表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/16

09 旅立ち

 結果は①であった。喜ぶべきだけれど、あまりに急な別れに心がついていけない。泣く泣くエド様を見送った後、ミナは普通に出勤し、夕方、また土牢に行った。作った着物は衣装箪笥に仕舞って、持ち出した家具や調度品をII番倉庫に片付けた。


 次の日は、庭の石窯や物干し竿を撤去した。畑はそのままにしたが、すぐに草に覆われて、元の荒れ庭に戻るだろう。


(さよならリンゴの木。ありがとう山鳥…)


 ガランとした土牢に残るのは、岩壁から垂れる鎖と、外した足枷。それを見たら、涙が溢れて止まらない。エド様は雲上人に戻った。もうミナだけの主人じゃない。でも、


『必ず迎えに行く。それまで待っていろ』


 あれはエド様の侍女にしてやる、という意味だ。イタチだって専属の密偵になりたがっていた。


(もっと勉強しよう。方向音痴を補えるほど、優秀になろう)


 そしていつか、エド様の専属侍女に。そう決心したミナは、涙を拭いて土牢を後にした。



          ◇



 書陵部のミネルバさんに、「翻訳のできる人は故郷に帰った」と伝えたら、「残念!一度会ってみたかった!」と惜しまれた。ミナは今までの礼として、余ったお金で菓子を差し入れた。ミネルバさんは大層喜んでくれて、勉強がしたいと言うミナに、『初級古代語』や『宮廷マナーの基本』などの本を貸してくれた。


 エド様の事が気になるけれど、書陵部にも調度管理課にも、宮廷の噂は入ってこない。だから、休日に父が来てくれた時、それとなく探ってみた。


「エド様?ああ。第三王子殿下ね。お元気になったらしいよ。政務にも復帰なさったようだし。それよりミナ、例の裁判はどうなった?」


 寮の面会室で茶を飲みながら、逆に訊かれた。そう言えば、駆け落ちを匂わせていたっけ。ミナは慌てて誤魔化した。


「えーと、復帰した、つまり無罪になったの。で、牢を出た。それで終わり」


「じゃあ、もう食べ物を差し入れなくて良いんだな?カールに聞いたぞ。毎日、パンやミルクを貢いでたって。まあ、若い時は色々あるさ。その程度で済んで良かったと思いなさい」


「え?」


「結婚詐欺に遭ったんだろ?私も若い頃、美人局によく遭った。血筋かねぇ」


 盛大に誤解をしているが、秘密を漏らす訳にもいかず、娘は父の追憶を延々聞かされた。



          ◇



 その次の休日、ミナは兄に木刀を返しに行った。騎士団は何となくザワザワしていて、いつもと雰囲気が違う。見習い君が兄を呼んで来てくれたが、


「今、ちょっと忙しいんだ」


 と言って、兄は椅子に座るなり、手にしたサンドイッチを食べ始めた。


「どうしたの?」


「戦だ。詳しい事は言えないが、手柄を立てる絶好の機会だからな。待ってろ、ミナ。詐欺師に騙された分くらい、すぐに取り返してやる!」


「…そりゃどうも。木刀、返すわ」


「髭剃りは?」


「詐欺師にあげちゃった。要るなら新しいの買って」


「あれ、一応、家宝なんだが…まあ、良いよ。気にするな」


 憐れむような目が鬱陶しい。妹は席を立った。兄は天然理想流免許皆伝なので、『気をつけて』も『無事のお帰りを』も要らない。


「じゃあ、頑張って」


「おう」


 さっぱりと別れて、ミナは寮に帰った。そしてひたすら勉強に励んだ。



          ◇



 やがて秋が終わり、冬が来た。ミナは『上級古代語』『宮廷マナー:王族編』までを修めた。土牢には行っていない。目を瞑れば、いつでもエド様に会えるから、それで十分だった。


