11 大使令嬢
国境を越えた後、ウィスタリア親子を乗せた馬車は、沢山の天幕が並ぶ平原に寄った。大使の引き継ぎを行うためである。ミナが馬車で待っていると、兄がやってきた。出征先はここだったらしい。
兄は上機嫌だった。
「聞いてくれよ!大物を生け獲ったんだ。金貨500枚は貰えるって。凄いだろ?」
「本当に?屋敷の修繕できるじゃない!私の持参金も!」
「俺の結納金もな!」
「彼女いたの?」
「これから作る!」
馬車の中で盛り上がっていたら、父が戻ってきた。金貨500枚の話を聞いて、父も物凄く喜んだ。
「カール。その調子で、残党狩りも頑張れ!」
「任せとけ!じゃあな!」
サッパリと別れて、馬車が動き出す。ミナは一際豪華な天幕に目を留めた。
「わあー。素敵。ウチの国旗が描いてある」
「第三王子殿下が特使として来ていらっしゃる。先程、中でお会いしたよ。あー緊張した」
父の言葉にミナは引っ叩かれた。
「エ、エド様が?」
「ああ。でも、これでお帰りになる。アストリアの内乱も一応、終息したし、婚礼も近いしな」
胸の傷がドクドクと脈打つ。ミナは、首から下げた革袋を押さえた。
(立派に政務を務めていらっしゃる。凄い。頑張って。髭剃ってます?)
あっという間に天幕は見えなくなった。それから数日後、ミナと父はアストリア王国の都に着いた。
◇
何という事だろう。駐アストリア・パルマ大使公邸には、召使いが一人も居ない。
「昨今、物価上昇が激しくて。そちらの予算では、ちょっと…」
と、ウィスタリア親子を出迎えた官僚は言葉を濁して帰っていった。ガランとした建物の居間で、ミナと父は衝撃の事実に打ちのめされていた。
「1パルマ金貨=0.5アストリア金貨って、どうゆう事?!」
「物価が倍だって?どうりで皆、行きたがらない訳だ…。すまん、ミナ」
父は地の底まで落ち込みながら頭を下げたが、娘は首を振った。
「仕方ないよ。節約すれば、何とか暮らせる。私が家事をやれば良いんだし」
「それでも私の秘書とお前の侍女ぐらい要るだろう?」
「侍女は要らない」
親子で話し合った結果、『どうせ給料を払うなら、ウィスタリア領民に払いたいよね』となり、伝書鳩便を母に送って、アストリアで働いてくれる人を募ったら、多くの領民が出稼ぎに来てくれた。
◇
「お嬢。そっちは警備の詰め所でさぁ」
「あら?厨房はどっち?」
「向こうでさぁ。相変わらず方向音痴だねぇ。ははははは!」
ミナがうっかり迷っても、そこは気心の知れた同郷人、笑って流してくれる。しかし、3週間経ってもウロウロする娘を見かねて、父が全ての部屋に表札を付けてくれた。おかげで公邸の中では迷わなくなった。
料理人、下男、下女、警備員、御者、それに父の秘書などが揃い、何とか体裁が整った頃、各国の大使を招いた園遊会に招待された。ミナも母の代わりを務めなくてはならない。パルマで仕立てたドレスと、母が送ってくれた家宝のアクセサリーを身に着けて、初めて王城に行った。
「なんか、パルマのお城と似てるね」
城門から車寄せまでの感想を漏らすと、父が説明してくれた。
「元々、パルマとアストリアは一つの帝国だったんだ。双子の王子が仲良く分割統治したのが、始まりだと言われている。だから言語も文化もよく似ていて、城の作りもほぼ同じらしい。ウチの王妃殿下は、アストリア国王の妹君だぞ。つまり親戚同士なんだ」
「ふーん。宮廷マナーも同じだと良いなぁ」
「私も心配だよ。なるべく目立たずにいよう」
大使としては問題な気もするが、どうせ1年かそこらの任期だ。無難に過ごしたい。
広大な庭園には、わんさと人が集っていた。民族衣装などもチラホラ見える。ミナ達は大人しくしていたのに、なぜか次から次へと話しかけられた。
