布石
第七十七話。今後のために、今から
暗く深い闇から目覚める。
狼刀は魔神召喚の生贄にされ、死んだ。けれど、まるで夢の中で魔神になっていたような記憶がある。それは酷く曖昧で、思い出そうとするたびに、崩れ去ってしまう儚い記憶。
体に感覚が戻ってくるにつれ、狼刀は思い出すことを諦めた。
ゆっくりと目を開ける。
「大丈夫かい?」
ハーティルが心配そうな顔で覗き込んでいた。
「大丈夫だ」
狼刀は笑顔で答える。
場所はデュース城。スペーディアは復活していないし、襲撃も起こっていない。そもそも、捕らえているのは知恵の神官クレバーだけだ。
「なあ、少し城に戻ってもいいか?」
狼刀の問いかけにハーティルが眉をひそめる。
「邪神教の攻略に向けて、情報を共有しておきたい」
狼刀は一冊の本を取り出した。
「それって」
「邪神教について書かれた本だ。だが、潰すには情報が足りない」
ハーティルは驚いたような表情を浮かべているが、狼刀は気にせずに続ける。
「トレイス城と砦にいる神官、それからマルティール騎士団を捕らえ、今いる神官と一緒に情報を聞き出す」
一息置くが、ハーティルは何も言わない。
「そこまでを一気にやるために、護送をクエラに頼んで欲しいんだ」
「……僕がかい?」
ハーティルは考えるように腕を組む。
「俺は王に頼み事をしてくる」
「わかった」
二人は城に戻り、二手に分かれた。
「トレイス城に詳しい人を紹介してくれませんか?」
王の間に入るなり、狼刀は王に尋ねる。
「突然ですな」
玉座に座る王は静かに答えた。
「突然ですいません。ですが、知らなければならないのです」
「急ぎですか?」
「トレイス城の神官を捕らえてくる間に、お願いします」
「わかりました。手配しておきます」
「よろしくお願いします」
狼刀は頭を下げる。そこに、感謝の気持ちはほとんど込められてはいなかった。
「いや、こちらこそ。これくらいしかお役に立てることがなくて申し訳ない」
「そんなことは、決して」
彼らが敵だったとして、狼刀を助ける意味はわからない。
「情報だけでも、とても役に立っていますよ」
狼刀は笑みを浮かべた。
「……そうか」
「邪神教のことはお任せ下さい」
王の表情に変化はない。
「頼みます」
ただ静かに、頭を下げた。
ハーティルと合流し、トレイス城に向かう。
その最上階、王の間に当たる場所に、予言の神官――クバウトは居た。
「予言どおりですねぇ。まっったく、予言通りです」
「俺もだよ」
狼刀は小さく呟いて、竹刀と刀を構える。
「ユウキ・ロウト。あなた如きに何がわかるというのですか? 神託聖書を持つ僕には未来を見ることが出来ますが、凡愚たるあなたに何がわかると」
「わかるさ。俺にも未来がな」
嘘ではない。
だが、クバウトを挑発するために誇張はしていた。とはいえ、彼に真偽を判断する術は無い。
「なんだと? ふざけているのか?」
「ふざけてないさ。その本で調べてみればいいだろう?」
狼刀は挑発を続けた。
「黙れ! 死ね! 図に乗るんじゃない!」
叫びながら、クバウトが勢いよく右手を突き出す。
狼刀は彼我の距離を一気に詰めた。
「化け物め! 爆焔魔法!」
「無駄だ」
どんな魔法を放とうとも、狼刀には関係ない。見えてすらいないのだから、クバウトは魔法によって自らの視界を塞いだだけだ。
狼刀が振り下ろす竹刀は、見えていないのだろう。
「ぐはっ……」
クバウトは避けなかった。
ハーティルにクバウトを担いでもらい、城を出る。傭兵団とは、ここでは、会わなかった。
クエラにクバウトを託し、二人は砦に向かう。
「あなたがたは……?」
そこにいたのは、魔神召喚士ことフェシーだ。
