ウオトラという兵士
第八十六話。どんな人
会談から一夜明け。
邪神教の討伐に向かう狼刀を見送るのは、ローレンス王、ミソロギ、セイント、それから兵士団の面々だ。
「我ら一同。ご無事の帰還を望んでおります」
「吉報を持ち帰れるように善処したいと思っています」
ローレンスが厳かに告げ、狼刀も神妙な顔で応えた。
「亡き王のためにも、勝利を」
狼刀に続いて、スペーディアが抱負を語る。彼女は送られる側――狼刀と一緒に行くことを選んだのだ。
「僕らも任務を遂行します」
「この力にかけて」
ハーティルとクエラヴォスがさらに続く。ただし、彼らとイソリを含む数名の兵士達は邪神教討伐の参加者ではない。
「重要な役目だ。頼むぞ」
セイントが選抜した彼らの役目は、デュース城に留まる神官達の監視だった。
「皆さん、頑張ってくださいね?」
ミソロギが全員に向けて一言。
「はい!」
狼刀達は力強く返事をして、エース城をあとにした。
見送る兵士達の声援を背に受けながら、狼刀は呟く。
「セーブポイント更新」
二度と繰り返さぬための一言を。
一行の目的地はデュース城。厳密には狼刀達のではなく、同行していたハーティル達のだが、狼刀にもやるべきことがある。
ただしくは、やっておきたいことというべきか。
「あれが残った部隊ってやつか」
兵士達が守りを固める姿は、城というよりは要塞のような雰囲気が漂っていた。監獄都市という響きからすると間違ってはいないのかもしれないが。
「そうですよ」
ハーティルは小さく頷き、兵士達を指さした。
「ロウトが気にしていたウオトラもあの中ですね」
ウオトラ。アルバトロスの話によれば、ステイマーを討ち取ったのはその兵士だという。
何でもソツなくこなすが、突出して得意なことはない。それなりに整った顔をしているが、美形という訳では無い容姿。割と地味な兵士だと皆が口を揃えて言っていた。そんな兵士だ。
そのウオトラと会っておきたくて、狼刀はデュース城を訪れることにした。
「お待ちしておりました」
狼刀達を出迎えたのは若い兵士と甲冑の男だ。
若い兵士のほうはよく分からないが、狼刀は甲冑の男には見覚えがある。あれは傭兵団のメンバー。名前は確か――
「問題はなかったか。カイザス」
ハーティルの言葉に甲冑の男が無言で頷く。
「あの、一応今の責任者は俺なんですけど?」
ハーティルにスルーされて、若い兵士が不満そうな顔を浮かべる。
「悪いな。ただ、ハーティルにも悪気があったわけじゃないんだ」
狼刀は全く気づく気配のないハーティルに代わって、答えた。
「あなたは?」
「俺はロウト。ここには用があって立ち寄った」
「あぁ。あなたがですか」
狼刀が名乗ると、兵士は小さくため息をもらす。
「ウオトラなら図書庫にいますから、さっさと済ませてください」
どうやら狼刀の要件は伝わっていたらしい。
「わかりました」
狼刀は一人、城の中へと入っていった。
◇
デュース城には地下設備が二つ存在する。そのうちの一つが死体処理場であり、そこへ行く時に通るのが図書庫と呼ばれる部屋だ。
そこは通路の広かった部分をカイが部屋として改造しただけの空間だったが、彼の持ち込んだ図書が大量にあったことから図書庫と呼ばれるようになったらしい。
ちなみに、城には元から図書庫という場所はあったのだが、王の寝室へと繋がる場所にあるため認知度が低いのだとか。
閑話休題。
俗に図書庫と呼ばれる部屋の真ん中に、一人の兵士が立っていた。
「こんにちは。ユウキ・ロウトさん」
「こんにちは」
くすんだブロンドの髪以外には、これといった特徴のない容貌。とはいえ、この世界基準で見たのなら髪の色さえも特別な訳では無い。
事前に聞いていた通り。
だからこそ、狼刀は警戒を強めた。
「ウオトラさんですね?」
「はい」
ウオトラは人懐こそうな笑みを浮かべる。
「それで、僕に用事とは?」
「あなたが、獣使いを倒したのか?」
「……はい。これが証拠です。一応ですけど」
狼刀の問いかけに対し、ウオトラは待っていましたとばかりに緑の物体を取り出した。
まるで獣の脚のような見た目の、ステイマーの腕を。
「これは、ステイマーの腕ですね」
「っ! わかるんですか!」
「一応」
狼刀がわかるのは前回のループで同じものを見たからだ。とはいえ、それをウオトラに説明することは不可能だろう。
追求されたらどうしようかと考える狼刀だったが、その心配は杞憂に終わる。
「アルバトロス様には証拠として認めてもらえなくて。すごく不安だったんです」
「そうでしたか」
相槌を打ちながら、狼刀は話題を変えるための言葉を考えていた。
「はい。でも、ロウトさんが信じてくれて嬉しかったです。本当に、報われます」
「良かったです。それから、獣使いを倒した時の状況を教えてほしいのですが?」
「あ、はい」
ハッとした様子で頷いてから、ウオトラはステイマーとの戦いへの経緯を話し始めた。
「僕らは魔物達と混戦を繰り広げる中で本隊とはぐれてしまったんです。そして、数人で孤立したまま戦っていたところにあの獣使いの女が現れたんです。僕らは魔物を振り払いつつ戦いました。でも、仲間は次々と倒れていって……」
ウオトラは俯いて、深く息を吐いた。
「女を倒した時には、もう、僕しか残っていませんでした」
ウオトラが膝の上で拳を握りしめる。
「そう、だったのか」
狼刀の中でステイマー討伐に関する疑問が解消された。同時に、ウオトラへの警戒心も消えていく。
ウオトラをはじめとした名も無き兵士達の諦めない強さが、ステイマーという強敵を打ち破った。
ただ、それだけの話だ。
狼刀のウオトラに対する警戒心はなくなっていた。
「話してくれて、ありがとうございます」
「いえ。お役に立てたのなら何よりです」
二人の顔には笑顔が浮かんでいた。
ウオトラとの邂逅を終えた狼刀は、ハーティル達と別れ、邪神教の討伐へと向かうことになる。ただし、その前に寄る場所が一つ。
前回と同じく、スペーディアが道具を揃えるために、トレイス城に立ち寄るのだった。同じことをしている分には、何も変わらない。
そんな期待が裏切られることになるとは、知らずに。
二人はトレイス城に向かった。




