魔法機
第十七話。便利な道具、魔法機。
白衣を纏った紫髪の先生――ミソロギ。
杖をついた純白の聖騎士――セイント。
二人の来客があっては手狭ということで、狼刀達一行は訓練所へとやってきた。いつもは賑やかなその場所も、宴の最中とあってか、人っ子一人存在しない。
ミソロギが出席簿から椅子を取り出し、三人は向かい合うように座った。
「ロウト殿の質問に答えてくださいね?」
「ええ、いいでしょう?」
やや不満げに答えるミソロギ。
あまり質問をし過ぎると、見返りとして実験されそうだ。
狼刀はいくつか思いつく中で、一番重要だと思えることを聞くことにした。
「魔法機について、教えてもらえますか?」
「魔法機? それをどこで?」
ミソロギの表情が変わる。
「どこで? 一体どうやって知ったのですか?」
まるで、見たことの無いおもちゃをもらった子供のように、瞳が輝いていた。
「どうやって? 誰に? いつ?」
「少し落ち着いてください。ミソロギ先生」
息がかかりそうなくらいに近づかれ、狼刀は何とか落ち着かせようとするのだが、止められない。体格の割には力があるのか、狼刀に押されてもビクともしなかった。
「落ち着いてなどいられませんよ? 魔法機ですよ? 魔法機ですよ?」
声は届いているらしい。意味は理解しているが、実行する気がないようだ。
「魔法機? 素晴らしいですよ? すごいことですよ?」
「魔法機? 説明してもらえますか?」
見かねたように、セイントが声をかける。
「疑問? そうですね? 魔法機については珍しいものではありませんよ?」
ミソロギが狼刀から離れた。
「この城にも存在しますからね? ただ、魔法機という名称を使う人は多くありません? この大陸ではね?」
腕を広げ、楽しそうにミソロギは語る。
「魔法機というのは、魔力を帯びていて、魔法的な効果を発揮する道具のことです? 本来、魔法を使えないものが魔法を使えるように? もしくは、魔法で補えない効果を発揮させるためのものです?」
ミソロギは狼刀の持つふくろを指差した。
「それも魔法機です? 無限布袋といったところでしょうか?」
続けて、出席簿を振る。
「これも魔法機です? 想創聖書といって、想像したものを作り出せます?」
「先生はどこで? それを手に入れたのですか?」
「まあ、知り合いにね?」
はぐらかされた。けれど、ミソロギの相手をするのはセイントが一番上手なようだ。狼刀はもちろん、イソリもこれほど上手に会話を進めることは出来ていなかった。
「詳しいことが聞きたかったら、後で個別でお話ししますね? 話し続けると日が明けてしまいそうなのでね?」
ミソロギが想創聖書をとじて、座る。達成感に満ちた笑みで狼刀を見ているが、実験するつもりなのだろうか。
「以上です」
「では――」
立ち上がったミソロギに向かって、狼刀は竹刀を突き出した。攻撃ではない。横に向けて、渡す構えだ。
「質問一個分として、これでどうでしょうか」
セイントが頬を緩ませた。彼も実験されたことがあるのだろうか。
「先生。変わった武器ですし、妥協されては?」
「いいでしょう? 本当ならば……」
竹刀を受け取りながらも、ミソロギは未練がある様子だ。
「では、休むので失礼します」
狼刀は早々にその場を立ち去った。
ミソロギから情報をもらうのは、確実である代わりに実験を伴う。最低限のことだけにしておこうと、狼刀は心に決めた。
「……行ってしまわれたか」
セイントは宴に姿を現さない狼刀を探しに来たのだが、ミソロギの件がありタイミングを失ってしまった。追いかけて伝えることは難しくないが、彼は休むと言っていた。休息を妨げてまで、来てもらうわけにはいかないだろう。
「戻りますか? 先生」
「そうですね?」
ミソロギがこれ以上迷惑をかけないようにそばにいよう。セイントの言葉にはそんな意図があった。
そして、夜が明けた。
狼刀がいるのは王の間。近衛兵長と兵士長が王を挟むようにして立っているという、この城の本来あるべき姿を取り戻した王の間だ。
「早速よろしいでしょうか」
狼刀は願いを叶えてもらうためにそこにいた。
「なんなりとお申し付けください」
「はい。では――」
願いは昨夜のうちに考えてある。
地下闘技場にある武器が欲しいということ。三勇城の他の場所の様子を見に行くということ。それについて、手紙を書いてもらいたいこと。
そして、
「イソリさんに会わせてもらえますか?」
「良いだろう」
王は全ての要件を快諾した。
「では、地下闘技場までイソリに案内させましょう」
リヴァルの提案に、王とセイントが首肯で応じる。
「では、こちらへ」
リヴァルに付き添われ、狼刀は訓練所へと向かった。
