15 妖精の呪い
ミナはようやく、地味な馬車に乗り込もうとする第一王子に追いついた。
「見つけた!」
だがカレルヴォ王子は、
「殺せ!妖怪だ!」
と護衛風の男達に命じて、馬車で逃げてしまった。お洒落をしたミナは、一見すると無害な令嬢である。油断した男達を徒手空拳で薙ぎ倒し、その辺にいた馬に乗って王子の後を追った。
◇
そうこうするうちに日が暮れた。人っ子一人居ない森を進むうち、ミナはやっと気づいた。
(妖精に惑わされてる)
吐く息が白い。随分北に飛ばされたようだ。こういう時は下手に動かないで、爺や達が探しに来てくれるのを待つ方がいい…そこで大きなくしゃみが出た。
「クシュンッ!」
それにしても冷える。袖の長いドレスだけど、コート無しで野宿は厳しい。
寒さを凌げる場所を探していると、遠くに灯りが見えた。村があるのかと思って近づいてみたら、怪しい兵士達が囲む焚き火であった。
「ひぃーっ!!こんな所まで追いかけてきた!」
なんと、その中にカレルヴォ王子がいる。彼を捕まえても帰り道が分からないので、作戦変更、ミナは馬を降りて説得を始めた。
「殿下。王様に謝りましょう。今なら、まだ間に合いますよ」
と、笑顔で近づくが、
「自分から捕まりに行く馬鹿がいるか?!」
王子はジリジリと後退る。
「差し入れに行きます。お好きな食べ物は?」
「即ギロチンに決まってる!」
「その時は亡命しましょう。パルマとかお勧めですよ」
噛み合わない会話にキレた王子は、「このイカれた女を殺せ!」と命じた。たちまち、ミナは何十人もの兵士に囲まれてしまった。
◇
子供の頃から、気づいたら瀕死の曲者が転がっていた、という事が度々あった。いつか、本当に人を殺してしまうのではないか。家族もそれを心配して、ミナを一人にしないよう気をつけていた。だが戦闘狂の妖精は、隙あらば山賊や強盗団の前に彼女を送り込む。そして体を乗っ取り、大暴れするのだ。
兄は「大人になったら妖精は出ない」と言っていた。実際、成人後は出なかったから、安心していたのに。またしても憑依されてしまった。
(神様。どうか、目覚めたら死体の山ができていませんように…)
暗闇の中で懸命に祈っていると、エド様の声が聞こえた。
『ずっと探していた!だが見つからなかった。ミナがパルマ人だったからだ!』
(なぜ古代語?しかも何の話?)
『違う。それはパルマのエドワード王子の事だ。…やめろ!打つな!」
(ええっ?私、エド様と戦ってる?!)
そこへ、兄の声も入ってきた。
「殿下!剣を抜いて!絶対に勝てません!人間じゃない!化け物だと思って!」
酷い。
「どうやったら意識が戻る?!」
「アレです!愛する者の口付けってやつ!俺、絶対に嫌です!父上!頼みます!」
「ええっ?!嫌だよ!肋骨が折れるじゃないか!カール、お前行け!」
父上まで。酷過ぎる。
「オレは前回、両手首折りました!今度は父上の番です!」
「私は大使の仕事が…うわっ!危なっ!」
押し付け合う家族が悲しい。すると、イタチの声と、ジャラリという音がした。
「エド様!今だ!」
◇
「エド様?」
ミナは目を覚ました。黎明の空の下、信じられない程近くに、エド様の青い目がある。ぎゅっと眉間に皺を寄せ、彼女を見下ろしている。
(夢?)
