12 ミナを探して
ヒューゴは正しかった。調度管理課なる部署は存在せず、騎士団にも外務省にも、ウィスタリア姓の者はいない。あらゆる家門や組織を調べたが、藤の紋章は見つからなかった。
エドヴァルドも暇ではない。いつまでもミナの謎にかまけてはいられず、彼女が縫った着物や、着けてくれた宝飾品を専門家に託して、残党狩りに戻った。そして数週間後。ヒューゴから驚くべき報告書が送られてきた。
『この絹は、三百年前に東方で織られたものだそうです。ブローチと指輪は、帝国時代に作られたもので、値段がつかないほどの貴重品だと言われました』
王子はイタチの言葉を思い出した。
『妖精だろ?』
あるいは数百年の時を越えて出会ったのか。ミナはもう、この世にいないのだろうか。彼女の正体が知りたい…ペデス侯爵も一向にも見つからず、鬱屈した王子の周りは常にピリピリとしていた。そんな時、大軍師が提案してきた。
「殿下。兵も疲れてきました。この辺りで、戦勝祝賀会を開きましょう」
確かに、北の森林地帯はうんざりするほど広い。そこでの残党狩りは骨が折れる。
「よし。盛大にやろう」
王子が許可を出すと、兵達は大喜びで準備を始めた。
◆
翌日、戦勝祝賀会が行われた。一般兵には交代で祝杯を許し、報奨金を下賜するために、特に戦功目覚ましい者らが大天幕に集められた。
「…最後は、ヨハン・ペデスを生け取りにした者です。パルマ騎士の、えー」
名簿を見ながら大軍師が名を呼ぼうとしたら、
「はいっ!俺です!」
大声で手を挙げ、後ろから黒髪の大男が出てきた。
「カール・ウィスタリアです!」
エドヴァルドは一瞬、耳を疑った。目の前に跪く黒髪・紫の瞳の男は、ミナの兄と同じ名である。
「まさか、天然理想流の?」
髭面の騎士はニカっと笑った。
「ご存知ですか?こんな田舎剣術を。光栄です!」
「其方の父は外務官僚か?」
「はいっ!ウィスタリア伯爵です!先日、パルマ大使になりました!」
「方向音痴の妹がいるな?」
「ワオ!何でもご存知ですね!今は父とアストリアの王都にいます!」
そこでクリシュナ卿が口を挟む。
「殿下、報奨金を」
我に帰った王子は、金貨の詰まった皮袋をカールに渡した。
「ありがとうございます!」
彼は満面の笑みでそれを受け取り、仲間の元に戻った。王子は脱力し、深く息を吐いた。
(カール・ウィスタリアがいた。外交官のウィスタリア伯爵も)
パルマ人だったのか。見つからない訳だ。なぜ、アストリアの土牢と、パルマの王城が繋がっていたのだろう?とにかく、ミナは存在する。エドヴァルドは叫びたいほど嬉しかった。
翌朝、王子は再び残党狩りを大軍師に任せて、王都に戻った。
(ミナ!今度こそ捕まえてやる!)
