決着と
第九十九話。決着、そして
狼刀の一振は魔法陣を破壊し、魔力供給を遮断した。苦悶に満ちた大神官の顔が、その証だ。
「くっ……魔力が……」
大神官に生じた決定的な隙。
「せいっ!」
「かはっ……」
スペーディアはその隙を見逃さなかった。
研ぎ澄まされた一突きが、大神官の胸部を貫く。大神官に防ぐことは出来なかった。
刀を引き抜くと、血が吹き出す。
大神官は錫杖を杖のように使って、倒れない。
「これで終わり、ですわね?」
スペーディアが刀を突きつけるが、大神官は笑っていた。重傷を負い、今まさにトドメを刺されようとしているようには見えないくらいの、笑顔だ。
「いえ、まだ、終わりませんよ」
大神官は錫杖を振り上げた。
「破壊神よ! 我が魔力、我が命、我の全てを捧げる! いまここに降臨せよ!」
大神官を包むように魔力の殻が形成される。トレイス城でスペーディアを包んでいた美しく白い光の球とは違い、黒く禍々しい球体だ。
スペーディアが斬りつけるが、球体はビクともしない。狼刀は走り出したが、距離があり過ぎた。
ふわりと、大神官を包んだ球体が浮き上がる。
「破壊神、シヴァー!」
叫び声を上げながら、黒い球体は部屋の中央に浮かぶ巨大な球体へと取り込まれた。
白く輝いていた巨大球が、赤く、青く、色を変えていく。とめどなく色を変える球体の中で、小さな黒い塊が少しずつ形を変え始めていた。
「なんなの、あれ……?」
「……ドラゴン?」
狼刀のイメージとしては、巣で丸くなって寝ているドラゴンのようなシルエットというのが一番近い。黒いシルエットだけでは翼と胴体の区別すらつかないが。
時間をかけて、球体の中が黒く染まりきる。
「あれは……」
頭が飛び出した。それはドラゴンというより悪魔と言った方がしっくりくるような顔だ。なにより特徴的なのは、側頭部に生える左右不均等な金色の角。片側だけが特に大きなその角は、どことなく三日月を思わせるような形をしていた。
「なによ、あれ……」
スペーディアは呆然と球体を見上げている。
球体の左右から、暗紫色の翼が飛び出していた。小さな羽が所狭しと並ぶ、巨大でどこか烏を思わせる翼だ。
球体の下からは、赤い舌をちろちろと覗かせる蛇が現れた。大木のように太い大蛇は、ゆっくりと身体を伸ばしていく。
二股に分かれた舌を出し入れしながら、蛇は狼刀たちに狙いを定めた。
「なにか来ます!」
ウオトラが声を上げる。
狼刀とスペーディアは刀を構えた。
蛇は大きく息を吸い込み、口を開く。灼熱の炎が口から放たれた。
「防砦魔法!」
ウオトラが手をかざし、魔法を発動させる。ウオトラの声と不自然に拡散した炎から、狼刀はそう判断した。
「大丈夫か、ウオトラ」
「はい。なんとか……」
ウオトラは辛そうに膝をついている。大神官との攻防でも力を酷使していたのだ。これ以上の長期戦は難しいだろう。
「なによ、あれ……」
ウオトラの方を向かなかったスペーディアが震えた声を漏らす。その視線を辿ると、炎が晴れて破壊神の姿が見えるようになっていた。
「あれが、真の姿なのか……」
輝く球体は消えいる。
破壊神シヴァーの全身が見えるようになっていた。
蒼き竜。それが第一印象だ。
だが、頭は悪魔の顔のようであり、三日月型の角が生えている。翼は巨大な鳥のようで、けれど腕と独立した生え方はドラゴンのよう。四本の腕や大地を踏み締める黒く太い脚では、鋭い爪が怪しい艶めいている。太い尾の先には蛇のよう顔がついており、そちらはそちらで狼刀達を睨みつけていた。
破壊神シヴァーは威嚇するかのように翼を大きく広げ、四本の腕に力を込める。
「来る!」
体を前のめりにして、破壊神が踏み出した。大地が落ちたかと感じるくらいに揺れる。破壊神は体を捻るようにして、四本ある腕の一本を振り上げ、さらに踏み込んだ。再び、大地が激震。風圧を伴いながら、剛腕を振り下ろされる。
破壊の拳は、狙い違わず狼刀を捉えていた。
「ロウト!」
潰されればひとたまりもないくらい巨大な拳だ。
だが、狼刀はあまり焦っていなかった。振り下ろされる拳に向かって、竹刀を突き出す。
竹刀が触れた瞬間、拳が崩れた。砕け、崩れ、溶けて、消える。崩壊は拳を始点として、全身に広がっていった。
破壊神が虚空に消える。
祈りの間に静寂が訪れた。




