10 夢か幻か
エドヴァルド率いる国軍は、まず、ロッソ城の救援に向かった。そこを守っているのは“大軍師”クリシュナ卿だ。王子にとっては師であり、無二の戦友である。
一見すると貧弱な山城だが、大軍師は巧みな軍略で守り抜いている。しかし食料が尽きかけていると聞き、王子自ら陣頭で剣を振るって、包囲軍を突破した。
「開門せよ!味方だ!」
と叫びながら賊徒らを斬りまくる。すると城門が開き、中から味方が討って出た。
「殿下!」
「おおっ!大軍師!」
王子に気づいたクリシュナ卿が馬を寄せた。早速、小言を喰らう。
「何度言ったら分かるんです?!指揮官が前線に出てはいけません!」
「そう言うお前も出ているぞ」
「非常時ですから!でも助かります!腹が減って、もう限界でした!」
思った以上に追い詰められていた。王子は深く頷き、尋ねた。
「では早く終わらせよう。敵の大将は?」
「あそこです」
大軍師は、遥か先の高台にある陣を指差す。金色の鎧が指揮官に違いない。
「よし」
箙から矢を取り、弓につがえ、王子は思い切り引いた。放たれた矢が真っ直ぐに将を射ると、クリシュナ卿は大笑いした。
「相変わらず滅茶苦茶な!だが良し!敵将討ち取ったり!」
それを聞いたロッソ城側に勝利の雄叫びが上がった。指揮官を失った賊軍は、間も無く散り散りに逃げ去った。
◆
入城した後、王子はクリシュナ卿と話し合った。初戦は勝てたが、侯爵と正面からぶつかるには、まだまだ兵が足りない。
王子は唸った。
「パルマ王国は5千を寄越すそうだ。修道騎士団3千、国軍1万5千と合わせて、2万3千。侯爵側は5万か…」
「何の、幾らでもやりようはあります。それより殿下。その髪は…」
大軍師の顔が歪む。兜を脱ぐと、白くなった髪が目立つのだ。
「…泣くな、クリシュナ。失ったのはこれだけだ。司法卿の狼狽ぶりを見せてやりたかったよ。骨と皮が現れると思いきや、ピンピンしているんだ。実に愉快だったぞ!」
「お力になれず、面目次第もございません」
「良い。皆、陛下に嘆願してくれたと、母に聞いた。それを妨げたのは王妃と司法卿、それとペデス侯爵だ。逆賊どもめ。全員まとめて下水に流してやる」
「骨も残さず消す、という意味ですか?」
「違う。なるべく殺さずに捕らえろ。投降する者は、再び陛下に忠誠を誓うなら許す」
大軍師は首を振った。
「それでは、味方が納得しません」
「命は取らぬと言うだけさ。侯爵を生きて捕らえた者に金貨千枚をやろう」
「なかなか小狡くなりましたな。金欲しさに裏切る者が出てくるでしょう」
「向こうも同じことをやるだろうよ。それから、仕方なく寄親に従っている小領主に寝返りを促す工作も始めてくれ。進んでこちらにつく者は、所領を安堵すると。…おい、クリシュナ卿。何故泣く?」
「嬉しいのです。以前の殿下は、そのような小細工は卑怯だと嫌がりましたから」
暗に、単純な猪武者だったと言われた気がして、王子は話を変えた。
「…とにかく、援軍が到着するまで会戦はしない。賊軍の力を削ぐ作戦を考えてくれ」
◆
数で勝てぬ相手には、小規模で散発的な攻撃に限る。エドヴァルドは、賊軍の拠点に繰り返し奇襲をかけた。反撃されれば引き、兵站を奪う。あるいは食料を断つ。神出鬼没の第三王子は、いつしか『白い悪魔』と呼ばれるようになった。
大軍師はその噂を上手く使った。白い付け毛の影武者を複数用意したのだ。『白い悪魔』を見ただけで逃げ出す雑兵も多く、大いに敵を幻惑した。
そのうちに、王子の切り札である修道騎士団や、パルマ王国の援軍が合流した。ゲリラ戦で戦意を挫かれ、寝返った諸侯の軍を合わせると、今や敵の総数を上回る。
「時は来た!今こそ逆賊を討つ時だ!」
大将軍エドヴァルド王子は、北伐を開始した。幽閉を解かれて3ヶ月後のことであった。
◆