「私は、予言の神官から大神官様への伝言を承ってまいりました。通していただけますか?」
その攻略法はすでに確立されている。
「なるほど。確かにクバウト様と似たような服を着てますね。親書などは持っていないのですか? 大神官様への伝言となれば、それぐらいのものはあるでしょう?」
「知恵の神官様を信じ、そして邪神教に仕えるあなたなら、予言の神官の思いを汲み取ることも出来るのではありませんか?」
「そう! 我らは同じく破壊神を崇拝し、邪神教に属する神官。大神官様のもと同じ意思を、願いを持って集まった尊ぶべき仲間ということですね。そんな当たり前のことを、私は忘れていた……」
フェシーは恍惚のした表情を浮かべた。
「あなたは、いえ、予言の神官クバウト様はいずれ、クレバー様の納める世界においても重要な役割を担うことでしょう。もちろん、あなたもその場にいるべき神官です」
大仰な仕草でフェシーが語る。
「さあ! 道を開けなさい! クバウト様の使者の方が通られます」
号令のもとに、神官達は一糸乱れぬ動きで中央に道を作った。
「さあ、こちらへどうぞ」
フェシーの後ろに続きながら、狼刀は魔神の位置を確認する。不可視だが、その場所はいつもと変わらない。
「サブナック。避けていてください」
フェシーが立ち止まる位置も、判を押したように同じだった。
狼刀はレラジェに向かって、竹刀を投げる。
「げ、下郎ごときがぁ!」
レラジェは消滅した。
「ハーティル!」
「わかってる」
もう一体の相手はハーティルに任せるとして、狼刀が向かうのは残った神官達だ。二本の刀を自在に振り回して、狼刀は踊るように立ち回る。
神官達は瞬く間に沈黙した。
ハーティルの魔法でそれを閉じ込め、二人は砦の奥へと進んでいく。そこに待ち受けるのは、オルダー率いるマルティール騎士団だ。
「ええ、休まれるがいいでしょう。永遠にね」
入ってすぐに休もうとするのは不自然な気がするのだが、オルダー達はそれでも現れる。もしくは、砦での戦闘を見ていたから、彼らにとっては不自然ではないのか。
「ハーティル!」
「遮音魔法。防砦魔法。防砦魔法・監獄」
そんなことは狼刀にとって、関係のないことだが。
「やるぞ」
狼刀の声に反応するように、真上から魔神の声が響いた。
「此方もゆくぞ」
狼刀は竹刀を振り上げる。
「まさか、まだ……! くそっ」
「グルァ!」
不可視の魔神は、姿を現すことなく消滅した。
残るはリーダーを無力化されたマルティール騎士団だ。
「殺すなよ」
「わかってる」
フェシーが連れていた神官達よりは強かった。数もマルティール騎士団のほうが多いだろう。それでも、一人で相手をしなければならないわけではないのだ。
ハーティルと共に、狼刀は神官達を無力化した。
「ここでクエラと合流して、デュース城に戻るぞ」
それ以上の深追いはしない。
ここで進んでもステイマー達に勝てる見込みは全くないし、戻れば相手から襲ってくる。セイントなどの協力を仰ぎ、デュース城で倒すほうが確実だ。
「……わかったよ」
ハーティルは納得したという顔ではなかったが、頷いた。まもなく現れたクエラ達と合流し、二人はデュース城に戻る。
何もしなければ、すぐに会談が始まってしまうだろう。しかし、デュース城の中はどこで監視されているかわからない。
狼刀は城に入る前に、セイントとミソロギ宛の手紙をハーティルに託し、クエラとハーティルにも手紙を綴った。
細かく内容か書いてあるわけではない。考えられる可能性と、望む対処法くらいだ。
狼刀自身は、地下牢獄に向かい、やるべきことを行う。
そして、一同は王の間に集った。




