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無双剣士の異世界魔王討伐  作者: 紫 魔夜
第二章 邪悪な神々
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戦者

第八十八話。その名を、彼女らは知らない

 スペーディアは鎧の神官と激しい攻防を続けていた。

 スペーディアは軽やかなステップで攻撃をかわし、鎧だけを裂くような角度で鋭い突きを放つ。

 神官は爆発的な加速で突きを(かわ)し、一瞬で距離を詰めて鉄の拳を繰り出す。

 互いに攻撃を当てることは出来ず、されども攻撃が止まることはなく、二人の攻防は誰の介入も許さずに続いていた。

「さすがですね、王女様」

 攻防の最中(さなか)、神官はスペーディアに笑いかける。

 スペーディアは何も答えない。

 それでも、神官は挫けることなく話しかける。

「呪われた力を恐れているのですか? 我々に従えばその力を制御する術も得られますよ?」

 僅かにスペーディアの表情が崩れた。

「降伏してもらえませんかね?」

 だが、最後の一言を聞いて険しい表情を見せる。

「しませんわ!」

 感情に任せて突き出した一撃は、少しだけ動きが大きくなった。それが、均衡を保っていた攻防を破綻させる。

「甘いですよ」

「なっ……」

 神官はスペーディアの突きを余裕を持って(かわ)し、秘剣を持った手を握ると、蹴りを放ってスペーディアを飛ばすと同時に、その手から秘剣を奪い取った。


 ◇


 押し倒した神官をなんとか沈黙させた狼刀(ろうと)の近くに、スペーディアが飛ばされてくる。

「大丈夫か、スペーディア」

「ロウト……」

 狼刀は血の滴る脇腹を押さえながら、刀を構えてスペーディアを守るように立ち上がった。

「クラウディオは負けましたか……」

 鎧の神官は狼刀の姿を認めると、僅かばかり寂しげに呟く。相手を信頼していたのだろうか。

 などと、敵のことを気にしていても仕方がない。

 敵に感情移入してもやりづらくなるだけだ。

「……ハルマ様」

「あぁ、頼みますよ」

 神官――ハルマの元へと歩み寄った神官が、スペーディアの秘剣を受け取る。その手には狼刀の刀と竹刀も握られていた。

 いつの間にか、武器はほとんど敵の手に渡っていたらしい。

「スペーディア。頼みたいことがある」

「なんですの?」

 スペーディアは上半身だけを起こし、狼刀の言葉に耳を傾ける。

「俺がこれから敵の注意を引きつける。だから――」

 狼刀は小さな声で作戦を伝えた。スペーディア以外の誰にも聞こえてはいないはずだ。

 スペーディアは頷くことで同意を示す。

「行くぞ」

「えぇ」

 二人は別々の方向に走り出した。

「全員突撃。生け捕りにしなさい!」

 ハルマが待機していた神官達に攻撃を命じる。

 神官達は各自の武器を構えて、狼刀とスペーディアに向かっていく。狼刀に向かう比率が多いのは格のせいか、傷のせいか。

 ともかく、囲まれるまでに決着をつけなければならない。

 狼刀は周りの神官には目もくれず、ハルマに向かって真っ直ぐに進んだ。ハルマも狼刀に向かって真っ直ぐに突き進む。

「くらいなさい!」

 二人の距離がある程度縮まった瞬間。ハルマが一瞬でその距離を縮め、勢いに乗った体当たり(タックル)を放つ。

 狼刀は体をひねるようにして、その攻撃を回避。その勢いで投擲した刀は、鎧を掠め、飛んでいった。

 傷口から血が溢れるが、気にしない。強引に体勢を戻すと、そのままハルマとは逆の方向に向かって走る。

 狼刀の狙いは、武器を預かる神官だ。

「っ! 狙いはそちらですか!」

 ハルマは驚いた顔を浮かべる。一歩でも踏み込めば、狼刀に追いつくことは難しくないだろう。だが、一瞬だけは隙が出来る。

「こっちよ!」

 そうなることを予想していたスペーディアが攻め込むには、十分過ぎる隙だった。

「くっ……」

 無理に方向転換したハルマは、再び振り返ろうとして体勢を崩す。

「大人しく降伏してもらえます?」

 倒れたハルマに跨り、スペーディアはその首へと刀を突きつける。それは狼刀が飛ばした刀だ。

「終わりだな」

 武器を奪ったせいで自分の武器を使えなかった神官から刀を取り戻して、狼刀が合流する。他の神官達は三人を取り囲むように武器を構えるが、動くことは出来なかった。

 ただ一人。

「降伏はできませんね」

 余裕の笑みを浮かべたハルマが笑う。

「そもそも、降伏したとしてどうするつもりですか? デュース城まででも送ってくださるつもりですか?」

 ハルマの言葉は核心をついていた。

 狼刀とスペーディアは道中で襲われることを考えていない。つまり、この場所で敵を捕らえる用意をしてきていなかった。

「お黙りなさい」

 スペーディアは動揺を悟られないために、ハルマに口を閉じさせようとする。

 だが、ハルマは止まらない。

「図星のようですね。それならば、この状態が長く続くのもあなたがたにとっては避けたいことなのではありませんか?」

「このっ……」

 スペーディアが刀を握る手に力を込める。

「生憎だが、用意ならしてあるぞ」

 狼刀が袋から縄を取り出してみせた。それを見て、スペーディアが安心したような笑みを浮かべる。

「そうですか」

 ハルマはため息をつき、目を閉じた。

 抵抗するのを諦めたのか。

 そう思いつつも注意深く様子を観察する狼刀は、その手に黒い球が握られていることに気がついた。

「離れろ! スペーディア!」

「遅いですよ!」

 狼刀の呼びかけにスペーディアが反応するよりも、ハルマが黒い球の力を使うほうが早い。

 二人の姿が掻き消えた。

「くそっ!」

 狼刀は地面を蹴る。

 敵がワープするように現れた時点で、この展開は予測出来たはずだった。自爆をする神官がいるのだから、そういった手段を持っている可能性も考えられたはずだ。

 狼刀は自分を責めるように、地面を殴りつけた。

「なんで、気づけなかった……」

 何度も何度も何度も地面を叩き、手に取ったのは、刀とトレイスの秘剣。

「……どこに行ったか」

 狼刀はゆらりと立ち上がる。

 自分の状態だとか、敵の数だとか、そんなことは関係ない。

「教えてもらおうか」

 その一言が引き金となって、主不在の神官達が襲いかかる。狼刀は静かに迎撃する構えをとった。

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