宝を求めし者達
第十四話。宝はみんなが求めるもの。
そして夜が明けた。
看板はない洞窟だが、名前があるからだろうか、壁に松明が灯っていた。そのおかげで最低限の明るさは確保され、狼刀が進む分には問題ない。
魔物も蝙蝠くらいで、全く問題ない。
「ここから先へは行かない方がいいよ」
ふいに後ろから声をかけられ、狼刀が立ち止まる。後ろからということは、後から来た人だろう。けれど、そのセリフは先に来ていたかのような言い草だ。
だとすれば、気づかないうちに抜かしていたということになる。
分かれ道はなかったはずだが。
「あなたも、重力の石を探し来たんでしょ?」
一枚布の黄色い服を着て、背中には大きなカバン。うさぎの髪留めが特徴的な少女がそこにいた。土に汚れたカバンを狼刀のほうに向けて座っていたら、気づかなかったかもしれない。
と、狼刀は重要なことに気がついた。
重力の石。間違いなく、それがスカイドラゴンの言っていたものだろう。あなたも、と少女は言った。
つまり同じものを狙うライバルだ。
「でも、重力の石を守ってる魔物はくれる気がないらしいよ」
「問題ない。ただし君が何者なのかは知らないが、俺がもらっていくぞ」
狼刀は用件だけを伝えると、歩き出した――否、出そうとした。出そうとしたのだが、少女に袖を掴まれて、動けない。心情的にではなく、物理的に。
「行ったら死ぬかもしれない」
「俺は死なない」
「……どうして、そう言い切れるんですか?」
「俺が強いから」
狼刀は断言した。深い考えがあったわけではなく、早く行きたかっただけだ。
「すごい自信ですね」
ため息とともに少女は手を離す。
が、狼刀が進もうとすると再び袖を掴んだ。
「……ボクは商人です。一度手に入れると決めたものは絶対に手に入れて見せます。いらなくなったらでいいので、重力の石をください」
「わかった。いらなくなってから会えたらな」
「じゃあ、ついていきます!」
狼刀としては、あしらおうとしたしたつもりだったのだが。
「命の保障はしないぞ?」
「はい。大丈夫です!」
脅しにも屈せず、少女は言う。
「なら、好きにしろ」
根負けしたのは狼刀だった。
「好きにします!」
てってけてー
旅の商人の少女が仲間に加わった。
所持アイテムは果物ナイフ、おなべのふた、薬草たくさん、その他商品。
少女と共に向かうは、洞窟の最奥。天井から吊るされたランプのようなもので照らされた広い空間だ。
通路には大きな岩が点在しており、狼刀はその陰から様子を窺っていた。
「げへへ。骨はうめぇなぁ」
洞窟の奥では、性格と頭の悪そうな太った悪魔が、下卑た笑みを浮かべながら、骨をしゃぶっている。
「さっき、ボクの仲間が、挑んで、やられました……」
少女が怒りをはらんだ声で静かに呟いた。
仲間がどれほど強かったのかはわからない。けれど、優しい人なのだろう。そんな仲間の死を経験したのだと思うと、狼刀は何も言えなかった。
何度も死を繰り返しているとはいえ、大切な仲間を失ったことなどないのだから。
二人の間にしばし沈黙が流れる。
「あ、あの――」
「なあ――」
同時に話しかけた二人の声を、品がない声が掻き消した。
「げへへ。まーた、人間が石ころにつられてやってきやがった」
悪魔は一歩たりも動いてはいない。耳がいいのか、鼻がいいのか。狼刀達の気配を感じ取った悪魔は骨を吐き出して、獲物を探すように動き出した。
「げへへ、どこだぁ。痛くしないから出ておいで」
下卑た笑みを浮かべながら、悪魔は槍を舐める。
静かにゆっくりと、けれども視線は狼刀達が息を殺して隠れる岩を見つめたまま。
「げへへ、そこかぁ!」
悪魔は見た目に反した素早さで岩を駆け上がった。
「げへへ、このダークデモン様から逃げられると思っ――」
槍を振り上げ、岩の陰を覗き込む。油断しきったその顔に、狼刀は竹刀を突き刺した。
「げへ!?」
気持ちの悪い呻き声をあげ、ダークデモンが消滅する。その光景を少女は不思議そうな表情で見上げていた。
敵がいないことを確認し、奥へと進む。
床には無数の刃や骨が散乱していた。少女の仲間以外にもダークデモンの犠牲となった人がいるのだろう。
突き当たりの壁の窪みに、黒く光る石は置いてあった。
「これが、重力の石だな」
「たぶん、そうですね」
