08 迎え
イタチから外の話を聞いて、エドヴァルドは気づいた。
過去の己を一言で言うならば、“傲慢”だ。側近の話を鵜呑みにして、不正を行う者達を、有無を言わさず罰した。褒め称える者を愛し、非難する者を憎んだ。ペデス侯爵との対立も、『修道騎士団の役目は終わった。解散すべきだ』と言われたのが発端であった。
(戦場に立った事もない輩が!)
怒りのあまり、何度大軍師に諌められても、侯爵派との争いを止めなかった。だから陛下はエドヴァルドを切ったのだ。内乱を避けるために。
今なら理解できる。だが、宮廷に復帰しても、侯爵の顔を見れば復讐せずにはいられない。ならば野に下ろう。どこに居ようが、自分は陛下の剣なのだから。
ミナは濃紺の着物に金糸の刺繍を入れている。迎えが来たら着ろと言う。来なかったら、下男の服を着て、ウィスタリア領に向かう。そこに何があるかは分からない。しかし、ミナやイタチ、母のお陰で“未来”が見えてきた。
◆
母に手紙を渡してから1週間が経った。ミナが朝食の皿を下げようとした時、外に大勢の人間の気配がした。
「隠れろ」
王子は咄嗟に、彼女を衝立の向こうに隠した。すぐに輿を担いだ男達と、獄吏らしい男が格子戸の向こうに見えた。輿を下ろして全員が平伏し、獄吏が言った。
「エドヴァルド殿下。お迎えに参りました。すみやかに謁見の間に参上すべし、との王命でございます」
ついに来た。だが、騙し討ちは真っ平だ。
「…足枷の鍵を中に入れろ。剣も一振り寄越せ」
「はっ」
獄吏は下を向いたまま居ざり寄り、鍵と剣を寄越した。王子は更に命じた。
「全員、見えぬ所まで下がれ。支度をする」
「恐れながら…」
「5分だけだ」
輿を置いたまま、男達が視界から消える。王子は足枷を外した。そして衝立に向かって声をかけた。
「ミナ。支度を」
「はい」
この日の為に用意した濃紺の着物を着て、革と絹でできた草履を履く。ミナは仕上げに見事な宝飾品を付けた。彼女の世話を受けるのも、これで最後か。王子は潤んだ紫色の瞳を見下ろした。
「ご苦労だった。お前に受けた恩は決して忘れない。ミナ・ウィスタリア。必ず迎えに行く。それまで待っていろ」
先の見えぬ身ゆえ、今すぐ娶る事はできない。この方向音痴がどこかへ行ってしまわぬよう、机の上にあったハサミで、白い髪を一房切った。
「受け取ってくれ。約束の証だ」
ミナは恭しく受け取り、箪笥の引き出しから髭剃り刀を出してきた。
「兄から借りた物ですが、どうぞ。曽祖父から受け継がれているそうです。…お元気で、エド様」
握りに藤の家紋が彫られている。王子はそれを袂に入れ、愛しい侍女を抱き締めた。
「お前もな。…では、行ってくる」
「行ってらっしゃいませ」
名残りを断ち、彼は格子戸を潜った。すぐに獄吏達が駆け寄る。
「殿下。輿にお乗りください」
王子は首を振った。
「歩ける。さあ、行こう」
見れば、庭を囲む石塀の一部が打ち壊されている。獄吏を先頭に、王子、その後に空の輿と続き、一行は外へと出た。エドヴァルドが幽閉されてから、1年と245日が経っていた。
◆
廃墟のような一角を通り抜け、やがて見知った王城が見えた。着替えや休息を与えられないまま、王子は謁見の間へ連れて行かれた。まだ罪人という訳だ。
大扉が開き、中に足を踏み入れると、大勢の廷臣達が待ち構えている。王子は胸を張って玉座の前まで歩いて、跪いた。ミナの用意した素晴らしい着物のお陰で、何ら気後れしない。ボロボロの囚人を期待していたのか。皆、驚き顔である。
「陛下。お召しにより、エドヴァルド・アウグストゥス・トリスマーニャ・アロイス、参上いたしました」
