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14 逆賊と悪魔

 休憩を終え、いざ出発しようとした時、王子の前にイタチが現れた。黒装束のあちこちに木の葉がついている。全速力で走ってきた様子で、息を切らしながら言った。


「エド様!ミナがいた!」


「見たのか?どこで?」


「後宮の庭!…わぁっ!紫の目のおじさん?!誰?」


 ウィスタリア伯爵に気づいたイタチは、大袈裟に驚いた。説明する時間も惜しいと、王子は密偵に詰め寄る。


「ミナの父親だ。それで、どこへ行った?」


「ついさっきまで、王妃宮の庭にいたんだ。でも、見失っちまった。…怖っ!!睨むなよ!順番に話すから。最初、第一王子妃の庭で見かけたんだ。妃とちょっと話した後、生垣にスルーって入って、慌てて追いかけたら、次に国王の私的庭園に着いて。どうなってんの?すごい離れてるはずなのに、一瞬で着いてさ」


 イタチは一気に語った。奇妙なことに、ミナが生垣に入る度に道が現れ、あり得ない速さで宮殿の間を行き来したらしい。彼女は陛下と会った後、首を吊ろうとした王妃を止め、第一王子と諍いになったそうだ。


「それで、ミナはカレルヴォ王子の後を追ったんだけど、尾行してたオレも変な通路に入っちまって。気づいたらここにいたんだよ」


「ワンっ!」


 しきりと地面を嗅いでいた猟犬が、急に走り出した。伯爵とその部下達も慌てて馬に乗り、犬を追う。


「え?何?どこ行くの?」


「兄ちゃん、ワシの後ろに乗れやぁ」


 老人がイタチを乗せ、駆けながら“妖精の愛子”について説明している。王子は伯爵の横で尋ねた。


「どこへ向かっている?」


「分かりません。妖精は非常に意地が悪い。本人の意思とは関係なく、トラブルの前に放り出すんです。そのカレルヴォ王子とやらも、どうせ厄介な人物なんでしょう」

 

「…謀反人のペデス侯爵と手を組んでいる可能性がある。急ごう。もし、逆賊どもの前に出てしまったら、危ない」


 だが、伯爵はおかしな事を言った。


「全くです。そいつらが危ない」



          ◆



 数時間後、王子らは北の森林地帯に入った。想像通り、残党狩りをしている地域である。ちょうど国軍の駐屯地が近くにあったので、馬を替えるために寄った。


「殿下!こんな時間に、一体何事ですか?」


 篝火に照らされる天幕から、クリシュナ卿が出てきた。王子は事情を話して、伯爵を紹介した。


「こちらはパルマ大使のウィスタリア伯爵だ。共にカレルヴォ王子を追っている」


「初めまして。ミカエル・ウィスタリアです」


「これはご丁寧に。軍師を拝命しております、マイケル・クリシュナと申します」


 二人は握手を交わした。そこへカールが来た。急に現れた父親に驚いている。


「父上。何しに来たんだい?」


「ミナが消えた。多分、カレルヴォ王子やペデス侯爵と一緒だ」


「嘘だろ?」


 千切れるほど尾を振る犬を撫でながら、カールは顔を顰めた。そして大軍師の前に行って、拳を胸に当てるパルマ式の敬礼をした。


「…クリシュナ閣下!自分も妹の捜索隊に加わらせてください!」


 大軍師は大きく頷いた。


「許可する。妹君が心配だろう」


「ありがとうございます!ですが、自分は賊徒共を心配しております!」


『どういうことだ?パルマ流の冗談か?』と、皆が思った。しかしカールは大真面目に続けた。


「妹は最強ですから。早く止めないと、奴等、皆殺しです!」



          ◆



 馬を替えた後、カールを加えた捜索隊は、再び猟犬を追った。王子は酷く焦っている。逃走時、侯爵の供は僅かだった。しかし、今は多くの兵を集めているかもしれない。先ほどからミナの父も兄も、おかしな事を言うが、多少馬鹿力があったとて、あんな華奢な女が多数の兵に囲まれて無事で済む訳がない。


