生きているからこそ
第十六話。助かってこその人。
「くそっ……誰か、誰かいないのか」
「誰でもいいんだ……」
「城にあの人より強い人! なんて……」
「強い人、強い人、強い人……」
エース城の大広間を慌ただしく行き交う人々。その中心で狼刀は目を覚ました。
「そこの旅の者」
背後から声がかけられる。
「突然、すまない。私は兵士長リヴァル」
その展開は変わらない。
「腕に覚えがあるなら、この城を守るために協力――」
「わかりました。案内してください」
狼刀はリヴァルの言葉に被せるように返事をした。
「おお、ありがたい。では、王の間へ」
「行きましょう!」
◇
「なぁ? まぁだ、かかんのかぁ?」
ブラストからの四度目となる催促。
「しばし、お待ち願います。今兵士たちが」
「そぉのセリフはぁ、聞ぃき飽きたんだぁよ?」
王のセリフを遮るように、ブラストが立ち上がった。三回目までは文句を言いつつも大人しくしていたが、仏の顔も三度までということだろうか。
「いねぇんなら、無条件降伏だぁ。いいかぁ?」
「お、お待ちください。すぐに、すぐに兵士が」
王が玉座から降りて、懇願するように頭を下げる。そんな痛ましい光景を、兵士達は黙って見ているだけだった。
「そぉじゃねぇんだよぉ!」
ブラストは声を荒げると、錫杖を大きく振り上げ。
「お待ちくだされ」
リヴァルの声を聞き、ピタリと動きを止めた。
「約束の御仁をお連れした」
ブラストの瞳が、リヴァルの横にいる狼刀を捉える。じっとりと値踏みするような視線だ。
「なんかのぉ間違いだろぉ? こんな奴がぁ最強ぉ」
呆れたように呟き、ブラストは錫杖を狼刀に突きつける。
「怪我じゃぁすまなぜぇ? おうちにぃ帰んなぁ」
肝心の狼刀はブラストのほうを向いてはいなかった。
「その前に、剣を二本貸していただけませんか?」
「あぁ? 無視かぁ?」
「安心しろ。お前の相手はしてやるよ」
不満げな顔を浮かべつつも、ブラストは黙り込んだ。
リヴァルが剣を二本差し出し、狼刀がそれを受け取る。その様子を見届けて、ブラストは満面の笑みを浮かべた。
「戦ぁえるのぉかぁ?」
「ああ、俺は結城狼刀。かかってこい」
狼刀は二本の剣を構え、挑発するように言い放つ。ブラストは錫杖をバットのように振りかぶった。
「上等ぅだぁ!」
狼刀は剣を構え、床を蹴る。
ブラストは不敵な笑みを浮かべて跳躍。空中で一回転すると、狼刀の背後に着地した。振り向きざまに放つは、錫杖の突き。
狼刀は素早く振り返ると、片手で攻撃を受け止めた。と、同時にもう一方の剣で薙ぎ払う。
「くぁ……」
腹部を切られたブラストが、苦悶の声を漏らし距離を取った。狼刀は、立て直す隙を与えずに、攻撃を仕掛ける。
ブラストは体勢を整えることも出来ずに、防戦一方だ。
「減速魔法」
魔法を気に留めることなく、狼刀は苛烈に攻め立てる。
「これで終わりだ」
渾身の一振がブラストの腹部を斬り裂いた。
「やるじゃぁねぇか……」
ブラストは、笑ったまま後ろに倒れこみ、動かなくなった。
「すげーよ、兄ちゃん!」
「ありがとう、この城を救てくれて」
「ちっ……」
「感謝しますぞ」
「悔しいけど、さすがだよ」
「近衛兵長の仇を取ってくれてありがとう」
周りの兵士から賛美の声が浴びせられる。賛美以外もあるが、それを気にする人は誰もいなかった。
ただし、違うところに一人の男が反応する。
「誰の仇だって?」
逞しさと力強さを兼ね備えた爽やかな声。そこにいた誰もが声のした方を向き、歓声が沸き上がる。
「近衛兵長様!」
「ご無事でしたか!」
「セイント様!」
「さすがです!」
歓声の間を縫って、リヴァルが一歩前に出た。
「近衛兵長セイント様。申し訳ありませんでした」
深々と頭を下げるリヴァルの後ろから、王が顔を覗かせる。その顔にも声にも安堵の色がありありと浮かんでいた。
「セイント。よく生きておった」
「先生の治療のおかげですよ」
純白の衣装に身を包む青年。近衛兵長セイントはやはり聖騎士といった雰囲気だ。兵士に支えられ、杖をついてはいるが、凛々しさには全く陰りがない。
「状況はどうなってるのですか?」
セイントは王へ状況の説明を求めると、王はリヴァルへと目配せをする。
「はっ」
リヴァルは片膝を床につき、手を体の前で合わせた。目上の相手に報告する時の姿勢だそうだが、どうにもヨーロッパ風の城には似合わない。
異世界である以上、気にしていても仕方ないのだが。
「敵は邪神教の神官。そこの旅のお方が倒してくださいました。王もご無事です。私の知る限り被害者は出ておりません」
「そうか。それは良かった」
セイントは静かに目を閉じた。
短い時間だったのは、考えをまとめているだけだからだろう。
「この城を救てくれたこと、王と共に感謝する」
ゆっくりと目を開けて、深々と頭を下げる。
「それから、誠に勝手な願いではあるのだが、用心棒としてこの城に雇われてはもらえないだろうか」
「すいません。それは出来ません」
狼刀はその提案を断った。歴史が同じ流れをたどるのならば、しばらくはこの城に危機は訪れない。そう考えたからこその決断だ。
