13 家庭の事情
美人妊婦と別れた後、ミナはまた別の庭園に着いた。冬なので花は咲いていないが、洒落た彫刻で飾られた東屋がある。そこに、中年男性が座っている。金髪に水色の瞳、立派な顎鬚の貴族は、急に現れた女を見た。
「誰だ?」
鋭い声で問われ、ミナは思わず頭を下げた。
「申し訳ありません。道に迷ってしまって」
「どうやって入って来た?」
「えー、生垣の間をスルっと…」
「まあ良い。座れ」
オーラが凄い。渋い声で命じられると、なぜか従ってしまう。顔もカッコいい。誰かに似ているなぁ…ミナがぼうっと考えていると、イケオジは笑って言った。
「園遊会の客か。護衛に見つかる前に出ていくと良い」
「ありがとうございます。あのー。一つお聞きしてもよろしいですか?」
「何だ?」
ミナは先ほどの美人の話をした。夫に毒殺を命じられている点は伏せて、第三王子やらと和解できないか、と尋ねてみた。
「なぜ私に訊く?」
イケオジは愉快そうな顔で顎鬚を触った。
「いえ、何となく偉い人かなーと思いまして。で、どうでしょう?第三王子殿下、許してくれますかね?」
「さあな。その件に関しては、私も同罪だ。口添えはしてやれん」
「そうですか…」
「何故そこまで、第一王子妃に肩入れする?」
と訊かれれば、天然理想流の教えを語らねばならない。無闇に命を奪ってはならなず、罪を犯したら詫び、詫びられたら、できるだけ許さねばならない。それを聞いたイケオジは鼻で笑った。
「綺麗事だな。殺されそうでも殺してはならず、許せなくても、許すフリをしろと?」
「まあ、一応は理想を掲げる。それが天然理想流ですから。とにかく、お腹の赤ちゃんに罪はありません。それは断言できます」
「詭弁だ。第一王子が私の子でも、そうでなくても、その赤子は謀反人の血を引いている。生まれながらに罪人だ」
(え)
ミナは固まった。このイケオジは王様だ。
「今頃気づいたのか。余の顔も知らぬとは、呆れた娘だな」
「えっと。その、失礼いたしました。ところで、第一王子殿下が陛下の、その何ですか、実子でないとか、嘘ですよね?」
「本当に無礼だな。まあ良い。もう宮廷中に知れている事だ」
と言って、王様は、ご自分の妻の醜聞を語った。ミナは心底恥ずかしくなった。もっと早く社交の場に出て、噂話を仕入れておけば良かった。王様はどんなお気持ちでいらっしゃるのか。それを思うと、顔を上げられない。
「何故お前が泣く?」
「申し訳ありません…死んでお詫びしたいです…比喩ですけど」
「ハハハハ!面白い娘だな!そうだ、誰もが余に命を捧げると言うが、本当に差し出す者はいない。…いや、第三王子は違う。何度も余のために命をかけてくれた。その忠義を無惨に踏み躙っても、なお死地に赴いた。さぞ恨んでいるだろうに。王妃の裏切りは、報いだ。皆の為だ、国のためだと言いながら、常に優柔不断であった余への罰だ…」
王様は段々と、ご自分の思考に沈んでいき、最後には頭を抱えてしまった。
「あのー。若輩者が言うのも何ですが、ご家族でよく話しあってみては?」
王様はパッと顔を上げてこちらを睨んだ。
「一般人と一緒にするな」
「でも王族の方々も人間ですし。第三王子殿下は褒めてあげたら喜びますよ。きっと、お父上の為に頑張ったんです。王妃様は…うーん。分かりません。結婚した事がないので。でも、腹を割って話すのは大事だと思います」
「…」
その時、
「陛下。そろそろお時間です」
という声が聞こえた。ミナは慌てて立ち上がり、一礼した。
「お休みのところ、お邪魔いたしました」
流石に、王様に道を尋ねる訳にもいかず、そのまま元来た生垣の隙間に滑り込む。護衛とか侍従とかに会えたら訊こうと思って進んだが、誰とも会えないまま、ミナはまた別の庭に出てしまった。
◇
目の前に貴婦人がいる。大層立派なドレスを着て、木の枝に吊るした縄の輪っかに首を突っ込み、
「そこのお前。私の足を引きなさい」
と、会ったばかりのミナに命じる。
「え?嫌ですけど。そんな事したら、死んじゃいますよ?」
断ったら逆ギレされた。
「死なんとしているのだ。見れば分かるであろう!」
「落ち着いてください。多分、首吊りっていうのは、もっと高い所に縄を結んで、足台を用意するんじゃないですか?」
ミナがぼんやりとしたイメージを述べたら、貴婦人は不満げに言った。
「では、そのように準備をしなさい」
「だから嫌ですって。大体、なぜそんな事を?」
「…」
縄から首を外し、貴婦人は、力なく芝生の上に座り込んだ。お肌の手入れも完璧だし、着けてる宝石も大きい。お金持ちなのに、40そこそこで死にたいなんて。ミナも貴婦人の前にそっと座った。
貴婦人は地面を見つめて言った。
「地位も名誉も、陛下の信頼も。全てを失った。かくなる上は、死んで詫びるしかあるまい。アストリア王妃となった私が、不貞の罪で断頭台に送られるなど、我が故郷ラビニアの民がなんと思うか。考えただけでも身が震える」
なんと、件の王妃殿下であった。確か、侯爵との恋文が発見されて軟禁中の。
「…早まらないでください。全部嘘なんですよね?」
「当たり前だ!王子達は、陛下の御子に間違いない。ああ、でも恋文は本物なの。一度だけ、受け取ってしまった…」
「えー。なんで捨てなかったんですか?」
王妃様は急に泣き伏した。
「あの頃は輿入れしたばかりで、陛下ともギクシャクしていて…嬉しかったのよ!ペデス侯爵は宮廷一の美男だったし!ううっ…」
(え?)