(早く救わねば)


 鞭を入れるのを堪えつつ駆けていると、冷たい月明かりの下、葉を落とした木々の間に何かが落ちている。


「止まれ!」


 近づいてよく見たら、甲冑姿の兵が転々と倒れていた。王子は護衛に命じて調べさせた。犬はカールが指笛を吹いて呼び戻した。


 護衛は報告した。


「死んではいません。全て気絶しています。侯爵軍のようですが、皆、兜が外れています。頭部を殴打されたように見えます」


「武装解除の上、拘束しておけ」


「承知いたしました」


 すると、ウィスタリア伯爵が王子に馬を寄せ、小声で言った。


「殿下。ここからは我々だけで行きます」


「今更何を…」


「いや、その。娘の名誉の為です」


 エドヴァルドは激怒した。そして馬に鞭を入れて駆け出した。


(そんな事があってはならない!!)


「殿下!?」


 王子の心が通じたかのように、猟犬も走り出す。その後を追って、ただひたすらに駆けた。やがて、枯葉の積もった森の奥から、激しく打ち鳴らされる剣戟の音が響いてきた。



          ◆



 そこは少し開けた場所だった。煌々と照らす月光が、10人以上の男達を照らしている。彼らは長剣や長槍を振り回し、絶叫している。


「誰か後ろに回れ!前後左右から…グウっ!!」


 一人が背後に吹っ飛ぶ。


「ジョアンがやられた!…ゴブっ!」


 別の一人が、高く宙に舞い上がる。次々と倒れる男達の間を、影のようなものが高速で動く。


(何だ?)


 エドヴァルドは馬を降りた。そして彼らに気取られぬよう、少しずつ距離を詰めた。一人、また一人と打ち倒され、残るは二人となった時、影は動きを止めた。


 

(!?)


 女が立っている。こちらに背を向けているので、顔は見えないが、長い黒髪とふんわりとしたドレス。若い女だ。


「閣下!ここは食い止めます!お逃げください!」


 と、男の片方が女に向かって行き、“閣下”と呼ばれた男は逃げ出した。しかし数歩も行かぬうちに、その背に何かが当たった。“閣下”は倒れ伏し、部下らしき男は女を斬った…ように見えたが、一瞬で背後に回った女の手刀を喰らって倒れた。


『さあ、私の勝ちだ』


 女は古代語で言った。その声を聞いて、王子は叫んだ。


「ミナ!!」


 女が振り向く。確かにミナだ。しかし紫の瞳は爛々と光り、赤い唇は狂気の笑みを浮かべている。優しい侍女の面影はまるで無い。


「ミナ、私だ!」


『今、妾はとても気分が良い。去ね。小僧』


 何かに乗っ取られている。ミナの姿をした何かは、手にした木の枝を王子に向けた。


『それとも一戦やるか?雑魚ばかりで飽き飽きした』


『…その体を返して貰いたい。私はエドヴァルド。この国の王子だ』


 悪魔か悪霊か。祓うにしても、手荒に扱いたくない。彼は古代語で語りかけた。


『エド…?ああ。思い出した。これだ』


 悪魔は、首から下げた小袋を胸元から引っ張り出し、エドヴァルドに投げて寄越した。


『来る日も来る日も、それを握りしめておったわ。いつか王子様が迎えに来ると信じてな。小僧。よくも妾の愛子を泣かせたな』


 それは、彼が贈った白い髪であった。一方的に責める悪魔に、王子は激昂した。


『ミナから出ていけ!』


 と、剣の鞘で、悪魔の持つ枝を払おうとしたが、その何倍も速く重い突きを喰らった。悪魔はせせら笑った。


『追い出してみせよ。できるものなら』


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