魔神
第七十六話。出番でございます
戦者がスペーディアの見張りをしていたように、予言者は狼刀の見張りをしていた。
本来なら戦闘に優れた戦者と知恵者の二人が見張りをするのがよいのだが、戻ってくるであろう天の神官の対応を知恵者がすると言ったのだ。
曰く、お前には任せられない、と。
知恵者は天の神官のことが苦手であり、あまり話したくなかったので、その意見に従った。どうせ、何も起こらない。
そう思っていた彼女の思惑は、突然の爆発音に掻き消された。
「爆発音したっけ、あーしらもあっち行った方がいんじゃね?」
異変を感じ、一緒に見張りをしていた部下の神官に尋ねる。
「……従いますよ」
神官は恭しく頭を垂れた。答えにはなってなくもないが、なってもいない。
「いや、あんたの意見が聞きたいんだけど」
「……男が動くかも知れませんし、ここで見張りを続けたほうがよろしいかと」
頭を下げたまま、神官は自分の意見を述べた。
それを聞いて少女は考え込む。馬鹿とはいっても、考えなしに動いてる訳では無いのだ。
「そうする! あんたのほうが賢そーだしね」
考えたところであまり意味はないのだが。
「……そんなことは決して」
神官は否定しているが、少女の言ったことは紛れもない事実だ。
「そ? ま、あーしが相手じゃしゃーないね」
少女はほんの少し赤らめた顔で得意げに笑う。相手の謙遜を真に受けて喜んでしまうのは、彼女の短所であり、魅力でもあるのかもしれない。
「……純粋ですね」
神官は少女に聞こえないように一言呟いてから、顔を上げた。
状況に変化はない。
◇
静かに聞き耳を立てていた狼刀の耳に入ってきたのは、神官二人の会話だけだった。それも端切れしか聞こえず、状況を理解するには至らなかったのだが。
「……生け贄………………かな?」
新たな声が聞こえた。
少女の声でも、抑揚のない声でもない男の声。
「……魔神……儀式…………」
「…………通りです」
「……結果に逆らうの?」
「……そうなりますね」
新たに聞こえた声は二人分。爆発音のすぐあとに聞こえた声と合わせると、この部屋には最低でも四人の人間がいることになる。
「……これが生け贄となる人間です」
「なるほど」
鉄柵の向こうに二人の神官の顔が見えた。
一人は死んだ魚のような目で見下ろす神官でもう一人は金髪の神官。狼刀はその二人に既視感をおぼえたが、理由はわからなかった。
「……これが生け贄ですか?」
次に現れたのはフェシーだ。セイント達が連れていったはずの彼がここにいることに、狼刀は一抹の不安を感じた。
「……何か問題でも?」
「いえ……」
「お願いしますよ、フェシー」
「はい……」
そして、これから行われようとしていることを悟り、血の気が引いていくのを自覚していた。
「護り給え 救け給え 我が鉾として 我が楯として 我が魔力を糧に この人間を贄として 我が前に姿を顕さんと希う」
動き回りながら、フェシーは詠唱を行っている。
「願わくば強きもの 願わくば猛きもの 願わくば賢きもの 我が願いに応え給え」
フェシーが立ち止まった。
「我が願いを聞き届け その姿を顕さんと 我らは――」
『チカラが欲しいか』
不意に声が響いた。
しかし、フェシーは気にするようもなく詠唱を続けている。
『チカラを望むか』
声は狼刀にだけ聞こえるようだ。
「力が、欲しい」
狼刀は無意識に呟いていた。
『よろしい。であれば、契約のために名を』
「結城、狼刀」
『……ほう』
狼刀の意識はそこで途切れた。
◇
生け贄の体が光に包まれた。
「成功です」
フェシーが呟く。魔神召喚が完了したことで、足元にあった円陣も消えていた。光り輝くあれこそが、魔神。
鉄柵をへし折り、床を砕き割りながら光の塊が飛び出した。
光は空中で形を変形させながら、ゆっくりと着地。光の卵から魔神の頭が現れた。
顔は全体的に丸みを帯び、茶色毛に覆われている。顔の中央では丸い目が紅く輝き、鉤型の鋭い嘴が下に向かって尖っていた。
光の卵は少しずつ形を変えていき、人間のような胴体を創り出していく。肌の色は白がかった薄橙色、全身の筋肉が盛り上がり、体格は生け贄のときの二倍以上に大きくなっていた。
何よりも特徴的なのは、背中から生えた大きな翼。それは猛禽類を思わせる顔とは異なり、薄らと赤みがかった天使を思わせる白い翼だった。
神官たちが呆然と見守る中、魔神はゆっくりと天井を見上げ、
「フォォォォォォ!」
風を切るような雄叫びを上げた。
「な、なんと逞しいすがっ……」
恍惚とした表情で見上げるフェシーを光がかき消した。魔神の手から放たれた光線は、徐々に剣の形へと収束していく。
「白光剣」
魔神は小さく呟いて剣を振るった。
床が砕け、瓦礫が吹き荒れる。魔神のわずかひと振りで収監部屋が半壊した。
「……これが失敗――」
「だまれ」
声を出した知恵者目掛けて、魔神は光の剣を振り下ろす。知恵者は消し飛ばされ、余波だけで背後の床が砕け、壁が崩れ落ちた。
「マジでヤバッ……」
「だまれ」
予言者は圧倒的な力の差に恐怖し、逃げようとする。それに対して、魔神は光の剣を突き出した。
「ヤバ――」
光の剣によって予言者は跡形もなく消し飛んだ。
「残りは一人」
魔神に見つめられ、残った神官――アンジュは両手を挙げた。
「降参するから、見逃してもらえるかな?」
魔神は嬉しそうに笑いながら剣を振り上げた。
「だまれ」
決めゼリフを口にして、魔神は剣を振り下ろす。
光の剣はアンジュを飲み込み、余波によって背後の床や壁を破壊した。剣を振り上げたときに破壊した天井も含め、収監部屋はほぼ全壊だ。
「逃げたか?」
手応えがなかったのか、魔神は首をひねりつつ、剣を振り回した。
床から壁まで隠れられそうな場所を手当り次第に破壊し尽くして、逃げ場を無くす。
それでも、手応えは得られなかった。
「フォォォォォォ!」
魔神は雄叫びをあげながら、剣を振り回す。
剣が当たる度に床が割れ、壁が崩れ、天井に亀裂が走った。
「フォル?」
天井の隙間から光が差し込んだ。
魔神は天井を意図的に狙い、破壊。山の一角に穴が空いた。
魔神は穴から飛び出して、山を見下ろす。
「このヤマのドコカにはいるかな」
光の剣を巨大化させて、ゆっくりと振り下ろす。
「巨大白輝剣」
山全体が眩い光に包まれた。
「手応えなし?」
地面に空いた大穴を見下ろしながら、魔神は首をひねる。
邪神教の本拠地となっていた山を消し飛ばしたにも関わらず、アンジュを殺した手応えがなかったのだ。
例え地下に逃げていたとしても、山ごと破壊したのだから外したわけがない。
「黒狼」
地面に映った魔神の影から無数の狼が滲み出る。
「さがせ」
魔神の一声で、狼たちは散らばっていった。
その一部始終を上から眺める存在が一人。純白の翼で空に浮かぶ、金髪の青年がそこにいた。




