の男が姿を現す。といっても、背後から曲刀とブーメランを突きつけられただけで、姿は見えないのだが。
「死にたくなけりゃぁ、とっとと失せな」
狼刀は刀を鞘から抜いた。
後ろの二人が動く気配はない。
「死にたくなかったら、俺に任せな? 奥にいる魔物はお前らじゃ勝てない」
「ふん。俺らだって非力じゃねぇんだよ」
デストロは戦斧を構えもせずに、笑い飛ばした。ダークデモン達だけでなく、狼刀も敵ではないという慢心の現れだ。
「さあ。そろそろ結論だしな、ボウズ」
とはいえ、狼刀が三人を相手に正攻法では勝てないのも事実。
「諦めます」
狼刀は刀を鞘に収めた。
「ふん。なら、とっとと失せな」
後の二人が、狼刀の通るための道を開ける。狼刀は、おとなしくその場から立ち去った。
今は、これでいい。
狼刀の顔には、邪悪な笑みが浮かんでいた。
とことこと警戒する様子もない足音が近づいてくる。
「ちょ、ちょっと待ってください」
聞こえてきた声はデストロ達三人のものではない。少女か、声変わりをする前の少年を思わせる幼い声だ。
狼刀は刀を抜きながら、振り返る。
「ちょ、ちょっと待ってください。ボクはダイヤナ。戦う意思はありません」
手を挙げて敵ではないということを主張するダイヤナ。
狼刀はその首元に刀を突きつける。
「黙って従ってもらおうか」
「は、はぃ……」
背負っていた大きなカバンを下ろさせて、狼刀はダイヤナの首に刀を向けつつ、背後に回り込んだ。元の世界にいた頃に見た刑事ドラマの、犯人と人質のような状態だ。
まさか、犯人側を演じることになるとは思って、見てはいなかったが。
「君達を救うために、従ってもらえるかな?」
狼刀が問いかけると、ダイヤナは無言で頷く。
誇れるやり方ではないが、全員を救うためにはこれしない。狼刀は心からそう思っていた。
犯人と人質のまま進んでいくと、デストロはさっきまでとほぼ変わらぬ位置にいた。違うのは、背を向けていることと、残りの二人が隠れずにいることだ。
ゆっくり進んでいたことが功を奏したのだろうか、デストロ達はまだ気がついていない。
「死にたくなかったら従ってもらえますか?」
振り返ったデストロの、表情が変わった。
顔全体が赤みを増し、目尻が鋭く釣り上がり、獣のように口が開かれる。いつもの厳ついだけの顔ではなく、はっきりとした怒りの表情だ。
「ダイアナを放せ!」
怒気を孕んだ声で、デストロが叫ぶ。
同時に、斧を振り上げながら走り出した。
「デストロ様!」
「冷静。要求」
後ろにいる二人がデストロに声をかける。
「シシ、デッド黙ってろ!」
デストロは振り返らずに、飛び上がった。振りかざした戦斧が、光を纏い巨大化する。デストロ自身の跳躍と合わせて、天井に届くどころか、抉るほどの大きさだ。
「怒雷武」
雷を帯びた戦斧が、振り下ろされる。
狼刀はダイヤナを突き飛ばして、大きく後ろに避けた。
戦斧が地面に突き刺さり、大地が大きく隆起する。
ダイヤナはデッドールが無事に受け止めていた。
「話を――」
「黙れ」
問題は怒りで我を失っているであろうデストロの対処だ。今の一撃は、狼刀が突き飛ばさなければダイヤナをも殺していた。
どう考えても、冷静な判断は出来ていない。
デストロは狼刀を睨みつけると、無理やり戦斧を振り上げた。
「雷公斧・激虎昂」
戦斧から激しい稲妻が迸る。まるで生きているかのようにうねる雷は、虎のごとき形を成して、狼刀に襲いかかった。
狼刀は竹刀を構える。
雷の虎は竹刀に触れ、雷の奔流となって狼刀を飲み込んだ。




