マルティール騎士団
第二十五話。敵の本拠地に近づきます。
「まさか、山の中がこんな事になっていたなんて」
周囲を見渡すハーティルに対して、狼刀は驚いて言葉も出ない。
まるで、ビルの中だ。
山の中にもかかわらず、壁は石膏のような素材でできており、壁には一定の間隔で窓がある。部屋の中には余分な装飾品がなく、上へと続く階段は突き当たりの壁にあった。
三勇城とは、造りからして全く違う場所だ。
「と、驚いている場合じゃないな、行こう」
しばらく呆けていたハーティルだが、我に返ると狼刀の手を取って、走り出す。狼刀は手を振りほどくと、ハーティルと並んで走り出した。
二階、三階、四階と、全く同じ部屋が続く。
五階、六階、七階と、顔に疲れが出始める。
八階、九階、十階と、歩く速度が落ちていく。
「ちょ、ちょっと、休もう……」
どれくらい上がったのかもわからなくなった頃、ハーティルがその場にへたり込んだ。
「ええ、休まれるがいいでしょう。永遠にね」
二人を囲むように、黒装束の集団が現れる。邪神教の神官には違いがないのだろうが、その服装は深紅の塔にいた神官達とは異なるものだった。
「我らに逆らうものには、天罰が下されるのです」
集団の奥から、男の声がする。
「防砦魔法」
その声に合わせて神官達が襲い掛かるのと、ハーティルが魔法を発動させたのは、ほぼ同時だった。ハーティルを中心として半球状の魔法防壁が生成される。
狼刀がいるのは、その半球の内側だ。
神官達が立ち止まったのを見て、狼刀も動きを止めた。
「バラム殿。頼みますよ」
「承知。此方に任せるがよい」
神官の声に答えるように、図太い声がした。
その瞬間、ハーティルが展開していた防砦魔法が軋んだ。まるで、上に何かが乗ったかのように。
「防盾魔法」
ハーティルはその場所に対して魔法を重ねた。
広い範囲を包むように守る防砦魔法ではなく、一部だけを守る強度の高い魔法である防盾魔法。それを、幾重にも渡って、重ねる。
「防盾魔法」
押し返すことは出来なかったが、それ以上、沈み込んでくることはなくなった。
「グゥルァァアアア!」
低い唸り声と共に、一部の神官が宙に舞った。
「グルァア」
神官達が吹き飛ばされる。一直線に隙間が生まれて、その中を何かが勢いよく駆け抜けてくる。
上に気を取られているハーティルは、その異変に気がついていない。
「やるしかないか」
狼刀はその変化に気が付いて、竹刀を構えたまま、走った。敵の姿は見えないが、はね飛ばされた神官の位置からおおよその場所は検討がつく。
あとは距離だが、互いに向かっていけばぶつかるのは必然だ。
「グ……」
手応えあり。小さなうめき声が聞こえ、ふっと手応えが消える。最後まで姿は見えなかったが、狼刀は敵を倒したことを確信した。
狼刀はハーティルの元へと下がる。
「大丈夫かい? ハーティル」
「大丈夫……とは、言えないかな」
言いながらハーティルは、防砦魔法をかけ直す。強度を上げるために、二人だけを包んで。
「下手に動かないように頼むよ」
防御の魔法は、多数展開していればいるほどに魔力を多く消耗する。狼刀が小さく頷いたことを確認すると、ハーティルは展開していた防盾魔法を消した。
地面が揺れ、二人の前に異形の存在が現れる。
三つ首だ。中央には鬼のような形相の顔があり、肩から伸びるのは牛と羊の頭。巨大な腕、巨大な足は二本づつだが、先端に蛇のついた大きな尾が生えている。
「此方の力にここまで耐えるとは。そなたらは誇ることが出来るぞ、黄泉でな」
鬼の形相に笑顔を浮かべ、魔神は左手を振り上げた。
「死ぬがいい」
元より巨大な手を、さらに肥大化させて振り下ろす。手はハーティルの魔法に防がれ、一度は止まった。が、それを破壊したのか、勢いよく振り下ろされる。
狼刀は魔神の手なた竹刀を突き立てた。
「やはり、魔断……」
魔神は消えつつある左手を切り離すと、距離をとる。
「厄介。オルダー、加勢を請う」
「マルティール騎士団。波状螺旋」
魔神の一声を待っていたかのように、オルダーが神官達に命令を下す。神官たちも慌てることなく、陣形を組んだ。砦にいた神官達とは、動きが段違いだ。
「切りかかれ!」
狼刀とハーティルを囲むように立つ神官達が、四方からタイミングをずらしながら、攻撃を仕掛ける。
「防盾魔法」
三方からの攻撃にはハーティルが対応し、残る一方には狼刀が対応した。片手の狼刀では、それが精一杯だ。
「砕けろ」
神官の体を、魔神の手が貫いた。
狼刀が竹刀で受け止めると、左手が消え、神官が崩れ落ちる。
入れ替わるようして、別の神官が切りかかった。
狼刀がその対応をしていると、神官の体を貫いて、魔神の手が迫る。
その手を消滅されれば、別の神官が立ち塞がる。
「きりがない!」
思わず狼刀がそう叫んでしまうほど、際限のない波状攻撃だった。
ハーティルが相手をする神官達は、一人が防盾魔法に阻まれても、次の一人がその隙間を狙う。という攻撃を三方向から繰り返していた。
同時展開出来るとはいえ、三方向に集中力をさくのは難しい。ハーティルの防御には徐々に余裕がなくなっていた。
このままでは、崩される。
「……すまない。減速魔法」
ハーティルは制御出来ない奥の手を発動した。
ハーティルが呟くと、周囲の神官達の動きが遅くなった。否、神官だけではなくバラムの動きもゆっくりしたものになっている。
考えるまでもなく、魔法だろう。
狼刀は神官を押しのけ、魔神に一太刀を浴びせんと迫る。
「ちっ、ムタカ!」
いち早く状況を理解した魔神が、叫んだ。その声に答えるように、一羽の鳥が高速で降りてきて、狼刀の体を貫いた。
「なっ……」
鳥は勢いのままにハーティルの体も貫通し、魔神の右腕に止まる。
「ご苦労。ムタカ」
魔神が慈しむような笑みを浮かべた。
「ケケッケ」
「ああ。此方の勝利は、そなたのおかげぞ」
「ケッケー」
「ラクマは死した。無念だ」
「ケッケケー」
一体と一羽の間で会話が交わされる。
その間に、騎士団は体勢を立て直し、オルダーが狼刀の前に立った。
体に力が入らない。狼刀は体は動かさずに顔だけをあげた。
「我らマルティール騎士団を打倒したかったのなら、邪神教の神官を一人でも従えてくるべきでしたね。そうすれば、万に一つの可能性もあったかもしれないというのに」
と、オルダーが手を一つ叩く。
「しゃべり過ぎましたね。まあ、冥土の土産には丁度いいでしょう」
オルダーは興味を失ったように狼刀に背を向けた。
「殺してしまいなさい」
オルダーと入れ替わるように一人の騎士が近づき、剣を振り下ろす。
狼刀の意識はそこで途絶えた。