「立て。エドヴァルド。…余の聞き違いであろうか?歩く事も儘ならぬ故、謁見は無理であろう、そう申したのは、司法卿、其方ではなかったか?」
太った男が汗を拭きながら弁明した。
「は。そのように報告を受けておりましたが。もしや看守が虚偽を…」
「いいえ。看守は司法卿の命を守っておりましたよ。日に1枚のパンのみでしたから」
王子は穏やかに教えてやった。司法卿は面白い程青ざめている。明らかに飢え死にさせようとした。ところが、髪こそ色を失ったが、健康そのもので現れたのだから。
「何だと?仮にも王族だぞ。どうなっている?監察長官!」
怒りを滲ませた陛下に、今度は痩せた男が答えた。
「報告いたします。第三王子殿下が土牢に幽閉されてより610日の間、薄いパン以外に支給されたものは、何一つありませんでした。水も衣服も、です」
ざわめきが止む。司法卿の顔はもはや土気色だ。
「司法卿。陛下は幽閉をお命じになったのであり、虐待ではありません。加えて、一切の面会と差し入れを禁じた経緯もお聞かせください」
「そ、それは…」
どのみち司法卿の更迭は決まっていたらしい。誰が書いた筋書きか?王子は素早く周囲を見回したが、ペデス侯爵も王妃もこの場にいなかった。
司法卿が衛兵に連れ去られると、宰相が玉座の横に進み出て、勅書を読み上げた。
「詔す。第三王子エドヴァルド・アウグストゥス・トリスマーニャ・アロイス、六百有余日を謀反の罪にて刑に服すも、ここに讒言による冤罪であったと認む。よって剥奪されし地位と財を全て返還し、大将軍位を与う。速やかに逆賊ペデス一門を討つべし」
(!?)
王子は思わず顔を上げた。急な釈放は、侯爵の反乱が理由であった。
◆
謁見が終わり、王子は別室で改めて陛下と宰相に面会した。
「苦労をかけたなエドヴァルド」
真っ白になった息子の髪を見て、父は辛そうに言った。
「手紙も読んだ。そこまで酷い扱いであった事、余は知らなかった。すまない」
(本当ですか?知ろうとしなかったのでは?)
ふと、押さえていた恨みが首をもたげるが、近くで見る父は疲れていた。エドヴァルドに頼らねばならぬ程、状況は良くないのだ。
「…教えてください。何があったのです?」
「ノルディ将軍の残党討伐を、ペデス侯爵の弟に任せていたが、思った以上に苦戦していた。侯爵は弟を助ける為に、大将軍の地位を寄越せと言ってきた」
陛下の説明を、宰相が引き取る。
「当然、軍権の全てを渡すことはできません。断ると、侯爵は勝手に出陣してしまいました。3日前の事です。そして残党軍を一蹴すると、反旗を翻しました」
「侯爵に味方する勢力は?」
「現状は5万程かと。元々の配下に加えて、国に不満を持つ者達が呼応しています。侯爵率いる本隊はまだ北部から動かず。別働隊が、南のロッソ城をを攻めています」
宰相は机に広げた地図に戦況を示す駒を置いた。ロッソ城は大軍師の城だから暫くは陥ちないだろう。今すぐにでも反撃を開始すべきだが、国軍だけでは心許ない。
「では友好国に援軍を請おう。パルマ王国には陛下の妹君が嫁いでいる。ああ、ラビニア王国も王妃殿下の故郷だな。当然…」
と、エドヴァルドが提案すると、
「ラビニアは駄目だ」
陛下は言下に切り捨てた。暫しの沈黙の後、宰相が気まずそうに話し始めた。
「王妃とペデス侯爵は不倫関係にありました。二人が交わした恋文が、払い下げた文机の二重底から出てたのです。侯爵の筆跡で間違いありません」
どこかで聞いたような。宰相は、更に驚くべき情報を伝えた。
「王妃は自室に軟禁、カレルヴォ王子とクリスティアン王子は姿をくらましました。恐らく、侯爵と合流しています」




