不思議な話し合い
第九十三話。レッツトーキング
「なら、まず。その鎧は何と呼べばいいかな?」
瓦礫に腰掛けたアンジュは、指を立てて、いつになく真剣な顔で問いかける。
「え……?」
よくわからない質問だった。
「いや、秘剣が鎧に変わったから秘鎧かなとか考えてみたけど、語呂が悪いし。秘鎧とかシークレット・アーマーとかスクレ・アルミュールとか色々考えたけど、しっくり来なくてさ。その鎧って呼び方も芸がないし」
狼刀の疑問符を質問の意味がわかってないと判断したのか、アンジュは饒舌に捲し立てる。
「何かないかい?」
最後にそうつけ加えて、アンジュは狼刀の方を見た。
「鎧の呼び方……」
狼刀は改めて隣に立つスペーディアの鎧を見る。
銀の胸当て、背当て、肩当て、草摺など複数のパーツを網目状の金が繋いでるような形だ。鎧の下には純白のドレスを纏っており、どこか神秘的な雰囲気だった。
「ねぇ、あんまり見つめられると照れるんだけど」
「あ、ごめん」
じっくり見ていると、スペーディアが頬を染める。狼刀は慌てて目を逸らした。
「その、さ。綺麗で神秘的だったから」
「ほ、褒めても何も出ないわよ」
「いや、純粋にそう思っただけで」
「そんな……」
狼刀は鎧のことを表現したのだが、スペーディアは自分のことだと思ったらしい。だが、二人ともすれ違いに気づくほどの余裕がなかった。
「その言葉いいね!」
突然、アンジュが指を鳴らした。
狼刀とスペーディアが振り向くと、アンジュが得意げな笑みを浮かべている。二人が注目したのを確認して、スペーディアの鎧を指し、
「その鎧の名前は、神秘の鎧」
そう命名した。
「異論はないですか?」
アンジュは首を傾げ、二人に意見を求める。
「ありませんわ。それより、話し合いを続けましょう?」
きっぱりと言い切るスペーディアに続いて、狼刀は首を縦に振った。その返事に満足したのか、アンジュは笑う。
「まずは……座りますか」
指を鳴らし、どこからともなく椅子を召喚すると、アンジュはゆっくりと腰を下ろした。椅子は、二人の前にも現れる。
スペーディアは躊躇うことなく座った。刀は下ろさず、体の前に構えつつ。一方、狼刀は戸惑いながらも、手に何も持たずに座った。
面影すら残っていない荒城の一角で、椅子に座り向き合う三人。傍から見れば理解に苦しむであろうその光景を、狼刀は何の違和感もなく受け入れていた。
「さあ、質問をどうぞ?」
アンジュはスペーディアの方を見て、問いかける。
「お前は異世界出身なのか?」
狼刀が聞くと、アンジュは驚いたように目を丸くした。狼刀が質問したことに驚いたのか、質問の内容に驚いたのかはわからない。
「……連続してかけすぎましたか」
ただ、目を伏せるようにして呟いた。
「ちょ、えっ? どういうこと?」
スペーディアは狼刀の質問の意図すらわからなかったようだ。狼刀のことを知らなければ無理もない話だが。
「異世界出身かという質問でしたね。残念、生まれも育ちも死に場所も、全てこの世界ですよ」
アンジュは至極冷静に答えた。
「さて、こちらも質問させてもらいます」
アンジュは視線をスペーディアへと向ける。
「あなたにとってこの男はどのような存在ですか?」
「え?」
「な!?」
予想外の質問にスペーディアが刀を捨てて、立ち上がった。耳まで赤く染め、手をバタバタとさせながら、なんとか声を絞り出す。
「……な、なんで、そんなこと。答えなきゃならないのよ……」
「答えたくないなら構いませんよ?」
アンジュは目を細め、笑う。
「その反応が見れただけでも十分ですから」
怪しげな笑みでもなく、悪巧みの笑みでもなく、純粋に楽しそうな笑みを浮かべていた。
