もう一つの集団
第七十九話。こちらの動きは
デュース城の図書庫にて。
カイは会談に参加するサマルカンド――に変身しているラムダの報告を待っていた。本来なら、カイ自身が参加して狼刀の考えを探りたいところだが、そうはいかない。
三神官のうち二人に加え、大神官の直轄騎士団まで捕らえてきたのだ。
邪神教の動きに臨機応変に対応するためにも、カイは自由である必要があった。
『緊急。邪神教の襲撃です。カイさん』
固形電話から声が響く。
「想定内です。それで、そちらの動きは?」
『ロウト殿が予め考えていたらしい作戦に従って、対応しているようです』
カイがピクリと眉をあげた。
「……そうですか」
静かに拳を握りしめる。手の中にあった固形電話は潰れしまうが、そんなことはどうでもよかった。
「邪神教の襲撃……」
そこまではいい。
カイでも予想出来た展開だ。
問題はその対応を、予め共有していたということ。戻ってきてから話してはいなかったし、ラムダが知らなかったということは、意図的に排除された可能性が高い。
「一体、どこまで……」
状況を撹乱させるためにも、死鎧の実験をしたいところだが、それも読まれている可能性は高いだろう。監視網にかからずに作戦を決めていたことからも、手の内は把握されているとして動く必要がある。
「なら」
カイは白衣のポケットから、スイッチを取り出した。
地下牢獄に仕掛けた爆弾魔法機を使って、囚われの神官たちを解放する。そのためのスイッチだ。
「さあ、実験の――」
「そこまでよ。その魔法機を手放しなさい」
カイはスイッチを押せなかった。
背後から刀を首に突きつけた何者かは、カイが指示に従わなければ容赦なく首を切り落とすだろう。
そう思わせるだけの殺気を放っていた。
「何者ですか」
ゆっくりと机にスイッチを置いて、カイは両手を挙げた。
「まだよ。指揮棒型の魔法機も置きなさい」
「そんなものは――」
持っていない。と白を切るよりも早く、冷たい刀が首に当てられる。
「置きなさい。落としますわよ?」
首に触れる刀身よりも冷たい声で何者かは警告した。
「わかった」
カイは右手を挙げたまま、左手を懐に入れて魔法機を取り出す。
ゆっくりとそれを机に置くと、拳を閉じたまま左手を挙げた。
「何者ですか」
「聞く前に名乗るのが礼儀ではなくて?」
「こんな状況で礼儀を説かれるとは」
刀が僅かばかり首に食い込み、血が滲む。
「僕はカイ。この城には学者という立場で居候させてもらっている」
下手に刺激しては首が落ちかねないと判断し、カイは名乗った。
「何をしようとしていたの?」
襲撃者は質問を続ける。どうやら、名はまだ知れそうにない。
「邪神教による襲撃が発生したようなので、微力ながら助太刀しようかとね」
「助太刀?」
「えぇ、僕は魔法機の発明などしてましてね。役に立つものもあるんですよ」
襲撃者の刀が僅かに首から離れた。
その隙をカイは見逃さない。
「例えば、こんなふうにね!」
左手に隠し持っていたもう一本の死操指揮棒で、背後の襲撃者を背後から襲わせる。
「なっ……!」
それに気がついた襲撃者はカイを突き倒して、屍鎧の攻撃を受け止めた。
とっさに首を切らなかったということは、襲撃者はカイから情報を聞き出すことが目的だろう。少々危険な賭けだったが、カイは勝った。
襲撃者が対応するよりも早く、物陰に隠れてさらに三体の屍鎧を起動させる。
「なんなのよ、これ」
襲撃者は、既に屍鎧の一つを無力化し、見下ろしていた。
「ーーーー」
「ーーーー」
「ーーーー」
三体の屍鎧が襲撃者に襲いかかる。
「またっ」
銀髪の襲撃者は髪を振り乱しながら振り返り、三体の屍鎧を一刀のもとに斬り捨てた。
「まさか……」
カイが息を飲む。屍鎧が簡単にやられてしまったことに驚いたではない。襲撃者の力に、思い当たる節があったのだ。
全てを斬り裂く剣技を持つ銀髪の少女。
「スペーディア・ジャンヌ・トレイス」
トレイス城の崩壊と共に死んだはずのその人物以外に、思い当たる人物がいなかった。
「その通りですわ」
襲撃者――スペーディアは笑顔でカイに刀を突きつける。
すぐに動かせる屍鎧はもうない。
カイは死操指揮棒を床に置いて、両手を挙げた。
「参りました」
今のカイでは、彼女に勝てない。
そう考えての決断だった。
◇
カイがスペーディアと戦いを繰り広げている頃。
そんなことが起きているとは思いもしない人物が固形電話に向かって一生懸命に声をかけていた。
「カイさん、どうしましょう? どうしたらいいですか? カイさん、カイさん」
一生懸命とは言っても声量は抑えめ。
邪神教の神官と戦っている二人に聞こえないようにという程度の配慮はしていた。
「失礼しますよ?」
「え?」
ミソロギに押され、ラムダは玉座に座り直される。と、同時に玉座から縄が飛び出して、拘束された。
「な、なにをするか」
「狼刀君からは、私の判断に任せるとのことでしたからね?」
「何がだ」
目的も意図もわからないミソロギの行動に、ラムダが怒気をはらんだ声で言い返す。
「サマルカンドは偽者かもしれないと言われました?」
その一言で、ラムダは絶句した。
狼刀にいつの時点から怪しまれていたのか、その原因は自分が演じていたときなのか、カイの操る死体が演じていたときなのか、考えることに精一杯でラムダはごまかせない。
「確証を得たので捕まえさせてもらいました?」
狼刀が偽者だと予測した原因は過去ではなく未来のことなので、ラムダにはわかるはずもなかった。ただし、ミソロギが確信を持ったのは、直前のカイとの通話だ。
それさえも、ラムダはわかっていないのだが。
「壊れました?」
頭を抱えながら、ブツブツと呟くラムダを見て、ミソロギは困ったような表情を浮かべていてた。




