悪意に満ちた命
第十五話。怨みは強さ。
「それが、南西の塔にあったという結界を壊すための石、ということでよろしいのかな?」
王の間には三人の人物が集まっていた。
一人はこの城の王であり、最初に口を開いたサマルカンド。不健康な見た目は相変わらずだが、解決策が見つかったためか、表情は少し明るい。
「本当に取って来れたのですね」
大臣が驚いたような呟き、
「さすがはエース城を救った英雄様ですね」
王妃だという女性が後に続く。
「ですが、使い方がわからなくて困っているのです」
「あの学者に聞くといいでしょう」
狼刀はサマルカンドに向かって言ったつもりだったが、答えたのは大臣だ。
「おお、そうだ。そうしよう」
「王よ、言葉遣いが崩れておりますぞ」
賛同した王は、言葉遣いを指摘され、しゅんと項垂れてしまう。大臣のほうが力が強いのだろうか。
「すまない」
「客人の前ではお気を付けください」
「すまない」
「その悪癖はどうにかならないものでしょうか」
「すまない……」
話が逸れていく。
「確か、学者は図書庫にいるのでしたね」
本題に戻したのは王妃だ。
狼刀は何も言えずに、眺めているだけ。
「そ、そうだったな、呼び出すとするか」
「そうしましょう」
慌てたようなサマルカンドの言葉を受けて、大臣が頷いた。そのほうが早いだろう。
「その必要はありません」
けれど、狼刀はその提案を蹴った。
「自分から会いに行きます」
「…………」
驚いたように目を見開くサマルカンド。
「……いいでしょう」
その横で大臣が神妙に呟いた。
王妃の言っていた通り、学者カイは図書庫にいた。
「僕に何か用事ですか?」
「これの使い方について聞きたい」
狼刀は紅い宝石を取り出し、カイに渡す。
「これは?」
学者は首を傾げた。彼は学者とはいえ、結界を壊す石について詳しいわけではないのだ。そのことを思い出した狼刀が補足する。
「南西の塔にあった例の秘宝です」
「これが、ですか」
カイは色々な角度から秘宝を眺めた。
「使い方といいましたね? 残念ですが、調べてみないとわかりません」
「では、お願いします」
「承りました」
カイは帽子を取り、恭しく頭を下げる。
「よろしくお願いします」
「結果が出たらお伝えしますよ」
紅い宝石をカイに託し、狼刀は王の間へと舞い戻った。
「では、その件はカイに任せると致しましょう。それで依存はありませんね」
サマルカンドの決定に、大臣と王妃が黙って頷く。死人のような覇気のなさだが、きっちりと意見を聞かせる姿は実に王らしい。
「さて。英雄殿。我々一同、この度は我が城を救ってくださったことに心から感謝しております。そこで、宴を行いたいと思うのですが、参加していただけますかな」
「いえ、まだ結界も――」
「それは素晴らしい考えでございます。皆も喜ぶことでしょう」
断ろうとした狼刀の言葉を遮るように、大臣が賛同の声を上げた。
「えぇ、それが良いかと」
少し遅れて、王妃も賛同の意を示す。
三対一。ここまで言われてしまうと、狼刀としても断りにくい。
「……参加させていただきます」
かくして、宴の開催が決定した。
狼刀は待っている間に城の中を探索して回った。ただ見て回るだけではなく、色々な人に色々な話を聞きながらだ。
その中でも興味深い話といえば、地下牢獄に魔物を捕らえているということだろうか。害はないということなので、狼刀が関わる必要はないだろう。
その夜。
城のほぼ全員を集めて行われた宴は大いに盛り上がった。結界は消えてないが、希望は見えたのだ。本当の意味で救われるのも時間の問題だろう。
狼刀もその時ばかりは役目を忘れて、楽しんだ。
◇
デュース城の一角には、死体処理場と呼ばれる場所がある。その名の通り、死体を処理する場所だ。処理といっても、腐るまで捨てておくだけなのだが。
「あ、……あぁぁ、ああ」
奥には追悼碑が置かれており、死体を捨てる際にはそこに名前が刻まれる。
「ぼ、く……ぼく、さまを……」
例外はある。例えば、調べ終わった敵の死体などは、名前を刻まれはしないが、そこに捨てられていた。