「そうか……いや、無理を言ってすまなかった」
「その代わり。邪神教をつぶして見せますよ」
元凶を絶ってしまえば問題ない。
不安げな顔を見せるセイントに、狼刀はそう宣言した。
「おお! それは」
セイントは一瞬だけ笑みを浮かべるが、すぐ真顔に戻して、兵士達のほうを見る。
「このたび、この城は……、」
セイントが言葉に詰まる。誰にも聞いていないから、名前がわからないのだ。
「すまぬ。名前を教えてもらえぬか」
「結城狼刀です」
前回と変わらぬやりとりに、狼刀は笑いを堪えつつ答えた。
「わかった」
正面を向いたセイントは、何事もなかったかのように話を再開する。受けようとも、断ろうとも、その内容はほとんど同じだった。
「このたび、この城はユウキ・ロウトさんによって救われた。だが、ユウキ・ロウトさんにはまだやるべきことが残っている。だから、我々は力をつけていこう。ユウキ・ロウトさんがいなくてもこの城を守らなければならないのだから」
兵士達は歓声をあげ、セイントは手を叩くだけでそれを静める。
「後のことは、ローレンス王と話し合って、結論が出次第報告する。他になにか意見はあるものはいるか」
無論、誰一人して意見はいわない。それは強制力などではなく、セイントに対する信頼の表れだ。
「それから、ユウキ・ロウトさん。我々から提供出来るものはなんでも提供致します。なんなりと言ってください」
「いくつかあるので、後でお願いします」
逡巡した後、セイントは頷く。
「……わかりました。明日の朝でも良いでしょうか」
「はい。お願いします」
その日のうちの対応が難しいのは、予想の範囲内だ。
空き部屋を借り、狼刀は眠りについた。
扉が開く音。
「あなたが、ですか?」
目を閉じていてもわかるくらいに聞かされた声が、狼刀の耳に届いた。
「ミソロギ先生……」
「おや?」
反射的に漏らした呟きを、ミソロギは聞き逃さない。背を向けて眠る狼刀に近づき、耳にそっと息を吹きかける。
「なぅっ!」
飛び起きた狼刀の顔を見て、ミソロギは満足げに笑みを浮かべた。
「どこで知ったのですか?」
「え……?」
「名前、ですよ?」
ミソロギに指摘され、狼刀は自分の失言に気がついた。この周回においては、ミソロギと狼刀は初対面。つまり、名前を知っていてはおかしいのだ。
「イソリさ……」
んに聞いた。という言葉を狼刀は飲み込んだ。
この周回ではイソリにも会っていない。狼刀が会っているのは、王とリヴァルとセイント。他にも兵士達がいたが、名前を知らない。話を聞いたということにするなら、候補は三人の誰かだ。
必死に考えを巡らせる狼刀を、ミソロギは黙って見守っていた。
「リヴァルさんに聞いていたんですよ」
この部屋まで案内してくれたのは彼だ。ミソロギがそんなところまで見ていたとは思わないが、聞くタイミングとしては自然だろう。
「そうですか?」
ミソロギは笑みを崩さない。
「それはおかしいですね?」
「え?」
誤魔化すことも忘れて、狼刀はミソロギの言葉を待った。
「だって、声で、気がついたでしょう?」
そう。狼刀は扉に背を向けて寝ていた。ミソロギは扉を開けて、声をかけただけなのだ。その時点で気がついたということは、声で理解するしかない。
人から聞いただけで、そんな芸当は不可能だ。
「どうなんですかね?」
ミソロギが耳に息を吹きかけたのも、実は見えていたという可能性を考えてのことである。狼刀はそこまで気がつかなかったが。
「それは……」
言ってしまいたかった。
自分が繰り返していることを。その中であっていることを。
けれど、その言葉は届かないだろう。
経験則から狼刀はそのことを理解していた。
「……言えません」
「そうですか?」
ミソロギは残念そうに眉尻を下げる。語尾が上がっているせいでなんともチグハグだが、心から残念に思っていることは、声質から十分に理解出来た。
「では、少し実験させていただけますか?」
「お断りさせていただきます」
狼刀は深々と頭を下げる。
何度繰り返そうとも、それだけは繰り返したくない。そんな切実な願いだ。
「ふむ?」
簡単には納得されないと理解したのか、ミソロギは腕を組んで考える。狼刀はその表情を見るのが怖くて、顔を上げられなかった。
沈黙が重くのしかかる。
耐えきれなくて、狼刀は前を向いた。
「なんでも、一つだけ、知りたいことを教えてあげますよ?」
悪魔のような笑みを浮かべ、ミソロギが囁く。
「実験させていただけたらね?」
「…………」
彼は嘘をつくような男ではない。
知りたいことがあった狼刀は、その提案を否定することが出来なかった。
「俺は……」
「先生。ロウト殿をいじめるのはやめてください?」
声のした方へ、ミソロギが振り返る。
「いじめてませんよ?」
その言葉に、狼刀と新たな来客は同時にため息をついた。自覚がないから余計にタチが悪い。ミソロギはまさにその典型だった。
狼刀は顔を上げ、新たな来客を見る。
「セイントさん」
そこにいたのは、近衛騎士セイント。その人だった。




