予定通りの襲撃
第七十八話。不意打ち。けれど、知っている
玉座に座る王。
その目の前にテーブルがあり、四つの椅子が置かれていた。空席は一つだけ。狼刀は遅れて入ってきたことをごまかすように、静かに席に着いた。
四人の視線が突き刺さる。
「お久しぶりです。セイントさん、ミソロギさん」
狼刀の口をついて出たのは、在り来りな挨拶だった。
「またお会いできましたな」
「活躍しているみたいだね?」
手紙は渡しているが、会うのは久しぶりだ。カモフラージュしようとしたわけではなかったが、その効果があったことは否定出来ない。
少なくとも、ハーティルはカモフラージュだと判断したのだろう。
「僕はハーティルです。初めまして」
会っているはずの二人に対して、さも初対面かのように、名乗りを上げた。
「エース城で近衛兵長をしているセイントです」
「ミソロギです? 先生とも呼ばれていますので、お好きな方で呼んでください?」
セイントとミソロギは戸惑うことなく、答える。
僅かに戸惑いを浮かべたのは、狼刀だ。けれど、そこで余分なことをしゃべるほど、軽率な行動はしない。
「では、スペーディア様の力について教えてください」
「まあ、そう焦らずに」
単刀直入に切り出した狼刀をセイントが静かな口調でたしなめた。その言葉は前回と同じだが、狼刀の返事は違う。
「申し訳ありません。でも、世間話をするために呼んだのではないんですよ」
「そ、それはたしかに」
セイントは咳払いをして黙り込んだ。それを狼刀は話を続けていいという意思表示だと判断した。
「一番詳しいのはミソロギさんですかね?」
何も言わなければ王が話し始めるだろう。内容は変わらないのだろうから、その話をもう一度聞く意味はない。
「知識という面ではそうだと思うよ?」
「では、お願いしてもいいですか?」
「いいでしょう? では、」
ミソロギは想創聖書から銀色の髪をした少女の人形を取り出した。
「名前はスペーディア・ジャンヌ・トレイス? 年齢は君のいた世界に照らし合わせて考えると、十八といったところかな? 生まれ――」
「強さについて教えてくれますか?」
ミソロギの台詞を遮って、狼刀が尋ねる。ミソロギの解説も、前回聞いた部分を聞く必要はない。
「わかったよ?」
ミソロギは肩を竦めて、ため息をついた。
「彼女はとても強い? 一級品の剣術と格の相性がいいことも強さの一因だね? あとは割愛させてもらうけど、血筋かな?」
「そこは略さなくても良いのでは?」
「そうかい? なら――」
「それよりも、格について知りたいのですが?」
セイントが助け舟を出すが、今回は要らぬお節介だ。血筋については前回聞いているし、何よりも時間がない。
「そうかい? なら、格について説明するよ?」
セイントと狼刀の顔を見比べたのち、ミソロギは想創聖書から大きな鎌を取り出した。
「彼女が持つ格は、死神の格、と呼ばれるものだね? 祖先にして、死神の子と呼ばれたグリム・リーパーの力を宿した格だと認識しているよ?」
ミソロギは鎌を振り上げて、
「曰く、彼の鎌に切れないものは何も無いとね?」
笑みを浮かべながら振り下ろす。
「そのような人物がいたとは知らなかった……」
ミソロギの話を聞いて一番感心していたのはセイントだ。
「一般的には伝説上の人物ですからね?」
「彼女の格は、全てのものを切断する力、ということですか?」
「そうだと思います?」
狼刀の憶測に対して、ミソロギはいつも通りの疑問符で答えた。疑問符なので判断に困るが、今のは肯定の意味だろう。
「とはいえ、現在は生死不明です?」
「生きてるとは思うよ?」
ミソロギの予想を少女が否定した。
狼刀が時間をかけないようにした原因の到着だ。
「あはっ。驚きすぎじゃない?」
入口のほうを向く五人に、少女――ステイマーは可愛らしく首を傾げた。
「どうやってここに!」
サマルカンドが立ち上がり、声を荒げる。
「どうって? あたしは、何もしてないよ?」
手をひらひらさせて、何も持っていないことをアピール。たしかに、ステイマーは何もやっていないのだろう。
「そうだな。お前は何もやっていない」
武器も構えず、否定もしない狼刀。
「信じてくれるの? 優しいね」
「優しくは、ないさ」
狼刀は無手のまま走り出した。
「三人とも作戦通りにお願いしますね!」
「うむ」
「わかってる」
「了解?」
狼刀の呼び掛けに対して、セイント、ハーティル、ミソロギは応えるが、サマルカンドは何が何だかわからないといった表情を浮かべる。
当然だ。
サマルカンドにだけは誰も何も伝えていないのだから。
「行かせねぇぜ」
狼刀の行方を妨げるように両手に武器を仕込んだ男――ザルクが飛び出してきた。
「ロウト殿の邪魔はさせません」
立ち向かうのはセイントだ。彼への手紙に書いておいたのは、最初に立ち塞がる敵の相手。彼にしてみれば、それがたまたまザルクだっただけだ。
「てめぇは後だ」
鍔迫り合いには持ち込まず飛び退いたザルクだったが、見えない壁に当たったかのように止まった。
「結界かっ!」
「防砦魔法だ、邪教徒」
ハーティルが訂正する。
「せいっ!」
「このっ!」
だが、ザルクはセイントの攻撃に押されて、気にするどころではなかった。だが、それでこそだ。
ザルクはセイントから逃れられない。
その事実こそが、大事だった。
人選が間違っていなかったことに胸を撫で下ろしつつ、狼刀は先を見据える。
ステイマーはいつの間にか姿を消していた。
「セイントさん、頼みます」
本当に大変なのは、ここからだ。