「よ、くも、僕様をぉぉぉおお!」
狼刀に殺されて、体を調べられて、捨てられた男が動き出す。
「ゆる、さねぇ、許さねぇぞ……」
邪神教の神官・クレバーが。
そして、夜が明けた。
宴の楽しげな雰囲気はどこへやら。城の中は混沌に包まれていた。
死体、死体、死体。どこを見渡しても、死体がいて、暴れている。人を襲い、襲われた人は死体となって暴れ出す。
その進撃は止まらない。
――止められる人が居なかった。
デュース城にはエース城の兵士団やトレイス城の騎士団にあたる軍隊はいないのだ。魔物がまだ多くいたころは、魔物殺しの傭兵集団を雇っていたが、今はいない。
地下牢獄の魔物さえ、たまたま訪れていた傭兵団の協力がなければ捕らえることは出来なかっただろう。
狼刀は二本の刀でもって、死体と応戦していた。
少し斬りつけても変わらない。手を斬り落とそうとも怯まない。頭を斬り飛ばしても止まらない。足を斬り落としても動きが少し遅くなるだけ。
死体達の数は一向に減らなかった。
「防盾魔法」
狼刀には見えない魔法の盾が、狼刀に襲い掛かろうとしていた死体の進行を妨げる。
「こっちだよ! 早く!」
声がしたほうに向かって、狼刀は走った。誰がとかどうしてかは考えない。
赤い服を着た青年と合流し、狼刀は王の間へと向かった。
王の間の入口には盾と剣を持って死体の侵入を防ぐ男達。その動きはぎこちないが、この城の現状を考えると最大戦力なのだろう。
しかし、狼刀と青年が間をすり抜けて入れたあたり、守りは万全とは言い難い。
突破されるのは時間の問題だ。そうなれば、床に倒れている負傷した人達も一気に敵となってしまう。
その前に根本を潰すしかない。
「敵は一体なんなんですか?」
狼刀は王座に座るサマルカンドに訊ねた。
守りの人に話しかけるわけにはいかないし、青年は負傷者の治療に回っている。詳しいかもしれないカイは、ここにはいなかった。
「わからない」
サマルカンドは首を横に振る。が、言葉はそこで終わらなかった。
「ああ、でも、死体処理場が関係あるかもしれないな」
「死体処理場? それはどこに」
「どこ? ああ、図書庫の裏にある階段を下りた先の地下です」
ぼうっとした様子でサマルカンドが答える。
「わかりました。行ってきます」
目的地は決まった。
狼刀は男達の間を抜け、王の間を飛び出す。
「ちょっと、待つんだ!」
青年は防盾魔法で行く手を遮るが、狼刀は止められなかった。
死体を無力化することは不可能だ。
首を落としても、心臓を貫いても、その動きは止まらない。足を斬り落とせば、動きは遅くなるが、それだけだ。
竹刀での打撃も、一瞬動きを止めるだけで、永続的な効果はない。
だが、素手の死体たち相手に道をこじ開けて進むことは不可能ではなかった。
徐々に増えていく死体を斬り分けながら、図書庫を越え、死体処理場へ。
閉まらなくなっていたその扉をくぐり抜けると、後ろを追いかけて来ていた死体の動きが止まった。まるで、見えない壁に阻まれたように。
「やはり、結界では止まらない、ようだね!」
身体中に切り傷が刻まれたクレバーがそこにいた。
「魔法機の力で、僕様は復讐を果たす!」
その手には錫杖――ではなく、小さな指揮棒が握られている。
クレバーが指揮棒を振ると、後ろで止まっていた死体達が動き出した。結界は消えたのか、なだれ込むようにして死体処理場へと入ってくる。
「死操指揮棒・行進曲」
まばらに動いていた死体たちの動きが、揃った。狼刀を囲むように。クレバーを守るように。集団行動さながらに、統一された動きだ。
「守備魔法。やれ!」
四方から死体が襲いかかった。狼刀が刀を突き立てるが、刺さらない。
「くそっ」
力任せに死体を払いのけるが、別の死体がすぐに取って代わるだけ。無数の死体に群がられ、狼刀は身動きが取れなくなっていく。
次の瞬間。
狼刀の刀が死体を貫通した。
同時に、死体を貫いて現れた錫杖が、狼刀の心臓に突き刺さる。
「死ねぇ……」
憎悪に満ちたクレバーの声。
それが最後に狼刀の耳に届いた言葉だった。