「ワン!」
大喜びの犬に顔を舐められて、正気に返った。鉄鎖に両手を縛られ、エド様に押し倒されていた。
「え?犬?それとも殿下?どっち?」
兄の問いに、爺やが答えた。
「さすがに犬はありませんわ。若。ほれ、鎖を解いてあげましょうや」
鉄鎖を兄と父が外してくれたが、足が立たない。酷い筋肉痛でガクッと倒れるところを、エド様がお姫様抱っこしてくれた。
「殿下!恐れ多い!自分が運びます!」
と慌てる兄に、エド様は顎で指し示した。
「良い。それよりカール。そこに倒れているのはペデス侯爵とカレルヴォ王子だ。捕縛して、お前の手柄とするが良い」
明るくなってきた地面に、累々たる甲冑たち。それを見て、ミナは震え上がった。
「し、死んでる?」
「大丈夫だ。気絶しているだけだから」
それを聞いて、彼女は死ぬほど安堵した。
(良かった。本当に良かった…)
後から来たアストリア騎士達が怪我人を運び始め、爺や達は、第一王子の馬車を動かそうとしている。
「殿下。恐れ入りますが、ミナを馬車へ」
父に呼ばれて、エド様はお姫様抱っこのまま、ミナを運んだ。混乱していた頭も、徐々に落ち着いてきた。すると疑問が湧いてくる。
(今、『ペデス侯爵』とか言ってなかった?何で父上や兄上とエド様が一緒にいるの?)
彼女は恐る恐る、白髪の王子を見上げた。
「あのう…」
しかし、エド様は父に向かって言った。
「伯爵。王都に戻り次第、婚約の手続きを」
「は?婚約ですか?どなたの?」
「私とミナ・ウィスタリア嬢のだ。見ただろう。責任は取る」
「責任ですか?口付けの?いや、その、我が家には王子妃になれるような…」
「侯爵の報奨金が出るだろう。金貨千枚だ」
「喜んで」
父はコロっと態度を変えた。ミナの頭はまた混乱し始めた。馬車に乗せられ、毛布に包まれても、疑問だらけだ。でも皆忙しそうで、エド様も到着したアストリア軍の方へ行ってしまった。
(今のはどう言う意味?なぜ、エド様はアストリア騎士と仲良しなの?)
一人寂しく犬を撫でていたら、声をかけられた。
「おい」
開け放した馬車の前に、左腕を吊ったイタチがいる。ミナは罪悪感でいっぱいになった。
「もしかして、私?ごめんね。お詫びにイタチのパイを作るわ」
「…何なんだよ。あれ。どうやったらあの距離で攻撃できんだよ」
妖精に乗っ取られている間の事は、何一つ覚えていない。超人的な力で全てを倒すまで、攻撃を止められない…らしい。
「それにオメェ、パルマ人だろ?なんでアストリアの…」
「イタチ。そこまでにしろ」
エド様が戻ってきた。
「土牢の話は他言無用だ。それから、あの宝石はまだ持っているか?」
「うん。値が分からんって、売れなかった」
「では金貨100枚で買い戻そう。それから密偵組織からお前を買う。幾らか、ボスに訊いてこい」
イタチは目を輝かせた。
「本当に?やったぁ!エド様専属だ!」
奴が小走りに行ってしまうと、エド様は馬車に乗り込んできた。さっきと服が違う。ゆったりとしたシャツの下に、包帯が見える。まさか。
「わ、私が?骨、折れました?」
「ああ。折れたとも」
どっと溢れる涙を、エド様は優しく拭ってくれた。すごく嬉しい。でも侍女の扱いではない気がする。
「お前を探し出すのに、骨が折れた。今後が心配だな。こんな事が続いては、身がもたない」
「大丈夫でさぁ。妖精の呪いは、子供ん時しか出ねぇから」
そこに、通りがかった爺やが口を挟んだ。
「清らかなうちだけで。殿下の嫁になりゃ、治りまさぁ。早うに貰ってくだされ。こっちの身も持たんわ」
「なるほど!ハハハハハ!」
エド様と爺やは大笑いした。兄も父も笑顔だ。ウィスタリア領民もアストリア騎士達も、皆が、爽やかな顔で朝日を浴びる中、ミナだけがモヤモヤしている。
そのうち、出発の準備が整い、馬車が動き出した。ミナは思い切って尋ねた。
「あのー。そろそろ説明していただけますか?」