「紫の瞳なんて初めて見ました!」
と、皆さん驚いている。そう言えばウィスタリア領以外ではあまり見かけない。
「我が国では、紫の目は聖女の印なんです。握手してください!」
「はあ」
などというやり取りもあった。パルマではそんなにモテなかったのに。不思議だ。
ミナは勧められるままに酒を飲み、トイレに行きたくなった。化粧室の場所を尋ねると、お城の侍女さんが連れて行ってくれたが、用を済ませて外に出たら、侍女さんはいなかった。
(うーむ。確かこっちの方から来た気が…)
ほろ酔いのミナは記憶を頼りに会場を探した。さすが王城、広い上に案内が一切無い。長い廊下の角を何回か曲がると、庭園風の生垣があったので、そちらに行ってみた。
すると、人の声が聞こえる。訊いた方が早いと思ったミナは、生垣の隙間を通って、声の方へ向かった。
◇
「ああ!お許しください、殿下!」
若い女性の涙声に、ミナは立ち止まった。
「そんな恐ろしい事、できません!」
「つべこべ言うな!どうせお前もギロチンだ。少しは役に立ってから死ね!」
苛立つ男の声と立ち去る気配。そっと生垣の向こうを覗いたら、赤い髪の女性が座り込んでいた。ミナは思わず声をかけた。
「大丈夫ですか?」
パッと上がった顔の、青い瞳と見つめ合う。白い肌に赤い唇。素晴らしい美人だけど、お腹が大きい。つまり美人の妊婦だ。ミナは慌てて彼女を助け起こした。
「こっちに座りましょう」
「…」
アストリアの王都は冬でも暖かいが、お腹が冷えないか心配だ。近くのベンチまで手を引くと、美人妊婦は素直に座った。
「…聞いてた?」
「え?あー、少し。誰ですか?今の」
「第一王子殿下よ。逃げていたけど、秘密の通路で戻っていたみたい。第三王子殿下を殺せって言いに来たの。こんな姿で、どうやって?『ご機嫌よう。いつぞやは申し訳ございませんでした。またお近づきになれたら嬉しゅうございます』って、毒杯を渡すの?裏切り者の杯なんか飲む訳ないでしょ?!バカみたい!」
彼女は両手で顔を覆って泣き出した。ミナは黙って彼女の背をさすった。可哀想に、完全に情緒不安定だ。
察するに、
①第一王子と第三王子は仲が悪い。②第一王子は卑怯者である。③美人は過去に第三王子を裏切っている。
しかし、分からない点が多い。ミナはズバリ訊いた。
「ところで、なぜギロチンなんですか?」
「そんなの決まってるじゃない。この子は第一王子の子だもの。ああ!こんな事なら、あの時、第三王子殿下を裏切らなければ良かった!父の言う事なんか、きくんじゃなかった!!」
「と、言うことは、あなたは…」
「第一王子妃よ。今や謀反人の妻。だから軟禁されて…そう言えば、あなた誰?どうやって入ってきたの?」
マズい。エド様との出会いに似ている。脱走に協力しろとか言われたら困るので、
「通りすがりの妖精です。その、第三王子殿下に謝ったらどうですか?許してもらえれば、遠い外国で静かに暮らせるかもしれませんよ?」
と、話を逸らした。しかし美人は何度も首を振った。
「無理よ!八つ裂きにされるわ」
「でも、どうせ死ぬなら、一回だけ頑張ってみましょうよ。ダメだったら亡命すれば良いですよ」
「どこへ?」
「うーん。パルマ王国とか?物価も安いし、良い所ですから」
美人は黙って腹を撫でている。そこへ、『妃殿下ー!どちらですかー!』という声が聞こえた。
「じゃあ。さようなら」
ミナはまた、生垣の隙間に滑り込んだ。謀反だの毒殺だの。男達が欲望のままに争っているのは、どこの国も同じだ。
(アストリアの闇も深そう。くわばらくわばら)
しかし、一向に戻れないまま、更に王城の奥へと迷い込んでしまった。




