価値観
第二十四話。人によって価値観は違う。
「あなたがたは何者ですか?」
地図に従って、山の麓までやってきた二人を出迎えたのは、小さな砦とその入り口に立つ黒い浄衣を着た男だった。
「私はフェシー。いづれは知恵の神官様の跡を継ぎ、世界を支配する超神官クレバー様の元活躍することになる男です」
フェシーと名乗る男は、誰何したにも関わらず、答えを聞かないで自己紹介を始める。
彼の後ろでは、彼と同じように黒い浄衣を着た神官たちが互いに顔を見合わせていた。戸惑っているのだろうか。
「大神官様に命じられて、今は、この砦の門番をしております。魔神どもが王子どもにやられたのは私が悪いわけではない、それについて責任を取らされるのは筋違いだと思うのですがね。砦を作らされて、その門番までさせられて、全く全く全く、腹立たしいことです」
フェシーが勝手に説明をするおかげで、狼刀は状況を理解した。
だが、状況は理解しても解決策を見いだすことは出来ない。
「ああ、あなたがたの返事を聞くのを忘れていましたね。申し訳ありません。ですが、すぐに答えないほうが悪いと思いますよ? 答えてください」
フェシーが話を止め、耳を傾ける。
「俺は、邪神教を潰すために来た」
言うと同時に、狼刀は刀を抜いた。
フェシーは全くの無防備だ。だが、狼刀が振り下ろした刀はフェシーから遠い位置で見えない何かにぶつかった。
「無駄だよ。そんな攻撃は私に届きはしない。そして、私の攻撃は君に必ず届く」
フェシーの言葉に合わせるように、狼刀の左肩が穿たれる。なんの脈絡もなく、唐突に。何かによって、穿たれた。
肩を押えてしゃがみ込む狼刀の周囲を、ハーティルの魔法が包み込んだ。
「防御系の魔法ですか。なかなかに硬いようですね。物理的に破壊するのは無理でしょうか? そうですか。では諦めて精神的に突破する手段をとりましょうか? どうやるのですか? なるほど、こうですか?」
会話をするように話すフェシーが、指を鳴らした。その音に合わせるようにして、フェシーの前に魔物が現れる。
一言で説明するのなら、ケンタウロスのような魔物だった。だが、顔は人ではなくライオンのそれであり、その体は血が通っていないかのように青白い。
「魔神サブナック。そこらの魔物と同じだとは思わないほうがいい。おっと、我ら邪神教が駆逐してしまったから君たちは魔物を知らない、無知な人間だったかな。それでも、魔神のこの姿を見てはひれ伏す他に手はないだろう?」
魔神サブナックはフェシーの言葉など気にせずに剣を叩きつけていた。
狼刀は竹刀を構えて立ち上がる。
「その傷で立ち上がれるのか。だが、立ち上がったところで何ができるというのだ。君は愚かしく、無様に、醜く、地に伏していればよかったのだよ」
普通の魔物より強いのだとしても、そんなことは関係ない。
ただ竹刀を振る。
それだけで魔神の攻撃にすら耐えた魔法は破壊され、さらに魔神の体さえも切り裂いた。
魔神は声を上げることもなく消滅する。
「大丈夫かい? 狼刀君」
ハーティルは冷静だった。周囲に魔法を再び展開してから、狼刀の元に駆け寄る。
「ああ」
狼刀は左肩を見ながら返事をした。
傷口は肩を完全に貫通している。痛みもなく血も出ていないが、左手はうまく動かない。
「大丈夫だ。問題ない」
それでも、狼刀はそう判断した。痛みがなかったからというのも、理由の一つだろうか。
「回復魔法」
ハーティルはその言葉を素直には受けれなかった。回復魔法を使って傷を癒やそうとする。
「無駄ぞ。下郎」
フェシーの後ろ、神官の波が割れた。
その中をモーゼよろしく、樹が進む。
「余の矢は不治の矢。貴様ら下郎如きに太刀打ちは出来ぬぞ」