素振りをする人、藁人形に槍を打ち込む人、模造刀で打ち合う人。そんな人々の動きを観察し、指導する人の中に、目的の人物はいた。
「イソリ。仕事だ」
「はい!」
勢いよく返事をして、イソリが走ってくる。
兵士長直々の呼び出しに、訓練所には妙な緊張感が漂っていた。稽古をする人々の手が止まり、その視線がイソリとリヴァル、さらに狼刀へと注がれる。
「なんでしょうか」
声を硬くしてイソリが訊ねた。
ただならぬ緊張感に、要件を知っている――というか言い出しっぺ――狼刀さえも息を呑んだ。
ただ一人。リヴァルだけはいつもと変わらない。
「ロウト殿より話があるそうだ。ついでに、地下闘技場で武器を探すのを手伝ってこい」
僅かな沈黙。
「わかりました!」
イソリは元気よく返事をすると、
「こちらです。ついてきてください」
壁に向かって歩き出した。狼刀達が入ってきた扉とは逆方向である。
「地下闘技場に行きたいのですが」
「はい。聞いております」
「え、あ、はい」
目的地を間違えているわけではないらしい。
リヴァルも何も言わないし、他の兵士達も自分の訓練に戻っている。その場で疑問を持っているのは、狼刀だけだった。
「ここです」
迷うことなくイソリは壁を押した。普通ならビクともしないであろう石造りの壁が、僅かに動く。
全てではない。
よく見てみると周りとは少しだけ色の違う部分が、扉のごとく開く。――隠し扉だ。
「ここから行くのが近道なんですよ」
その言葉の通り、すぐに地下へと続く階段があった。どうやら、場外の隠し扉の内側に出たらしい。前回気がつかなかったのは、外の扉を開けたら陰に隠れるからだろう。
「すごいな」
作り込みの細さに、狼刀は思わずため息をこぼした。
「すごいですよね。まさに忍者屋敷って感じで……あ、すいません。わからないですよね」
「いや、わかるよ」
「え?」
「俺も異世界から来た人間なんですよ」
忍者屋敷発言のおかげで、上手く話を切り出せた。
別に必ず話さなければならないということではないのだが、役に立つ場面があるかもしれない。何より、前回も行っている情報共有は出来る限りやっておきたいとの判断だ。
何度か聞いた話ではあるが、イソリのことも聞かせてもらった。生きていたころの話をあまりしてくれなかったのは、関わる時間が少なかったからか。
「なるほど。と、着きましたよ」
そんな話をしているうちに、二人は目的地へと辿り着いた。
狼刀が探すのは片刃の刀だ。前回と同じの、といいたいところだが、見た目はほとんど変わらないので区別がつかない。見つけた十本の刀の中から、狼刀は手に馴染む二本を選び取った。
「二刀流……ですか?」
「はい。イソリさんから習った二刀流です」
「そ、そうなんですか」
イソリが嬉しそうに頬を緩ませる。
「神官を倒したのも、二刀流なんですよ」
「光栄です!」
イソリの目は輝いていた。
深く考えての行動ではなかったが、これほど喜ばれるなら、二刀流をもっと活用していこう。狼刀はそう思った。
「あとは、鞘とベルトが欲しいですね」
「あ、それなら、この中ですね」
イソリは物がごちゃっと入った木箱を漁り、ボタンがついた革製のベルトを取り出す。これは前回と同じものだろうか。
「ここに鞘をつけると、帯刀出来るんですよ」
「そうなんですか」
相槌を打ちつつ、狼刀は二本の鞘を探していた。前回と同じのがあるかではなく、選んだ刀に合うかどうかだ。
「どうですか?」
「悪くない」
前回とは違うかもしれないが、刀も鞘も体に馴染む。ベルトのおかげか帯刀の負担もない。
「それも魔法機ですね?」
どこからともなくミソロギが現れた。
「うぇい!」
「先生!?」
狼刀とイソリが驚いて声を上げるが、ミソロギは気にしない。
「刀差しの腰巻といったところでしょうか? 負荷なく帯刀するためのものですね?」
「な、なるほど」
刀を身につけたときに重さをそれほど感じなかった理由が確定した。ふくろもそうだが、魔法機というのは本当に色んなところにあるものらしい。
「ではなくて、君にこれを返そうと思ってきたのですよ?」
ミソロギが竹刀を狼刀に手渡す。
「時間さえあれば、君についてもっと実験てみたいものなんだがね?」
「お断りさせていただきます」
「まあ、諦めるよ?」
後ろ髪を引かれるように言い残して、ミソロギは去っていった。
「も、戻りますか」
「ですね」
王の間に戻った狼刀は王から手紙をもらい、エース城を後にした。
目指すは北西にあるデュース城――ではなく、さらにその南西にある塔。エース城の真西に当たるのかもしれないが、大陸自体が曲がっていて間に海を挟むため、デュース城の近くは通ることになる。
結界が張られ、多く人が閉じ込められている城。
救いたいのは山々だが、より良い未来のために、今は素通りすることを選んだ。