アンジュVSスペーディア
第九十話。異次元の戦いが
狼刀の気迫に負けたのか、一人の神官がスペーディアがいると思われる場所を吐いた。狼刀はその真偽を深く考えずに、信用。
神官達は無視して進もうとしたのだが、多勢に無勢では強行突破もままならない。
そこへ予期せぬ来訪者が訪れる。
「大丈夫かい? ロウト」
デュース城で別れたはずのハーティルだった。後ろには数名の兵士の姿も確認できる。
「先を急ぐんだろ。ここは任せてくれ」
ハーティルと兵士達が狼刀を囲むように構えた。
「あぁ、頼む」
「任せろ」
ハーティル達が道を切り開き、狼刀が駆け抜ける。数は神官たちの方が多いが、ハーティル達の動きは完璧だ。
狼刀は振り返ることなく、走った。
目指すは、スペーディアが待つトレイス城だ。
左手と脇腹の傷は、いつの間にか塞がっていた。
◇
トレイス城一階の大広間。爆発に巻き込まれずに残ったその一角にアンジュは佇んでいた。
自身は爆発に巻き込まれたはずだが、その体には傷どころか汚れさえもついてはいない。
そして、同じような状態の人物がもう一人。
「これは、予想以上だね……」
スペーディアもまた無傷で抉れた地面に立っていた。いや、立っていたというと少し語弊があるだろうか。
スペーディアは両手と両足、四肢で地面を踏みしめていた。
「キッ!」
短い掛け声とともにスペーディアが跳躍。氷の爪を振り下ろす。アンジュはバックステップで回避。火炎魔法を放つ。スペーディアは氷の膜で防御。空中に生み出した氷柱を射つ。アンジュは軽やかな動きで氷柱から逃れた。それを追尾するように氷柱が放たれる。逃げ切れなくなったアンジュは爆破魔法で迎え撃った。爆煙で二人の視界が塞がれる。だが、スペーディアは氷柱での攻撃を止めようとはしなかった。氷柱が爆煙の中から不規則に飛来する。アンジュは防砦魔法で氷柱を弾く。しばらくして氷柱が止まった。アンジュは防砦魔法を解除。そのタイミングを狙ったかのようにスペーディアが飛びかかった。アンジュは光線魔法を照射。スペーディアは空中で方向転換し、光線を躱した。そして、大きく息を吸い込む。
「ま――」
アンジュの声は、死の力を含んだ氷の咆哮に掻き消された。
スペーディアは空中に氷を生み出し、その上に立つ。ゆっくりと下を覗き込むが、そこにアンジュの姿はない。
「――今のは危なかったね」
声は、スペーディアの頭上で響いた。
スペーディアは上を向こうとするが、アンジュが踵を落とすほうが早い。氷の膜が防いだためダメージはなかった。ただし、勢いを殺すことは出来ない。
スペーディアは強かに地面へと叩きつけられた。
「キッ!」
スペーディアは体勢を立て直しもせずに、氷柱を放つ。
落下していくだけのアンジュに防ぐ術はない――はずだった。氷柱が当たるまさにその瞬間、アンジュの姿が掻き消える。
「少し大人しくなってもらえるかな?」
次の瞬間には、スペーディアの真横に立っていた。
スペーディアが振り向く。その隙を狙うようにして回し蹴り。氷の膜に包まれたまま、スペーディアは大きく飛ばされた。
「壊してみようか」
蹴り飛ばされたスペーディアの眼前に、アンジュが現れる。振りかぶった拳は、赤く輝いていた。
「爆破魔法」
アンジュが拳を叩きつけると爆発が発生。拳を離すと同時に、反対の拳を叩きつける。反撃の隙を与えずに、アンジュは爆発を伴う拳を叩きこみ続けた。
「ぐっ……」
氷の膜は拳も、爆発も防ぐが、限界はある。
十数発目の拳で、氷の膜が砕け散った。守りを失ったスペーディアは、爆発をまともに食らって吹き飛んだ。
「せいっ! てやっ!」
アンジュは吹き飛ぶスペーディアの下から殴り、打ち上げられたスペーディアを横から蹴り飛ばした。
爆発は起こらないが、氷の膜も形成されない。
スペーディアは瓦礫の中へと落下した。僅かに足掻くが、ゆっくりとその動きが止まる。
アンジュはふわりと地面に降り立った。
「突風魔法」
手を払い、突風で瓦礫の山を吹き飛ばす。
宙を舞うスペーディアは、氷の膜に覆われていた。
「シッ!」
瓦礫を足場に体勢を立て直し、アンジュに向かって飛び出す。氷の爪を巨大化させた姿は、まるで大きな槍のようだった。
「神聖・火炎魔法」
アンジュは白く輝く炎で対抗。しかし、氷の巨爪を溶かすことは叶わない。
一切減速せず、それどころか加速しながらスペーディアが迫る。
アンジュは手をかざした。
「相殺呪法」
一瞬。
たった一瞬で、氷の巨爪が消し飛んだ。
無防備になったスペーディアに、アンジュは回し蹴りを繰り出す。氷の膜は間に合わず、蹴りが炸裂。スペーディアは瓦礫の上を転が続け、壁にぶつかって、止まった。
「グッ、キ……」
スペーディアは瓦礫の中からゆっくりと這い出す。両手両足で大地を踏みしめ、体を起こした。
「シァッ!」
全身に氷を纏い、鎧を形成。両手だけでなく両足にも鋭い爪が生み出される。白き尾にも氷を纏わせた。
鎧を纏った獣の完成だ。
スペーディアが駆け昇る。
氷の鎧が重いのか、ダメージが大きいのか、その動きはそれほど速くはない。
「常闇・火炎魔法」
アンジュは黒く煌めく炎を放った。
スペーディアは気にすることなく突っ込んだが、氷の膜は現れない。
「シィッ!」
それでも、スペーディアは無傷で炎を突破した。おそらくは、氷の鎧が膜と同じ役目を担っているのだろう。
動きが悪くなっても、打たれ強さは上がっている。
アンジュは下に潜り込んで拳を振り上げるが、スペーディアはビクともしなかった。空中で立ち止まり、四方の爪を突き立てる。
アンジュは胴体を蹴る勢いで、離れた。
スペーディアが下を向き、息を吸い込む。
「シァッ!」
「相殺・火魔法」
アンジュの魔法は、氷のブレスを少し溶かすだけだった。それを見て、アンジュは安堵の笑みを浮かべる。
アンジュはブレスの死角に入り、スペーディアの視界から外れた。
標的を見失って、スペーディアは辺りを見回す。
アンジュはその後ろ姿をしっかりと捉えていた。
「陥没魔法」
スペーディアではなく、その周囲に魔法を展開。瓦礫の地面は高さを失い、スペーディアは地下へと落ちた。
いまのスペーディアなら自力で上がってくるだろう。だが、時間は稼げる。
「さて、そろそろか」
アンジュにとってはそれで十分だった。




