予言の力
第九十九話。その力は誰のもの
腕に刻まれた刻印が消滅する。それは、自らが持つ魔力を祈りの間――そこにいる大神官に捧げるための刻印だ。
その魔力は、破壊神を召喚するために使われる。つまり、供給の必要がなくなったということは、破壊神が召喚されたということ。
そう判断した神官達は口々に喜びの言葉を交わしあっていた。
だが、予言者は違う。
彼女はそれが建前でしかないことを知っていた。破壊神召喚のためだけではなく、大神官が若さを保ち、生き続けるためにも魔力は使われていたのだ。
つまり、破壊神を召喚出来たのだとしても、供給を止めるわけはない。
さらに付け加えるなら、刻印が消えたということは、供給のための魔法陣が消えたということだ。魔力を奪うのだけを止めたとしても、刻印は消えない。
それは同時に、大神官の終わりが近いことをしてしていた。
「神を降ろせないなら、邪神教に用はないわ」
大神官のマルティール以外に実現出来ることではない。
予言者は喜ぶ神官達に背を向けた。
「ジェーン様?」
彼女の行動に気がついた神官が声をかける。それらを一切無視して、彼女は持ち場から逃走した。
「ジェーン様!?」
「一体どこへ?」
「お待ちください!」
神官達の慌てる声が聞こえる。
だが、今更慌てたところで遅いのだ。
彼女は追いかけてくる神官達を振り切り、茂みに身を潜めた。追いかけてきた神官達は、彼女に気づかずに大神殿へと入っていく。
少女は目を瞑り、中に入っていた神官達の未来を予言した。
――戻ってはこない。
少女は立ち上がり、大神殿の外壁に沿って歩き出した。道などと呼べる立派なものはない。けれど、小柄な少女が通り抜けることは不可能ではなかった。
少女は目を瞑り、ここを誰かが通るかを予言する。
――誰も通らない。
続けて、表の入口から外に出る人がいるかを確認。
――少女が山を降りるころまで、出てくる人はいない。
「よしっ」
少女は脇道を抜け、大神殿の表に出た。
人はいない。扉から出てくる人もいない。下の砦にはもう誰も配置されてはいない。
少女は邪神教から逃れるべく、山を降り始めた。
しかし、程なくして自分の失策に気がつく。邪神教の大神殿には魔力を搾取するために捕らえた一般人がいるのだ。その中に紛れてしまえば、大神官を倒した人達に助けてもらうことが出来ただろう。
服は死体から奪えばいいし、長い髪も切ってしまえば、予言者だとはバレないはずだ。
もしそうしていたら。
今からでも作戦を変えるべきかと、少女は予言をする。
――紛れることで、神官達の目は欺ける。
――けれど、予言の中で彼女に手を差し伸べるのは、大神官を倒した人ではなかった。
屈強な肉体に、美しい金髪。どこまでも澄み切った青い瞳を浮かべる彼の名は――
「予言の神・カサンドラ」
懐かしい名前で呼ばれて、少女は足を止めた。
「リヴァル……」
今まさに予言に出てきた人物だ。
一般人に紛れていたとしても、彼女を見つけ、救い出してくれるその男が、今、目の前に現れた。
「リヴァル」
少女は喜びを抑えきれずに、彼の名を呟いた。愛おしく、抱きしめるように。彼がくれた力が、彼の来訪を予言し、それが現実となった。
エース城の兵士長として、人質を救うためにやってきたのだろう。
「邪神教はもう終わりよ」
破壊神召喚の儀式を知り、女神としての肉体を得ることは出来なかった。
「私の役目もこれで終わりでしょ?」
「そうだな。今までご苦労だった」
リヴァルが優しく笑みを浮かべる。
「なら、私をもっと、あなたの――」
「力は返してもらおう」
少女の言葉を遮って、リヴァルは心臓を貫いた。
「え……?」
少女の体から力が抜ける。
「どお……して?」
少女は縋るように手を伸ばすが、リヴァルは突き刺した腕を乱暴に抜いた。支えを失い、少女の体は床に転がる。
「こんな未来は予言出来なかったか?」
リヴァルは冷たい笑みを浮かべていた。
「神の真似事は終わりだ。眠れ、人間」
少女の生死を確認すらせずに、リヴァルは歩き出す。今通ってきたその道を。
彼の目的は、彼女から力を取り戻すこと。
それだけだった。
「これで我の力は戻ったぞ」
「殺す必要はあったのか?」
「そのほうが早かった。それだけだ」
「お前は……いや、なんでもない」
独り言にしか聞こえない会話をしながら、男は去っていった。
「ふーん。なるほどね」
入れ替わるようにして、誰かの声が聞こえる。だが、死を待つだけの少女には、声の主を見ることも、誰かのかを考える力も残ってはいなかった。
「力を取られたんじゃぁ、助ける意味もないか」
少女は目を閉じる。
誰かが助けてくれる未来は、浮かんでこない。
「よい、来世を」
少女はそこで事切れた。




