いざ、大神殿へ
第九十四話。ついに、向かいます
デュース城へ到着後。狼刀は日を改めて、邪神教の本拠地へと向かうことを決定した。理由は二つ。
一つは、狼刀とスペーディアの調子が万全ではなかったこと。二人とも目立った外傷はないものの、アンジュとの戦闘での疲労が溜まっていた。
もう一つは、ウオトラが同行を願い出たことだ。
「まあ、構いませんよ」
デュース城にいる部隊の統括を任された兵士は、抜けても戦力的に問題はないとのことで離脱を許可。ハーティル以下数名は反対のようだったが、決定権を持っていないためその意見は重要視されず。
「覚悟があるならいいんじゃない?」
同じく決定権を持っていないスペーディアがそう言うと、反対意見はぱったりと途絶えた。
てってけてー
トレイス城の最後の生き残りにして王女、スペーディアが仲間になった。
所持アイテムは神秘の鎧、エース城の刀。
てってけてー
エース城の兵士、ウオトラが仲間になった。
所持アイテムは兵士の服、兵士の剣。
そして夜が明けた。
◇
邪神教の総本山。その入口となる砦には、人っ子一人いなかった。元々守備をしていたフェシー達は狼刀達が倒したので、いなくてもおかしなことではない。
ただ、前回は鎧の神官が守りについていたし、今回も彼や天の神官を送り込んできてまで潰そうとした。それを考えると、ここが無防備なのは不自然だ。
「敵はいないみたいですね」
ウオトラが安堵の笑みを浮かべる。
「だと、いいんけどね……」
釈然としないものがあったが、歩みを止める理由にはならない。狼刀を先頭に、三人は進んで行った。
外にある砦を抜け、階段を上り、長い廊下の窓を壊し、広い部屋へと出る。そこには誰もおらず、部屋の奥に扉があるだけ。
「開けるぞ」
スペーディアとウオトラはうなづくことで同意を示した。前にハーティルと来た時に確認したことだと言えば、二人は疑うこともない。
狼刀はゆっくりと力を込め、扉を押し開ける。
「これは……」
扉の先には、狼刀の見たことのない景色が広がっていた。切り立った山肌の一角を平らに削り取ったような窪地。その中央に、荘厳な神殿がそびえ立っている。
「これが、大神殿……」
ウオトラが神妙な面持ちで呟いた。
敵の本拠地だとか、そんなことは別にして、大神殿には見るものを圧倒する存在感があった。
「さあ、入るわよ」
一人平然としていたスペーディアが先頭を切って歩き出す。狼刀は遅れまいと歩きだし、ウオトラはその後に続いた。
入ってすぐの大広間には、床には赤い絨毯が敷かれいた。間隔で並ぶ柱には小さな穴が空いており、中に置いてある蝋燭には灯火が灯っている。
だが、それよりも目を引くのは、正面の中庭だ。
吹き抜けから注ぐ光を浴びた巨大樹が、木漏れ日でもって大広間全体を照らし出している。樹齢何百年の神木だと言われても納得の存在感だ。
ただし、御神木ではない。
「やっと来たか、下郎ども」
「余の不治の矢にて」
「此度は確実に仕留めてやろうぞ」
無数に伸びた枝から垂れ下がる果実がしゃべる。
「魔神……」
あえて名付けるなら、魔神木だろうか。癒えることのない傷を与える矢を放つ魔神に似ていた。
それよりも、遥かに大きいが。
「滅ぶがよい」
声と共に矢が放たれる。
狼刀はそのことを理解しても避ける余裕がなかった。だが、不治の矢は当たらない。
「ぼーっとしないで! ロウト!」
狼刀の前に躍り出たスペーディアが、矢を斬ったのだ。
「わ、悪い」
狼刀は気持ちを切り替え、刀と竹刀を構えた。
「あれに当たるとヤバい。全部打ち落とすか、避けて」
「わかりましてよ」
「了解です」
狼刀の言葉にスペーディアとウオトラが頷く。
「滅びよ」
「下郎ども」
「失せよ」
「仕留めてやろう」
「死ぬがよい」
三者三葉に言葉と共に、無数の矢が放たれた。
いかに気持ちを切り替えた狼刀でも、その全てを迎え撃つことは容易ではない。ただし、回避することは不可能ではなかった。
狼刀とスペーディアは左右に分かれて、走る。