逸る心は飛ぶ鳥のよう。エドヴァルドは護衛を振り切るような速さで、馬を飛ばしていった。
◆
王城では、ちょうど各国大使を迎えての園遊会が開かれていた。身支度を公務用に替えて、エドヴァルドは庭園に向かった。幽閉を解かれて以来、初の公式の場である。以前の姿を知る者達は、一瞬、顔を強張らせるが、初めて会う大使らは続々と握手を求めてきた。
その中に、黒髪・紫目の壮年の男がいた。
「パルマ王国大使、ミカエル・ウィスタリアと申します。以後、お見知りおきを」
「第三王子エドヴァルドだ」
伯爵は一人だった。握手をしながら素早く周囲に目を走らせても、ミナはいない。
「娘がいるそうだが?」
「今、ト…席を外しておりまして。そういえば随分遅いな。ちょっと、君。ウチの娘は?」
呼ばれた侍女は、恭しく一礼して答えた。
「化粧室までご案内しました」
「マズいな。迷ってる。殿下、失礼して、娘を探してきます。恥かしながら凄まじい方向音痴でして」
ミナと同じ目が困ったように細くなる。伯爵のカフスボタンには、藤の家紋。エドヴァルドは心底愉快になった。
「後程、ご挨拶に伺います」
「分かった」
王子は、その他の招待客らと挨拶を続けた。彼女に会ったら、何と言おうか。どれ程驚くだろう…よほど顔が緩んでいたのか、「ご機嫌麗しく」と何度も言われた。
◆
しかし、園遊会が終わる頃になっても、ウィスタリア伯爵は現れなかった。王子は、不審に思って呼びに行かせたが、戻ってきた小姓は意味不明な事を言った。
「令嬢が見つからないので、屋敷の者達と探しに行くそうです」
「王城内を探しているのか?」
「それが、公邸にお戻りになったとか…」
嫌な予感がする。エドヴァルドは軽装に着替えると、少数の護衛のみを連れて大使公邸に向かった。すると、夕暮れの中、数頭の騎馬がまさに門を出ようとしている所であった。
「ウィスタリア伯爵!」
「おお!エドヴァルド殿下!ご挨拶できず、申し訳ありませんでした」
王子に気づいた伯爵は、一旦下馬して頭を下げた。
「良い。何があった?」
「それが、娘が見当たらんのです。化粧室を出た後、どうも後宮に迷い込んだようですが。もう王城にはいないようなので、探しに行く所です」
「何故だ?城門を通っていないなら、まだ城内にいるだろう?」
伯爵は、大きな犬を連れた老人に何事か囁いた。そして老人が頷くのを見ると、信じられないような話を始めた。
「娘は“妖精の愛子”です。困った事に、一瞬で数十キロ先に行ってしまうのです。今まではウィスタリア領内に限っていたので、油断していました…大丈夫です!領民達は慣れていますので!なあ、爺?」
「はあ。血筋なんですわ。お嬢や若を探すのなんか、しょっちゅうでさぁ。お館様だって、ちっこい頃は週にいっぺんは消えて。ほんに手のかかる若君でしたわ」
もう40代であろう主人を遠慮なく評し、老人は犬の頭を撫でた。
「コイツは、もう何十ぺんも、森で迷ったお嬢を見つけたヤツなんで、きっと案内してくれまさぁ」
「…と言うわけでして。ご挨拶は、また改めて」
と、馬に乗ろうとする伯爵に、王子は咄嗟に申し出た。
「私も行く。パルマ人だけでは、関所で止められてしまう」
護衛達が何か言いたそうだったが、無視した。伯爵も『会ったばかりなのに、何故?』という顔をしている。だが土牢の秘密を明かすつもりはないので、強引に命じた。
「さあ、犬を放て!」
◆
宵闇の中、王子とウィスタリア伯爵一行は馬を走らせる。猟犬は王城の城壁に沿ってぐるりと周り、急に北に向かって走り出した。そして王都の近くの森で立ち止まった。
「ワンっ!」
崩れた墓石の一つを嗅ぎ回り、大きく鳴く。ここで犬を休ませる為、一旦小休止とした。伯爵は犬に水と褒美の肉を一切れやり、
「ここで外に出たようですね。おお、王城が見える」
と、輝く城に声を上げた。エドヴァルドは違うことを考えていた。ここは、王族しか知らぬ脱出路の出口だ。ミナが“妖精の愛子”だとして、脱出路を使うだろうか?
「何者かに拉致された可能性は無いか?」
心配を口にしたが、実の親である伯爵の方が呑気であった。
「いやー。たとえそうでも、大丈夫です」
「何を根拠に?か弱い女だろう」
「か弱くは…ありません。少し前に結婚詐欺に遭いましてね。その時はひどく落ち込んでいましたけど、基本は強い子ですから」
「待て。結婚詐欺とは?」
伯爵は、あの後のミナの様子を語った。食料を貢いで、共に逃げようと約束した囚人は釈放されたが、連絡も寄越さない。悲嘆に暮れた彼女は何日も食べず、職場で倒れた。父親が一緒にアストリアに行こうと誘ったら、『行く』と即答したそうだ。
「ミナは、女ゆえに天然理想流の免許皆伝が許されませんでした。可哀想に、そう告げられた時も泣いていましたが、すぐに立ち直りました。大丈夫です。結婚詐欺師なんぞ、今度会ったら真っ二つでしょう」
「…」
誤解だ。しかし何も言えないまま、一行はミナの捜索を再開した。




