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05 アホのイタチ

 家族もエド様も、両方生かしたい。その為の道を話し合おうとしたのに、ティーカップを投げつけられた。正直、心が折れた。それでも今日中にもう一度話したくて、ミナは『暗くなってから害獣の出入り口を探る』という名目で、残業を申し出た。


 課長は心配そうな顔で鍵を渡してくれた。


『本当に無理しないでね?怪我したら大変だから』


 良心がシクシク痛んだ。だが土牢に着いた途端、エド様の危機だったのである。咄嗟に木刀で曲者を打ったら、思いっきり後頭部に当たってしまった。



          ◇



 動転したミナは木刀を放り出した。


「嘘!本当に死んだ?ど、どうしよう?」


「死んではいない。気を失っているだけだ。ミナ、縄を」


 エド様が冷静に命じるので、II番倉庫にすっ飛んで行き、縄を持ってきた。エド様はそれで曲者をぐるぐる巻きに縛り上げた。ランプを灯してよく見ると、黒髪で、濃い色の肌をした若い男だった。


「暗殺者…ですよね?」


「まさか、殺すなと言う気か?」


「えーっと…事情くらい聞きませんか?」


 無抵抗の者を殺すのは、できれば避けたい。ミナがそれとなく匂わせてみたら、意外や意外、エド様は頷いて、


「よし。尋問しよう」


 と、水差しの中身を男の顔にぶっ掛けた。男の黒い目がパッと開いて、驚いたように瞬きした。エド様は長ナイフの切先をその顔に突きつける。


「誰の差し金だ?」


「知らねーよ。オレのボスに訊いてくれ」


「では死ね」


「わーっ!!エド様待って!交代!」


 ミナは慌てて割り込んだ。全然尋問になっていない。短気で怒りん坊の王子様は、不満そうな顔で身を引いた。次は優秀な侍女の番である。彼女は倒れていたテーブルを起こし、紙とペンを用意すると、椅子に座って背筋を伸ばした。


「では。尋問を開始いたします。お名前は?」


「言うか。アホ」


「イウカ・アホさんですね。何歳ですか?」


「…」


 アホ氏は急に黙った。ミナは見た目年齢を書き加えた。


「25歳ぐらい?アホさんの所属団体の名称を教えてください」


「マジで?」


「任務に失敗した場合、『暗殺組織マジデ』は、アホさんにどんな罰を与えますか?」


「減俸かな。依頼人に金返すから。何?助けてくれんの?優しいね、美人のお姉ちゃん」


 殺しも拷問も無いと思ったのか、アホ氏はヘラヘラ笑い始めた。甘い。


「…質問は以上です。これは、エド様に暗殺者が向けられた事実を記録するものですが、余りに非協力的な態度だったので、結論を申し上げると、今からアホさんを下水に流します」


「嘘だろ?!」


「本当です。両手足を縛られているので、溺死するかもしれないし、一流の暗殺者であれば助かるかもしれません。確実なのは、アホさんが『城中の糞便を飲みながら悶え苦しむ』という事です」


 ミナは暴れるアホをトイレの穴まで引き摺って行った。頭を穴に突っ込もうとした時、アホが叫んだ。


「待って!待ってお願い!何でも言います!」



          ◇



「イタチって呼んでくれ。本業は密偵だよ」


 アホは下水の刑怖さにペラペラ喋り始めた。ここで再びエド様と交代する。


「依頼人は誰だ?」


「多分、ヨハン・ペデス。最近、北の方が騒がしいから」


 何のことかサッパリ分からない。ミナが目で訴えると、エド様は説明してくれた。


「ペデス侯爵の弟だ。北部にある、ノルディ元将軍の領地を任されている」


「それとエド様にアホを送るのと、どんな関係があるんですか?」


 床に転がるイタチが噛みついた。


「アホって言うな!ノルディ家の残党が決起しそうなんだよ。まだ8つかそこらの嫡子を立ててな。そいつらに第三王子を奪われたくないんだろ」


「え?そもそも何とか将軍を討ったの、エド様ですよね。なぜ残党が仇を欲しがるんです?」


「王を引きずり降ろして、幽閉されてるエドヴァルド殿下をお救いして、共に新しい国を作りましょーって話だよ。今の政府に不満がある奴らとか、第三王子派とかが味方するっしょ」


 つまり、ノルディ家はエド様を錦の御旗に反乱を起こしたい。そうなっては困るペデス家が、エド様に刺客を放った、と。ミナの中で、侯爵の好感度が急激に下がった。会ったこともないけど。


「陛下は如何におわす?」


 エド様は椅子に座って、イタチに訊いた。少し寂しそうな声だ。


「ペデス侯爵を抑えつつ、絶妙なバランスを取ってるよ。いつまで保つのやら」


「そうか…」


 エド様は大きな宝石のブローチを外し、イタチの顔の前に放った。


「何?くれんの?」


「情報代だ。ミナ、逃してやれ」


 II番倉庫で見つけた、一番素敵な宝飾品だったのに…ミナは渋々、暗殺者の縄を解いた。そしてエド様に聞こえない小さな声で脅しておいた。


「次は下水に流す。覚悟しなさい」


「けっ!二度と来るか!」


 イタチは捨て台詞を吐いてから、外に出て行った。



          ◇



 土牢に静けさが戻った。エド様は考え込んでいる。ミナは割れた茶器を片付けた。そして外の石窯で湯を沸かしてお茶を淹れ、残りのパンと燻製でサンドイッチを作った。


「お夕食です。召し上がって下さい」


 とエド様に声をかけてから、倉庫に行った。ランプを点けてあちこち探したら、鎖と南京錠と、その鍵が見つかった。土牢に戻り、改めて格子戸を確認すると、内側から施錠できた。


「入り口、開けっぱなしで不用心でしたね。今夜から鍵をかけます」


「そうか」


 珍しく上の空のエド様に、ミナは、言おうと思っていた言葉を飲み込んだ。


(ペデス侯爵はクズだ。そいつと和解しろとか言っちゃった…)


 何も知らない田舎者が。落ち込んでいたら、エド様がこちらを見た。


「どうした?」


「…侯爵閣下を、どうやって下水に流そうかなーっと。残党も、敵討ちじゃないんかい。結局、どいつもこいつも自分の欲得だけ。アホのイタチだって、ありがとうも言わないでブローチ持って行ったし。エド様の瞳色の宝石だったのに!…すいません。なんか、考えがまとまりません。今日は帰ります。おやすみなさいませ」


「…おやすみ」


 エド様は穏やかに挨拶してくれた。何となく笑いを堪えているような気がして、ミナは幾分心が軽くなった。


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