宝を望む者ども
第十八話。宝は誰もが望むもの。
大地にそびえ立つ深紅の巨塔。その頂点に君臨する黄金の飛龍の姿は見えないが、地上に集まる黒いローブの集団が見えてきた。
生きてる。
それが、狼刀が最初に抱いた感想だった。
「なんだ、お前は?」
狼刀から見えた時点で、相手も狼刀のことは見えている。塔を守護する彼らが誰何するのは当然の流れだろう。
「この塔に用がある。通してもらえるか?」
狼刀はあえて無視した。
「通さねぇよ!」
問いかけた神官が杖を構えて狼刀に襲い掛かる。さらに周りの神官たちが杖を、槍を、錫杖を、各自の武器を構えた。
「押し通る!」
狼刀は二本の刀を構える。
多勢に無勢、ではなかった。一撃では倒せなくても、一撃も食らうことはない。大量の死体を斬った経験からか、人を斬ることへの抵抗も薄くなっていた。
「な、なんなんだこいつは!?」
一騎当千の力を振るう狼刀を見て、一人の神官が叫んだ。それは、恐怖による悲鳴の類だったかもしれない。
恐怖は伝播する。
数で勝っていた神官達だが、遁走を始めた彼らに勝ち目などない。無傷のまま、狼刀は神官達を全て無力化した。
「ば、ばけもの……」
神官たちの中には、息のある者も多くいる。
そもそも、狼刀が意図的に殺したのは一人もいない。仲間に踏まれたもの、仲間の武器に刺されたもの、傷が深くて助からなかったものなど。その死因は多岐にわたるが、狼刀としては不慮の事故である。
とはいえ、同情はしない。死を悼む気にはなれない存在なのだ。邪神教の神官など。
一度とはいえ攻略したことのある塔の中を登っていくことに、前回ほどは時間がかからなかった。
空に開けた頂上には、いかにもな感じで置かれた宝箱がある。あの中に入っているのが、結界を壊す紅い宝石だ。
「汝。秘宝を求めるか」
声が上空から降り注ぐ。
スカイドラゴンだ。黄金の巨体を惜しげもなく輝かせるその姿は、神々しく圧倒的だった。
「汝。秘宝を求めるか」
狼刀が返事をしないので、聞こえてないと思ったのか、スカイドラゴンが問いを繰り返す。
「ああ、この秘宝がほしい」
狼刀は前回と同じように対応した。一度目で返事をしなかったのは、輝きに気圧されていただけである。
「ならば、儂と戦いその力を証明してみせるがよい」
「今の私にあなたを倒すことはできません。見逃してはくれませんか」
狼刀は前回と同じように答えた。前回と同じ答えを得るために。
「そうか。ならば今一度力をつけて戻ってくるがよい」
スカイドラゴンの行動も変わらない。一度天へと登って姿を消してから、改めて降りてくる。そして、狼刀に問いかけるのだ。
「塔の下まで送ってやろうか?」
「お願いします」
「うむ。乗るがよい」
スカイドラゴンになんのメリットがあるのかは、誰も知らない。お節介ドラゴンの謎行動は、地上に降りてからも、相変わらずだ。
「無事に帰れるかの? なんなら送ってやるぞ? どこか行きたいところでもよいぞ?」
即答はしない。
今度は意図的にスカイドラゴンが質問攻めにしてくるのを待ってから、悪巧みをするような顔で答える。
「あなたを倒せる武器のあるところまで、連れて行ってもらえますか?」
「よし。承った」
スカイドラゴンはあっさりと頷いた。予定通りだが、念のために会話は前回と同じように心がける。
「え、や、人の話聞いてました?」
「聞いておったぞ。家に帰るより、勝つために動く。実に立派な人間じゃの」
それ以上は何も言わない。ただ小さく頷くけば、スカイドラゴンは満足そうに笑い、手を差し出すのだ。
その手に乗った狼刀が運ばれたのは、洞窟の前。前回と同じで、看板や目印になりそうなものは無い。周囲には同じような洞窟がいくつも並んでおり、その配置は目印と言えなくもないかもしれなかった。
「ケイトール洞窟。ここの最奥にある、重力の石というのが儂を倒すための道具じゃ。武器じゃなくてすまぬな」