樹は二本の足で立っていた。枝は無数に分かれ腕のようになっており、その枝に実る果実は顔になっている。植物型の魔物だろうか。
「余の矢を受けたものは決して治らぬ」
「余に逆らうな下郎ども」
「次は確実に仕留めてやろうぞ」
複数の果実がバラバラにしゃべる。
「魔神レラジェ。不治の狩人であり、不死の狩人。君がたまたま倒すことが出来た魔神サブナックよりも、完全に近い状態で召喚に成功した魔神だよ。この力によって負った君の肩の傷はもう癒えることはない」
フェシーが語る。自分のことのように誇らしげに。
「黙るがいい。マスター」
「余の力は余の力ぞ」
「下郎の分際で図に乗るな」
魔神――レラジェがフェシーを押しのけて、狼刀の前に立った。
「貴様も失せるがいい、下郎」
レラジェは、竹刀の間合いのわずかに外側にいる。サブナックの二の舞にはならないようにだろう。けれど、それは無駄なことだ。
左肩に穿たれた穴は塞がっていないが、狼刀はそれさえ気にしない。
狼刀は魔法を気にせずに、距離を詰めた。
「死ね」
竹刀を振り上げる。
「馬鹿な……っ」
レラジェが後退したため、竹刀を僅かに掠るにとどまった。が、その一撃で十分だ。
「げ、下郎ごときがぁ!」
レラジェは叫びながら消滅した。
「ば、化け物ぉ! やれぇ! やれ!」
フェシーが顔を青ざめさせて、腰を抜かす。
二体の魔神をあっさりと倒されたことで、フェシーは完全に冷静さを失っていた。
「やれぇ! さっさと殺せぇぇ!」
フェシーが周りの神官達に命令する。
しかし、魔神があっさり倒されたことに動揺しているのは彼だけではない。周りの神官達もまた戸惑っていて、すぐには動くことが出来なかった。
狼刀は竹刀をしまい、刀を抜いて走り出す。
「さ、さっさと、やれぇぇ! とととっとと、やれぇ!」
フェシーはまともに立ち上がりもせずに、這うように逃げ出した。その背中に狼刀は刀を突き立てる。
「が、はぁ……」
フェシーは砦の奥へと手を伸ばし、事切れた。
狼刀は身を翻して神官達へと切りかかる。まともに反応出来る神官はいなかった。
狼刀は片手で刀を振るう。
それでも、鎮圧に時間はかからなかった。
「ふぅ……」
狼刀は座り込む。
「大丈夫かい?」
ハーティルは倒れる神官達の生存確認を行い、息のある神官にはとどめを刺してから、狼刀に声をかけた。
「大丈夫、とは言えないが支障はないかな」
狼刀は左肩を撫でる。痛々しく穿たれた穴だが、血の一滴も出ていない。痛みもないし、狼刀に焦りはなかった。
「立てるかい?」
ハーティルが手を差し出す。
狼刀はその手をとって立ち上がった。
「馬鹿」
ハーティルが空いている手で狼刀の頬を打つ。平手ではなく、拳で。狼刀は地面に倒れ込んだ。
「君は、命を何だと思っているんだい?」
ハーティルが声を低くして呟く。その声には怒りが込められていた。
「君のやり方は納得出来ない。これ以上、命を粗末にするというのなら」
ハーティルは、狼刀の首に錫杖を突きつける。
「僕が、今、君を殺す」
ハーティルの目には強い意志が宿っていた。
狼刀は自分の行動を振り返る。
死んでも終わりじゃない。またやり直すことが出来る。
そんなことを繰り返してきたことで、死に慣れているのかもしれない。
「悪い。いや、すまなかった」
両手をあげて降伏の意を示す。
「もう無理はしないよ」
「今は、その言葉を信じるとするよ」
ハーティルはため息をついて、錫杖を下した。もう手は貸してくれないらしい。狼刀は自力で立ち上がると、刀を鞘に納めた。
「もし、命を粗末にするなら、僕が君を殺すよ」
「わかってるよ」
再び、二人で握手を交わす。
「さあ、神官を片付けて、ここで休むとしよう」
笑顔でそう告げるハーティルに対して、狼刀は苦笑いを浮かべた。