「雑魚が」
「逃げるでない」
「諦めよ」
レラジェは逃げた二人を追いかけるように矢を放つ。二人に取り残されたウオトラは、レラジェの視界に入っていなかった。
「どうするかな……」
レラジェを倒すには、竹刀で一撃を与えればいい。それはわかっていながらも、狼刀はレラジェに近づくことが出来なかった。
「猪口才な」
「逃げるでない」
「躱しよって」
矢による攻撃は、横や後ろに向かって走っているからかわせている。これが近づくために前に進むと、上手くいかなくなるのだ。
狼刀はそのことを理解していた。
だから、近づくことが出来ないでいる。
「待て、下郎」
そんな狼刀の前に、歩く木が現れた。
大きさも狼刀とそんなに変わりはなく、枝から垂れ下がる人面果実も一つだけ。だが、それは間違いなく魔神レラジェといえる存在だった。
小さなレラジェは、果実の近くにある枝をきりきりと尖らせていく。
「待たない!」
矢の準備に時間がかかっている。そう判断した狼刀は、小さなレラジェに駆け寄り、竹刀を薙ぎ払った。
「げ、下郎がぁ」
悲鳴をあげて、小さなレラジェが消滅する。
「よくも同胞を」
「決して許さぬぞ」
その後ろから新たな敵が現れた。
先程の等身大樹よりは少し大きく、中庭の巨大な樹よりははるかに小さいレラジェだ。先程の個体との大きな違いとして、顔面果実が二つ。
双頭のレラジェはゆらゆらと揺れながら、二本の枝を尖らせる。
「生きては帰さぬぞ」
「ここで滅ぶがよい」
顔が二倍になったレラジェは、台詞量も二倍だが、攻撃量までも二倍になっていた。
同時に放たれた二本の矢を、狼刀はサイドステップで避けて、距離を詰める。再装填する魔神に、他の攻撃手段はなかった。
「愚図がぁ!」
消滅しゆくレラジェは憎々しげに狼刀を睨みつける。だが、狼刀はすでにそれを見てはいなかった。
「待て、下郎」
「逃がさぬぞ」
「許さぬぞ」
人間サイズ――狼刀基準――の小さなレラジェの群衆と、
「下郎の分際で逆らうな。おこがましい」
群衆を従える統率者もしくは王のように佇む大きなレラジェに狼刀は意識を集中させていた。大きなレラジェは砦で戦ったレラジェとほぼ同じサイズだ。
つまり、攻撃の性能もそれに準ずるということ。
「余は魔神レラジェ」
「下郎如きに負けはせぬぞ」
「滅ぶがよい」
「……っ」
大きなレラジェが研ぎ澄まされた一矢を、狼刀は間一髪で躱した。
「下郎の分際で避けるか。不快ぞ」
大きなレラジェがさらに矢を放つ。取り巻きの小さなレラジェ達も、それに続く。威力や速度は大きいに劣るが、それを補えるだけの手数があった。
これだけの矢を、全て回避することは至難の業だろう。
回避すること、は。
「頼む」
狼刀はふくろから城壁の盾――ミソロギの創った複製品――を取り出し、体の前に構えた。前回のループでミソロギが考え、今回のループでは狼刀の発案で作ってもらった一品だ。
防御力は本物に比べて下がるらしいが。
「耐えてくれ」
本物は地面をも砕くゴーレムの力に耐えるのだ。床を貫通しなかったレラジェの矢なら耐えられるのではないかと、狼刀は確信していた。
矢が雨霰と降り注ぐ。
カツカツ、コツコツと音が鳴るが、城壁の盾を貫く威力はない。
音が止まった。
「今だ!」
狼刀は前に進みながら、取手をひねる。
城壁の盾の側面から、柵が飛び出した。柵は生き物のようにうねりながら、伸びていく。元ネタはそれで終わりだが、それじゃあ頭上ががら空きだ。
「下郎がぁ!」
進撃を開始するレラジェ達を囲むように、柵から屋根が伸びる。三角形の屋根は中央で交わり、大きなドームを作り出した。
「……大丈夫そうだな」
レラジェ達が出てこないことを確認し、狼刀は城壁の盾から手を離す。
「射殺してくれようぞ」
そこに無数の矢が降り注いだ。
狼刀はドームの陰に隠れることで回避。だが、矢の雨は止まる気配がない。
「くそっ……」
出るにも出られず、狼刀は竹刀を握りしめた。