聞き間違いだろうか?その時、後ろから若い男が現れた。
「何を考えてるんです?自害なんて、噂を肯定するような真似を」
この声は第一王子殿下だ。背は高いが、細い。長い金髪に水色の瞳は王様と同じだが、何とも暗いオーラを放っている。
「カレルヴォ!戻っていたの?クリスティアンは?」
王妃様は立ち上がると、息子に詰め寄った。
「侯爵の所に置いてきました。アイツは何の役にも立たない。さあ母上、逃げますよ」
第一王子は母に手を差し出した。
「私を助ける為に?ああ、カレルヴォ。ありがとう…」
「違います。今、母上に死なれては、ラビニアの支援が受けられない」
伸ばした王妃様の手が止まる。
「私が王になる為には、ラビニアの協力が不可欠です。母上。これは父上の陰謀だと、ラビニア王に訴えてくだい。そうすれば、必ず勝てます」
「カレルヴォ…あなた…」
「奴に毒を盛るよう、スカーレットに言い含めておきました。奴さえ殺せば、国軍など敵ではありません。侯爵が兵を集めていますから、ラビニア王国軍と合流次第、王都に攻め込みます」
王妃様は目を見開いたまま黙っている。何の感情もない声で、彼は続けた。
「早くしてください。そこの侍女一人なら連れていって良いですよ」
「無理よ。陛下を裏切るなんて…」
それを聞いた王子は声を荒げた。
「母上、最も優先すべきは何ですか?!私をアストリア王にする事でしょう?その為に、邪魔者は全て排除してきたのに、今更何です?…おい、そこの。5分やる。持てるだけの宝石を持ってこい」
急に命じられ、ミナは思わず断った。
「嫌です。そもそも、なぜ第一王子殿下は逃げたりしたんですか?どうして、陛下の実のお子さんだって抗議しなかったんですか?」
王子は険しい顔でこちらを見たが、エド様に比べれば、全然怖くない。ミナは真っ向から受け止めた。
「無礼者!侍女の分際で。手打ちにされたいか!」
「違います。通りすがりの妖精です」
「頭のおかしい女か。良いだろう、教えてやる。元々、侯爵が挙兵したら、呼応する約束だった。それが、母上の醜聞騒動で軟禁されそうになり、逃げ出す羽目になったのさ」
王妃様は真っ青な顔で息子に訊いた。
「始めから侯爵と?陛下を弑するつもりだったの?」
「時勢はどんどん変化しているんです。さあ、母上。力づくでも連れて行きますよ」
と、母親の腕を掴もうとする手を、ミナは払った。分かったのだ。王妃様は王様を愛している。逆に息子は父を愛していない。
「このっ…!」
王子は剣を抜こうとした。だがそれよりも早く、ミナの手刀が弾く。
「来い!」
ミナは天然理想流・徒手空拳の構えを取った。青ざめた王子は剣を拾うと、生垣の向こうへ走り去ってしまった。残された王妃様は、またヘナヘナと座り込み、何とも言えない空気が漂う。
「あの…余計な事でしたか?」
気まずさに耐えきれず、ミナが尋ねたら、王妃様は首を振った。
「いいえ。其方は正しい。でも、私はこれからどうしたら…」
「うーん。自殺する前に、ぜひ一度、王様に謝ってみてください。やっぱり処刑となったら、逃げれば良いと思います。亡命先はパルマがおススメですよ。物価が安いので」
王様も物凄く苦悩していたから、多分、許してもらえると思う。心の中でそう付け加えた。すると王妃様はミナに縋りついた。
「あの子を止めておくれ。父と子が殺し合うなんて、そんな酷い事は無い」
(ええーっ?)
「お願い。其方の魔法で、何とかしてカレルヴォを救っておくれ。そうしたら私は出家します。一生をかけて罪を償いましょう」
王妃様はミナを拝み始めた。乗りかけた船というやつか…仕方なく、ミナは第一王子の後を追った。要は、彼の意識を刈り取って、グルグルに縛り上げ、王様の所に連れて行けば良いのだ。よし。30分で終わる。
ミナはいつしか、地下通路に入り込んでいた。直感で枝分かれした道を選んで進み、やがて外に出た。そこは墓場みたいな気味の悪い場所であった。




