それぞれの力
第九十七話。狼刀達の目線から見てみると
「魔力よ、我に集え」
大神官は錫杖を掲げ、何かを呟く。
それ自体は攻撃ではないのだろうが、攻撃の前触れ、魔法の詠唱である可能性はある。狼刀は中断させなければと、距離を詰めようした。
「極大・火焔魔法」
だが、大神官が動くほうが早い。
「防砦魔法!」
ウオトラが叫んだそれは、ハーティルが使う防御の魔法だ。大神官の魔法を、ウオトラが防いでる。
狼刀は見えないながらも、そう理解した。
「助かった、ウオトラ」
「いえ。それよりも、少し試してみたい作戦があるんですが」
「言ってみてくれ」
狼刀は即答し、スペーディアのほうを向く。彼女は顔だけ向けたあと、素っ気なく呟いた。
「聞くだけなら、聞いてあげるわ」
狼刀は小さく笑ってから、表情と気持ちを切り替える。
「大神官は距離を取ったまま、魔法による攻撃を中心にして戦うと思います。一方で、こちらは接近戦に持ち込んだほうが有利に戦えます。なので、自分が魔法で大神官の目を逸らします。御二方にはその隙をついて大神官に近づいてもらえないかと」
「……わかった。やろう」
狼刀は少し考えて、頷いた。他に作戦があるわけではないのだ。
スペーディアも静かに頷いた。
それを受けて、ウオトラが頷く。
「では、行きます。欺瞞魔法、幻想魔法」
けれど、狼刀の目に変化はなかった。
「……仕留められなかったか」
大神官は腕を下ろし、首を小さく振る。
スペーディアが刀を構えて走り寄っているとは思えないほどゆっくりとした反応だ。あれが、魔法で目を逸らすということなのだろう。
「だが、無駄な努力だ」
大神官がもう一度、腕を持ち上げた。
魔法を放つのだろう。だが、その位置からなら、スペーディアが刀を振る方が早い。
「させませんわ!」
「くっ……」
大神官は防御の構えをとったが、スペーディアの一撃は左脇腹に命中する。だが、斬りつけたはずなのに、大神官は蹌踉けるだけだった。
「せぃっ、やぁっ、とぉっ」
スペーディアが連続で突きを放つが、大神官は錫杖でそれを全て受けきっている。姿勢も立て直され、いつ反撃がきてもおかしくはない。
「離れろっ!」
大神官の叫びに、スペーディアが怯む。その隙に、大神官は後ろへと飛んだ。
あの距離はスペーディアではなく、大神官の魔法の間合いだ。
だが、大神官は魔法を放たない。
スペーディアは接近戦の間合いに持ち込むために、刀を構えて大神官との距離を詰めた。
「覚悟しなさい!」
「火焔魔法」
スペーディアの振り下ろしに、大神官が反応する。
「くっ!」
スペーディアは横に飛んで――おそらく、魔法による攻撃を――避けた。だが、大神官の動きは止まらない。
「なっ……」
一瞬で距離を詰め、あえてスペーディアの間合いでその刀を掴む。スペーディアは刀を手放して離れた。
「極大・爆破魔法」
大神官は笑みを浮かべて、魔法を放つ。
スペーディアは後ろに飛んでそれを躱したのだろうが、刀がないから攻めに移れない。
「決着をつけよう」
大神官が錫杖を手放した。
力を込めるようにゆっくりと拳を振り上げて、おそらくは武器を持たないスペーディアを倒すための魔法を練り上げている。
「いや。もう終わりだ」
「させない!」
狼刀はここに来て、動き出した。
「無駄だ」
大神官が何かを言っているが、気にしない。スペーディアは魔法が見えるがゆえに動けないのだろう。
だが、狼刀は違う。
「なにっ!」
大神官が何も無いところを見つめ、驚いたような顔を浮かべた。ウオトラが撹乱しているのだ。
それぞれがやれることをやっている。
ならば、狼刀に出来ることは。
「はぁ!」
「無駄だ!」
マルティールは左手に持つ刀を捨てて、両手を横に突き出す。