少女が重力の石へ手を伸ばす。だが、窪みの外でその手が止まった。硝子に入った商品に手を伸ばすかのように、手が届かない。
「あれ? 手が入らない?」
少女は頭にハテナを浮かべる。
入れ替わるようにして狼刀が手を伸ばすと、何にも妨げられることなく、石に届いた。
「あれ?」
ダイヤナの頭の上のハテナが増える。
狼刀にも理由はわからなかったが、疑問を解消しようとは思わなかった。手に入った以上、考える必要はないのだ。
それにこれは通過点である。
結界を壊す石を手に入れるために、スカイドラゴンを倒すための道具でしかない。
「おーい。きたぞ」
「うむ。待って居ったぞ」
試しに塔の前で呼んでみると、スカイドラゴンは間を置かずに現れた。まるで待っていたかのような早さである。
初めて見るスカイドラゴンに口をパクパクさせている少女は置いておいて、頂上まで連れて行ってもらおうと狼刀は考えた。
が、そんな思考を先読みしたかのようにスカイドラゴンが頭を振る。
「お主を勇気あるものと認め、秘宝を託そう」
黄金に輝く手の中から、血が通っているかのような紅い宝石が現れた。すでに持っていたあたり、狼刀が重力の石を手に入れたことさえ、理解していたかのようだ。
とはいえ、戦わなくてよくなったのは狼刀にとっても幸運だった。重力の石は手に入れたとはいえ、勝てる保証はなかったのだから。
狼刀は紅い宝石を受け取ると、ふくろにしまった。
スカイドラゴンは満足げに笑顔を浮かべる。
「さて、他に用事はあるかの?」
どこまでもお節介なドラゴンだ。そうは思いつつも、狼刀は一つ提案してみることにした。
「デュース城まで送ってもらえますか?」
「ふむ。いいじゃろう」
聞いてないかのような早さで頷き、スカイドラゴンが手を差し出す。狼刀が前回と同じようにその上に乗ると、スカイドラゴンは少女を見た。
「乗らぬのか?」
「え……?」
少女は戸惑ったような表情で狼刀を見る。
立っていれば、スカイドラゴンの手の上には二人くらい乗れるだろう。彼自身が提案してるのだから、荷物が大きくともそれは大丈夫なはずだ。
ならば、何を狼刀に求めているのか。
「俺のことは気にしなくていいぞ」
狼刀が言うと少女は視線を右往左往させた後、小さく頷いた。
「……乗ります」
「うむ。ついでじゃ。荷も持ってやろう」
スカイドラゴンは満足に笑うと、狼刀を見る。
「少年よ。一旦降りよ」
言われるがままに狼刀が降りると、スカイドラゴンは指を差し出した。幅が足の長さと同じくらいの指だ。その上に立てということだろうか。
「荷を置いて乗るがよい」
ということらしい。
指は四本あるが、狼刀と少女は同じ指に並んで乗った。スカイドラゴンは何も言わないし、それで正しいのだろう。
「では、行くぞ」
スカイドラゴンは二人を二本の指で前後から優しく押さえると、残った一本の指をカバンに通した。
確かに、カバンを運ぶことを考えるとそのほうが楽だろう。けれど、空を飛ぶ時の恐怖は段違いに上がった。
例えるなら、立ち乗りジェットコースター。
「…………」
「すごーい!」
指にしがみつく狼刀の横で、少女は無邪気な笑顔を浮かべていた。
「では、儂は塔に戻るぞ」
デュース城へは瞬く間にたどり着いた。
「はい! ありがとうございました!」
「……ありがとうございました」
少女に元気に、狼刀はげっそりとした表情で感謝を伝える。スカイドラゴンはにっこりと笑うと、北の空へと消えていった。
二人でいる時は、スカイドラゴンに乗らない。
狼刀は密かにそう決意した。
「というわけで、重力の石をボクにください」
少女が洞窟にいた頃よりも幾分か明るくなった様子で、両手を出す。狼刀はその手に黒い宝石を置いた。
「女の子一人で、危険なことはやめておいた方がいいと思うよ」
「ボ、ボクは男です!」
思わぬ発言に狼刀は面食らった。
「それに商人ですから、多少危険でも利益があればやりますよ」
ちなみに、本人は男だと言い張っているがれっきとした女である。彼女は商人として師から、女だと言うと不利益になることがあるから男だと名乗れと教わった。師と死に別れた今も、それを忠実に守っているのだ。
そんなことを狼刀が知る由はない。
「では、失礼します」
エース城のほうに向かっていく少女の背中を、狼刀は呆然と見つめていた。