名前からしても間違いはない。けれど、場所を覚えて一人で来るのは難しいだろう。
「お主が道具を探しておる間に、儂は戻るが、塔の入り口で呼んでくれたら迎えに行くでの」
今後のサポートまで保証した上で、スカイドラゴンは飛び去った。
すでに日は暮れ始めている。けれど、前回より一日早く到着しているのだ。中に入るのは明日の朝になってからでもいいだろう。
そう考えた狼刀の心を読んだかのように、スカイドラゴンがテントを持って戻ってきた。何かを言うわけではない。そっとテントを置くと、すぐに飛び去った。
狼刀はそのテントで眠りにつく。
そして夜が明けた。
ケイトールの洞窟の壁には松明が灯っている。それをつけたのは、悪魔か少女の仲間の商人か、はたまた別の誰かなのか。ともあれ、そのおかげで最低限の明るさは確保され、狼刀は早足で洞窟の奥へと進んでいった。
襲いかかってくる蝙蝠など、足止めにすらならない。
「一人で来たのか、ボウズよぉ」
厳つい男が立っていた。眼光は鋭く、彫りの深い悪人面には傷が刻まれている。戦士といった風には見えないが、数々の死線はくぐり抜けてきたのだろう。
それは顔を見ただけでも痛いほど理解出来た。
「一人ですけど」
「帰んな。ここにある重力の石は、俺たち商会連合がもらい受けるんだ。邪魔しないでもらいたいな」
「用事が済めばあなた方に差し上げます。だから、俺に先にもらえませんか?」
「断る。信頼できる奴としか取り引きはしねぇんだ」
狼刀の首筋に、左右から武器が突きつけられる。鉄製のブーメランと曲刀。連合というだけあって、一人ではないらしい。
「てめぇは信頼できねぇ」
「同意」
「ですね」
続いた二つの声に、狼刀は聞き覚えがなかった。つまり、最低あと一人はどこかにいるはずだ。
「死にたくなけりゃぁ、とっとと失せな」
男が不遜な笑みを浮かべる。
「死にたくなかったら、俺に任せな? 奥にいる魔物は強いぞ」
刀を構え、狼刀は脅すように応えた。というか、十中八九事実である。
「ふん。俺らだって非力じゃねぇんだよ」
効果はなかった。声からは一切不安の色が感じとれない。何をどう言ったところで、引かせることは不可能だろう。
「さあ。そろそろ結論だしな、ボウズ」
男の最終勧告に合わせて、鈍色の曲刀が首筋にピタリと当てられた。
「諦めます」
狼刀は刀を手放し、諸手をあげて降伏の意を示す。ここで意地を張って死ぬという選択肢は、ありえない。
「ふん。なら、とっとと失せな」
背後にいた男達が道を開けたため、狼刀はおとなしくその場から立ち去った。
「ちょ、ちょっと待ってください」
ゆっくりと歩いている狼刀の背中に声がかけられる。
「あなたも、重力の石を探し来たんでしょ?」
一枚布の黄色い服を着て、うさぎの髪留めが特徴的な少女だ。このタイミングで出てきたということは、彼女も商会連合のメンバーなのだろう。
少女はおずおずといった様子で狼刀に問いかける。
「さっき言ってたのって、どういう意味ですか?」
「さっき?」
「奥にいる魔物の話ですよ。知っているのですか?」
「ああ、知ってる。あの三人じゃ勝てないことも」
「そっか……」
少女は悲しげに目を伏せた。
「でも、言い出したら聞かないからなぁ。ボスたち」
「何か手はないか」
「手と言われても……諦めるのを待つくらいしか」
「じゃあ、諦めるのを待つよ」
その場から立ち去ろうとする狼刀の袖をダイヤナが遠慮がちに掴んだ。ただし力は全く遠慮がない。狼刀は動きたくても、動けなかった。
「本当に、待つの?」
「ああ、待つさ」
明日になれば、彼らが挑み負けることはわかっている。そうなってから改めて来れば、狼刀は問題なく奥へと進めるのだ。
救えるものは救いたいとは思うが、無理をしてまでなんでも救わなければいけないと、狼刀は考えていなかった。
「そっか……」
少女は狼刀を解放すると、洞窟の奥へと消えていく。その姿が見えなくなってから、狼刀は反対側へと歩き出した。