宿敵ペデス侯爵との決戦は、国軍の大勝利で終わった。侯爵は逃亡、弟のヨハン・ペデスが生け捕られた。
「侯爵の捕縛も時間の問題でしょう。おめでとうございます。エドヴァルド殿」
本陣の天幕で、パルマ王国特使であるエドワード王子が祝杯を揚げた。茶色い髪と目、おっとりと優しげな風貌の男だ。多くの国に援軍を求めたが、応えてくれたのはパルマ王国のみ。ヨハン・ペデスを捕らえたのもパルマ人騎士である。
「かたじけない。この御恩は、決して忘れません。エドワード殿」
エドヴァルドは心の底から感謝した。彼らの助力無しには勝てなかったからだ。
「何の。アストリアは母の故郷、つまり貴方は私の従兄。当然です」
と穏やかに笑う従弟も、同じ第三王子。初めて会った時から他人の気がしない。二人は杯を酌み交わしながら、また会う約束をした。
「来月、私の婚礼があります。ぜひ、エドヴァルド殿に来ていただきたい」
「きっと伺いますよ。ところで、ヨハンを捕らえた者の名は?然るべき褒賞を与えます」
「何と言ったかな?後でお知らせしますね。そうだ。近く、本国から駐在大使が来るので、引き継いだら私は帰国します。兵は幾らか残しますので、残党狩りなどにお使いください」
「承知しました」
侯爵自身を捕まえたら、本当の終戦である。残党狩りを大軍師に任せ、エドヴァルドは捕虜を連れて王都に戻った。道々に佇み、軍を眺める民に歓呼の声は無い。内戦とは、実に虚しいものであった。
◆
3ヶ月ぶりの王城も静かだった。エドヴァルドは粛々と戦勝報告をすませ、自分の宮に帰ると、文官のヒューゴを呼んだ。彼に『ミナ・ウィスタリアを探しておけ』と命じて出陣したのだ。戦はもうすぐ終わる。すぐにでも迎えに行こうと、書類を片付けていると、ヒューゴが来た。
「ご報告がございます。…人払いを」
王子は頷いて小姓らを下がらせた。二人だけになると、側近は声を落として言った。
「殿下がお探しのミナ・ウィスタリアですが…そのような者は、存在しておりません」
「何?」
「王城の職員にその名は見つかりませんでした。『調度管理課』という部署も、我が国にはありません」
「そんな筈はない!」
王子は椅子を蹴倒して立ち上がった。
「ウィスタリア伯爵の娘だ!」
だがヒューゴははっきりと言った。
「過去百年を遡っても、ウィスタリアという家名は見つかりませんでした」
木刀で殴られたような衝撃。
(ミナが嘘を言っていた?)
彼は宮を飛び出し、あの土牢に駆け込んだ。
◆
何も無かった。ミナが持ち込んだ物は全て片付けられ、垂れた鎖と足枷しか無い。王子は、いつも彼女が現れる岩の向こう側に走った。そこに、II番倉庫とやらに続く洞窟がある筈なのに、
(無い!?)
ただ岩の壁が聳えるだけで、何度確かめても、無い。
次に庭に出てみたが、石窯も畑も見当たらない。枯れた草と、葉を落とした木々があるばかりだった。
(嘘だ。確かにミナはいた。ここで料理をしていた。あそこで洗濯をして…)
そうだ。イタチは。一緒に戯れていたではないか。
「イタチ!いるか?!」
大声で呼ぶと、ややあって、石塀の上から声がした。
「何?エド様」
黒づくめの密偵はひらりと飛び降りた。護衛が剣を抜きかけるのを身振りで止め、王子は訊いた。
「ミナはどこだ?」
「さあ?オレもあれから、来てないし」
王子は少しだけ安心した。少なくともイタチは存在していて、ミナを覚えている。
「ミナが何者か、知っているか?」
「え?」
「いつも、あの土牢の奥から現れていたのに、出入り口が無い。それに偽名だった」
「何言ってんの?」
「私も信じられない。ミナは…」
「妖精だろ?」
イタチは真面目な顔で遮った。
「だって、あんな制服の部署、無いよ。絶対に足音立てないし。大体、紫の目の人間なんている?エド様、マジで知らなかった?」