 遠くで戦をやっているらしいが、城内は静かだ。兄は出征し、父も忙しい。勉強に専念したいから、新年は王都で迎えるかも、と母に手紙を書いた。


 そんなある日。調度管理課に大量の家具が届いた。


「どうしたんですか?これ」


 ミナが尋ねると、課長が書類を見ながら言った。


「王族にお輿入れする姫君の、嫁入り道具だそうだ。新居の改装工事が遅れているらしいよ。終わるまで預かってくれって」


「へえー。確かに新しいですね。流行のデザインだし」


 流線的で優美なテーブル、ソファ、各種箪笥、ベッド、バスタブ、等々が運び込まれる。ミナ達職員は、倉庫の中身をあちこちに移動させ、それら全てを一つの倉庫に納めた。


「ふー。やっと終わった」


 ミナは何気なく、椅子に付けられた札を見た。そこには、


()()()()()殿()()()()()


 と書かれていた。



          ◇



 課長に訊いても、花嫁の正体は不明だった。分かったのは、近く、お輿入れがあるという事だけ。ミナはその場にへたり込んでしまった。


「大丈夫?もう上がって良いよ。大体、終わったから」


 課長に促され、彼女は退勤した。初めての早退だった。とりあえず寮に帰ってベッドに入り、眠った。


 翌朝。目覚めたミナは確信した。


「迎えは来ない」


 あれから3ヶ月。単に忙しいのかと思っていたが、嫁を取る余裕があるのだ。きっと、妃殿下は優秀な侍女をいっぱい連れてくる。ミナは不要。むしろ邪魔。


 これほど絶望したのは、『女は天然理想流の免許を取れない』と知った時以来だ。大人になるというのは、希望の灯が一つ一つ消えていく事だ、と誰かが言っていた。ミナは剣士になれなかった。侍女にもなれなかった。そして今、エド様という大きな灯りが消えてしまった…。


(ああ。私は要らない人間なんだ。辛い。消えたい…)


 彼女は布団を被って泣いた。それでも仕事にはちゃんと行った。しかし、食欲が全く湧かない。1週間ほどろくに食べないでいたら、ミナは職場で倒れてしまった。



          ◇



 意識が戻ると、枕元で父と課長が話す声が聞こえた。


「やはり害獣駆除が良くなかったのかも。悪い病気になったんじゃ…」


「それは無いでしょう。田舎では獣を獲るなんて日常茶飯事ですから」


「すいません。大事なお嬢さんを預かっていながら」


「いやいや。実は結婚詐欺に遭ったんです。そのショックでしょう」


「ええーっ!それは辛い。取り敢えず、傷病休暇扱いにしますね」


「助かります」


 課長が出て行ったので、ミナはムクリと起き上がった。病院みたいな白い部屋の白いベッドに寝かされている。


「ここどこ?」


「王城内の診療所だ。今夜はここに泊まれと、医者が言ってたぞ。ほら、お前の好物のマカロンだ。好きなだけ食べなさい」


 父は甘い香りのする紙袋をくれた。中には色とりどりのマカロンが沢山入っている。ミナはそれを食べながら文句を言った。


「結婚詐欺の話、言いふらさないでよ」


「それ程言ってない。それより、お前、気分転換に外国に行きたくないか?」


「何よ急に」


「実は、大使としてアストリア王国に行く話が来ててな。一緒に行かないか?」


 怪しい。下っ端外務官僚が大使だなんて。娘の疑いの眼に、父は白状した。


「誰も行きたがらないんだよ。内乱中だから。でも、クジで当たっちゃって。妻か娘を連れていかなきゃならない。ドレス代とか宝飾品代も出るぞ!家計も潤う!どうだ?」


「…行く」


 ミナは迷わず頷いた。アストリアなら言葉も同じだし、何より、ここを離れたい。そうと決まったら、後は早かった。課長に辞表を出して、お世話になった方達に挨拶をして、翌週には父とアストリア王国に向かう馬車に乗っていた。


(さようなら、エド様)


 ミナ・ウィスタリア、18歳。新たな旅立ちであった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