「か、勝手に納得しないでくれるかしら」
アンジュに笑われて冷静になったのか、スペーディアは咳払いをして、椅子に座り直す。
「……邪神教を倒すための仲間。それだけよ」
「そうですか」
アンジュはにやにやとした笑みで頷いた。
その態度が気に入らなかったのか、スペーディアは顔をそむける。その視線の先には、狼刀が座っていた。彼がスペーディアの返事を気にしていたこともあり、二人の視線が交錯する。
「……っ!」
スペーディアは声にならない悲鳴をあげて、正面を向き、アンジュの視線から逃れるため、体ごと狼刀に背を向けるように動いた。
スペーディアは自分を落ち着かせるように深呼吸。吸って、吐いて、吸って、深くゆっくり吐く。
「次は、わたくしから質問させていただきますわね」
スペーディアは振り向かなかった。
どうやら、質問された人が質問する流れらしい。
「あなたの目的は何なの?」
「目的ですか」
アンジュは腕を組んで考える。そんな素振りを見せたのは、一瞬だった。
「この世で一番、大切な人の願いを叶えることですよ」
アンジュは穏やかな笑みを浮かべる。
「そ。でも、それを叶えさせるわけにはいきませんわね」
スペーディアは大切な人が邪神教に関わる人だと判断したのか、そう答える。普通に考えればそうだろう。
ただ、狼刀はアンジュの顔を見て、そうではないような気がした。
「残念だね」
言葉とは裏腹に、アンジュは楽しそうな表情だ。
「まあ、でも。障害があればあるほど燃えるタイプなんだよ、意外とね」
アンジュは立ち上がり、スペーディアが落とした刀を拾う。
「さて、時間切れみたいだ」
「何を言ってる、とっ」
椅子が消え、狼刀は最後まで言葉を続けることが出来なかった。とっさに立ち上がることも出来ず、狼刀はアンジュを見上げる。
「邪神教を滅ぼす君たちに一つ、アドバイスしておくよ」
スペーディアはアンジュの方を向き、地面に手をついて、立ち上がった。
「マルティールは他の神官とは強さの次元が違う。殺す気でいかなきゃ勝て――」
アンジュの姿が掻き消え、スペーディアが伸ばした手は宙を掴む。アンジュに拾われた刀を取り戻そうとしたのだろうが、届かなかった。
「スペーディア……」
「時間切れって、なんなのよっ!」
スペーディアは不満をぶつけるように、足元に転がる瓦礫を蹴る。
「ロウト! スペーディア様!」
時間切れ。その答えを示すかのように、ハーティルがやってきた。
「神官達は?」
「全員、生け捕りにしたよ」
ハーティルは得意げな顔を浮かべた。
「城まで連行は他の人に任せて、僕はお二人の様子を確認しに来ました」
「どういうこと?」
スペーディアが首を捻る。彼女はハルマに連れ去られたため、ハーティルの一件を知らないのだ。
「あぁ、実は……」
狼刀は状況を掻い摘んで説明する。それを聞いて、スペーディアは一応の理解を示した。
「あの神官を逃したことだけが心残りね……」
「そう、ですね……」
スペーディアとハーティルはしみじみと項垂れる。
「それより、今後のことを考えませんか?」
抑うつとした雰囲気を壊したのは、新たに現れた人物だった。
「また会いましたね、ロウトさん」
くすんだ金髪の兵士。ウオトラが笑みを浮かべて、立っていた。
「ついて来たのか……」
ハーティルは呆れたような表情でため息をこぼす。
「はい! ロウトさんのお役に立てればと」
「君はまず、命令通りに動くことを考えたほうがいいよ」
「……はい」
二人のやり取りで、少しだけ場の雰囲気が明るくなった。
「いったん、デュース城に戻るか」
狼刀の意見に反対する人はおらず、四人はデュース城へと向かった。




