脱出戦
第百話。ランフォーのーマネー
大神官を下し、彼が召喚した破壊神も打倒した。邪神教の全体勢力がどれくらい残っているかはわからないが、討伐は完了したといえるだろう。
狼刀とスペーディアは、祈りの間を後にする。
ウオトラは疲れて動けないとのことで、置いてきた。二人の判断ではない。敵はもういないから大丈夫だと、ウオトラ自身が提案したのだ。
狼刀は渋っていたものの、反対する理由が見当たらず、折れた。
かくして、狼刀とスペーディアは大神殿から脱出するべく歩いている。のだが……
「嘘だろ……」
狼刀は来る時に目印をつけていた。
それが、途中で途絶えたのだ。道を間違えたのではない。道が崩れて通れなくなっていた。
おそらくは、破壊神の余波によって。
「わたくしに任せなさい」
スペーディアは自信に満ちた笑みを浮かべ、崩れていない道に向かって歩き出した。
「あてはあるのか?」
「ありませんわ」
いつかみたパターンだ。
「でも、大丈夫ですわ」
本人が本当に大丈夫だと思っているのだろう。その分タチが悪いのだが。
「仕方ないか……」
他の案が浮かばなかったため、狼刀はスペーディアについて行く。
同じところを通らないために、目印は残しておいた。元の目印と混ざらないように、向きだけは変えて。
迷路のように入り組み、時々崩れた廊下は避けながら、二人は大神殿の中を駆け抜ける。
たどり着いたのは、祈りの間よりもさらに大きな部屋だった。床には人が入れそうなくらいの四角い穴が無数に空いており、鉄格子で蓋がされている。
狼刀は警戒しつつ、部屋へと踏み入った。スペーディアが後ろに続き、穴へと目を向ける。
「なに、これ……」
スペーディアは手で口を覆った。
「……閉じ込められて、死んだのか」
穴の中にあったのは、服を着た骸骨だ。手首や足首、首には鉄枷がつけられている。白骨化するまでにどれくらい時間がかかるかはわからないが、それが短くない時間であることは狼刀にも予想がついた。
それほどの時間を、閉じ込められて過ごしたのだ。
「邪神教っ……」
狼刀は拳を固く握り締めた。
「そこで何をしているのですか?」
背後から声が聞こえ、狼刀はゆっくりと振り返る。部屋の入り口には、十数名の神官が立っていた。
「何者かは知りませんが、投降を勧めましょう」
先頭に立つ神官が笑顔を浮かべ、にじり寄る。
「このアロイスが身の安全は保証します」
「お断りしますわ!」
スペーディアは神官――アロイスの提案を一蹴した。神官の一団がどよめく。
「なるほど。残念です」
アロイスはため息をつき、錫杖を構えた。
「命の保証は致しませんよ!」
「望むところですわ!」
アロイスが、スペーディアが、神官たちが武器を構えて走り出す。狼刀は遅れながらも刀と竹刀を構え、踏み出した。
リーダー格と思われるアロイスはスペーディアに向かい、残りの神官は狼刀に向かってくる。
一対多。複数の神官に囲まれた状況での孤軍奮闘。その状況でも狼刀には余裕があった。より多くの神官を前にしても勝利してきたのだから、当然といえば当然である。
だが、その余裕は一瞬で消えることとなった。
「くっ……」
狼刀が全力で振り下ろした刀を、目の前の神官は受け止める。狼刀はすぐに竹刀を振り上げるが、それは別の神官に防がれた。背後から迫る気配を感じ、狼刀は横に飛んだ。
「強いな……」
狼刀は二刀を構え直す。
数は少ないが、強さは今までの神官の神官とは比べ物にならなかった。三者や三神官ほどではないが、少なくとも圧倒出来る相手ではない。
せめて防戦にならないために、狼刀は床を蹴った。
目的は倒すことでも、全員を捕らえることでもない。狼刀はこの場を切り抜けさえ出来ればよかった。
アロイスと戦うスペーディアもそのことは理解しているだろう。
狼刀はちらりと目を向ける。
スペーディアの刀がアロイスを貫いていた。けれど、余裕の笑みを浮かべているのはアロイスだ。スペーディアは驚いたような、虚ろな表情を浮かべる。
その体が崩れ落ちた。
「スペーディア!」
「させない!」
狼刀は助けに向かおうとするが、その前に神官が立ち塞がる。狼刀は脇をすり抜けようと、姿勢を低くした。
「無駄です」
神官は錫杖を回し、その行く手を塞ぐ。
狼刀は刀を打ち合わせて、弾かれる勢いのままに距離をとった。倒れている暇はない。踏ん張りをきかせて、体勢を立て直す。
「火炎魔法」
そこへ狙い済ましたかのように魔法が放たれた。
勝負を決めに来たのだろうが、狼刀にとっては都合がいい。
狼刀は魔法の発動に気にすることなく、スペーディアの元へと急いだ。
「スペーディア!」
声を張り上げ、手を伸ばす。
「火炎魔法!」
「風切魔法!」
「氷柱魔法!」
神官達は立て続けに魔法を放った。だが、それでは狼刀を足を止めることが出来ない。
「……止まりなさい」
狼刀の前に白髪の神官が立ち塞がる。不気味な仮面のせいで顔は見えないが、声から判断すると女性だろう。
狼刀の動きが僅かに鈍る。
「……死にたくなければ、武器を捨てなさい」
神官は静かに二本の短剣を構えた。身に纏うローブこそ他の神官と変わらないものの、異質な神官だ。
「悪いが、通らせてもらう!」
狼刀は刀を握り直し、床を踏みしめる。
「……そうですか」
神官は膝を曲げ、跳んだ。優雅に舞うように、身をよじらせながら、短剣を振り下ろす。
狼刀は刀で短剣を受け止め、竹刀を突き出した。
神官は脚を振り上げ、竹刀を蹴り上げる。狼刀の手から、竹刀がこぼれ落ちた。
「まだだっ」
空いた手を伸ばし、狼刀は神官の足を掴む。
「……なんですって」
驚きの声を上げる神官。狼刀はその体を力任せに投げ飛ばした。床に叩きつければ死にかねない。狼刀の頭にはそんな判断があった。
力が足りなかったというのも、あるが。
「……なかなか」
神官は床に短剣を突き立てた。
体を捻り、両足で床を踏みしめる。獣のような姿勢で、神官は狼刀に向かって飛び出した。
狼刀は両手で刀を構える。
「なっ……」
その瞬間、狼刀は背後から殴られた。
「眠りなさい」
それが誰なのかを見る余裕は、狼刀にはない。




