対面・天の神官
第九十一話。実は初対面
狼刀が駆けつけた時、トレイス城は見るも無残な廃城となっていた。元々、廃城ではあったが、それはどちらかといえば古びた城だ。
対して、今の姿は崩れた城だった。
「どうして……」
狼刀は愕然としながらも歩みを止めない。ゆっくりとした足取りで、壊れた城門をくぐった。
それ以上なにかを探すことは必要ない。
探していた敵はすぐ目の前にいた。
「やあ、来たみたいだね」
艶やかな金髪をなびかせる神官。狼刀はその神官の名前を知らない。だが、その姿には見覚えがあった。
そして、その正体には心当たりがある。
「天の神官、アンジュ……」
狼刀の呟きを聞いて、神官は不敵な笑みを浮かべた。
「正解。そして、あれがスペーディア・ジャンヌ・トレイス。君の求めてる人だよ」
アンジュが指を指す。その指の先にいたのは、白い魔物だった。
青き瞳の白い獅子。それが全身に氷の鎧を纏ったかようのな姿だった。狼刀の記憶を頼りにするなら、デュース城の地下で見た魔物が最も近いイメージだ。
「スペーディア……」
狼刀の中で、目の前の魔物とスペーディアが一致した。
「シャッ!」
そのタイミングを待っていたかのように、あるいは狼刀の呼びかけに応えるかのように、スペーディアが跳んだ。
右手に巨大な氷の爪を形成し、振り下ろす。狼刀はトレイスの秘剣でその一撃を受け止めた。
「今の彼女は死神の格を暴走させている。一撃でも喰らえば死ぬということです」
アンジュの声を聞き、狼刀は後ろに下がる。
「シッ!」
スペーディアは体の周りに無数の氷柱を創り出し、狼刀に向けて放った。
狼刀は防御ではなく、回避を選んだ。
アンジュの言葉を素直に信じた訳では無い。ただ、その言葉を信じるだけの根拠があった。
狼刀が躱した氷柱が地面へと突き刺さる。普通に考えれば砕けそうな勢いだが、氷柱は勢いを落とすことなく地面へとめり込んでいった。そして、少し遅れるようにして氷柱が空けた穴の周囲が腐り落ちる。
最終的に、地面には氷柱の二倍ほどの直径の穴が残った。そんな痕が、床の至る所に空いている。
それがアンジュの言葉を信じた理由だ。
「何をした!」
狼刀はスペーディアの攻撃を躱しながら、アンジュに詰め寄る。
「何も。彼女が勝手に暴走したんですよ」
「嘘つけ!」
「あら。これは信じてもらえませんか」
アンジュは心外とばかりに笑う。
狼刀はその態度が気に入らず、声を荒らげた。
「どうすれば元に戻る!」
「言ったところで信じますか?」
「くっ」
感情的な狼刀に、アンジュは冷静に答える。
「まあ、重要アイテムはイベントが起きる前に入手してあるもの。とだけ」
その台詞を聞いて、一瞬だけ元いた世界の記憶が蘇った。だが、今は関係ないと頭を切り替える。
「信じる信じないは君の好きにどうぞ」
指を立て、アンジュは怪しげな笑みを浮かべた。
「くっ……」
狼刀は考える。スペーディアの攻撃は止まることがないが、それくらいの余裕は残っていた。
それでもいいアイディアは浮かばない。
「思いつかないかい?」
アンジュは外野から茶々をいれる。
「うるさい。今考えてるんだ」
自分はスペーディアの標的になってないからと、余裕の表情だ。
「いや、待てよ……」
必死に考えを巡らせて、狼刀は『考える時間を稼ぐ方法』を思いついた。
狼刀はスペーディアの攻撃を避けながら、一定の方向に動くように意識する。攻撃の苛烈さは変わらないが、それくらいのことは出来た。
「そこだ!」
狼刀はスペーディアの攻撃を回避して、そのままアンジュの背後に回り込む。
「おっと」
狼刀の狙い通りに、スペーディアはアンジュへと標的を切り替えた。
「無計画に逃げてた訳ではなかったんですね」
スペーディアに狙われながらも、アンジュは狼刀へと声をかける。笑顔も絶やさず、まだまだ余裕がありそうだった。
一方で狼刀には全く余裕が無い。
スペーディアの攻撃は流れ弾に当たっただけでも即死級のダメージだ。隠れるような残骸もない――あったところで無意味だが――この場所では、狙いが逸れたからといって安心は出来ない。
狼刀はスペーディアの背後に回り込むように立ち回った。
「完全に理性を失ってしまっては、魔物と変わりがないですね」
アンジュはスペーディアの攻撃を躱しながら、声をかけ続ける。スペーディアからの反応がないにも関わらずだ。
「いえ、今のは魔族に対しての侮辱ですね。理性を失っては魔物以下です」
まるで狼刀のほうを向かないよう、スペーディアの気を引くかのように。
「今の姿を鏡で見たらどのように思うのでしょうか」
アンジュは不敵に笑いかける。
「っ! そうか!」
漠然と聞いていた狼刀だが、アンジュの言葉で一つの結論を導き出した。
「スペーディア!」
ふくろから太陽の手鏡を取り出し、スペーディアのほうを向ける。かつて、魔物化していたスペーディアを元に戻した方法だ。
結論が出れば、もっと早くに気づけることだったと思うだろう。ただ、切羽詰まっているときには意外と気づけないのである。
「スペーディア!」
狼刀による二度目の呼びかけ。スペーディアはゆっくりと狼刀のほうを向いた。
その姿が、太陽の手鏡に映し出される。
それだけだった。
「シッ!」
スペーディアが標的を狼刀へと切り替え、無数の氷柱を放つ。手鏡を構えていた狼刀は、咄嗟に動くことが出来なかった。
けれど、氷柱は狼刀を貫かない。
「なぜ……」
敵であるはずのアンジュが、狼刀を助け出したのだ。
「今、君に死なれると困るんですよ」
アンジュは不敵な笑みを崩さずに、答える。
狼刀にはその意図がわからない。だが、考えてる暇はなかった。
スペーディアが大きく息を吸い込む。
「ブレスだ。逃げることを最優先にしないと死ぬよ」
狙いがどちらかはわからないが、広範囲への攻撃であろうことは予想可能だ。そして、その威力は推して知るべし。
「シァッ!」
スペーディアが氷のブレスを放った瞬間。狼刀とアンジュは弾き合うように左右に走った。
距離があったことも幸いして、ブレスは二人の間を抜けていく。地面は大きく抉れ、延長線上にあった城壁は跡形もなく消え去った。
まともに喰らえば、確実に死ぬ。
狼刀は改めてそのことを認識した。
「シッ!」
ブレスを外したスペーディアが、狼刀に狙いを定める。大きく跳躍してからの、氷の爪の振り下ろし。狼刀は後ろに下がって回避を試みる。
「クッ……」
が、スペーディアは空中で体勢を崩し、落下した。
考えるまでもない。
アンジュが背後から攻撃を加えたのだろう。狼刀に魔法を知覚することは出来ないが、そうとしか思えなかった。
それを裏付けるように、アンジュは腕を前に突き出している。
「シャッ!」
スペーディアが狙いをアンジュへと切り替えた。狼刀はその間に、スペーディアを元に戻すための方法を考える。
アンジュの考えはわからないが、狼刀にとっては、図らずも得られたチャンスだった。