魔法を放つ構えなのだろうが、見えない狼刀には関係ない。ただ、手を突き出しているだけだ。
狼刀は構わずに、刀を振り下ろした。
「幻影か!」
刀は受け止められる。
だが、狼刀は十分に役目を果たしていた。
大神官は刀を手放し、両手を広げて、前ががら空きになっている。それは狼刀とウオトラが作り出した、チャンスだ。
「はぁっ!」
スペーディアが刀を拾い、突きを放つ。
「残念だったな」
三人の力を合わせた一撃は、大神官に届かなかった。見えない鎧でもあるかの如く、刀が止められる。
「ほらっ!」
大神官はスペーディアを蹴り飛ばし、狼刀を刀ごと投げ飛ばした。
「極大・火焔魔法」
大神官は両手を突き出して、笑みを浮かべる。
トドメの一撃なのだろう。
実際、狼刀とスペーディアには防ぐ術がなかった。
二人には。
「防砦魔法!」
ウオトラの魔法が二人を――多分――守った。
「ダメでした。すいません……」
「いや、気にしなくて大丈夫だ」
作戦は上手くいなかったが、まだ誰もやられてはいない。状況が不利になったわけではないのだ。
「ウオトラ。魔法はまだいけるか」
「はい。ですが、大神官と違って補給がないので、いつまで持つかは……」
狼刀がピクリと眉をあげた。
「大神官は補給があるのか?」
そんな話を狼刀は聞いていない。
「え、はい。あの魔法陣から大神官に魔力が流れて」
ウオトラは首を傾げつつ、床を指さした。スペーディアも頷いている。つまり、わかっていなかったのは狼刀だけだということだ。
状況は不利だった。
持久戦になれば、確実に負ける。
狼刀は頭をフル回転させた。だが、魔法が見えない立場で、魔法戦の勝ち筋を見つけることは不可能だ。
生かせるとすれば、魔法が見えないと同時に効かないことくらいだが。
そこまで考えて、狼刀は立ち止まる。
魔法が見えないのは、狼刀に原因があるのだろう。けれど、魔法が効かない原因は狼刀にあるのか。
今までの戦いを振り返り、狼刀は一つの結論を導き出した。
「もしかしたら、この刀には魔法を無効化する力がある」
そこまで言ってから、狼刀は竹刀について深く考えてこなかったことに思い至る。だが、今はそんなことを気にしてる場合ではなかった。
「そのことを踏まえて、何か作戦は思いつかないか?」
「そんなすごい刀だったの!?」
「……魔法を無効化する刀ですか」
スペーディアは驚きの声をあげ、ウオトラは腕を組んで考える。狼刀はウオトラの答えに耳を傾けていた。
「それで魔法陣を破壊すれば、マルティールへの魔力供給が絶たれるかもしれません」
「……やってみよう」
否定する理由はなかった。
「全力で時間を稼ぎます」
ウオトラが満足そうに笑う。その横でスペーディアは刀を構えた。
「わたしはどうする?」
「時間稼ぎの協力をお願いします」
「そうよね」
スペーディアは不敵な笑みを浮かべ、飛ぶ。
「……なに?」
大神官は完全に油断していた。
迫り来るスペーディアの姿は見えているのだろうが、錫杖を構えていない。
「覚悟なさい、大神官!」
スペーディアが叫ぶと、慌てて錫杖を構えた。
それでも、攻撃は防ぎきってしまうのだろう。けれど、スペーディアだって押し負けはしない。
狼刀は大神官とスペーディアの戦いから目を逸らした。
「魔法陣の位置は!」
ウオトラが指さした大体の位置まで行き、狼刀は立ち止まる。
「あと三歩進んでから、右に曲がって五歩です」
「了解」
狼刀はウオトラの指示に従って進んだ。
「そこです!」
「はぁっ!」
狼刀は何も無いように見える地面に向けて、竹刀を振り下ろす。そこに魔法陣があると信じて。竹刀で魔法陣を破壊出来ると信じて。
状況を打開することが出来ると信じて。
竹刀が床を叩く。
その音とは別に、皿が割れるような音が、狼刀の耳に届いた。




