03 土牢の食糧事情
土牢に通い始めて三日目の朝。ミナはふと思った。
(エド様のご飯って、どうなってるの?)
食事が差し入れられた形跡が無かった。仙人みたいな姿だけど、まさか霞を食べてる訳じゃないだろう。昨日だって、リンゴを食べていたし。
①どこかに隠し扉があって、朝か夜に届く(ミナがいない時に食べてた?)
②月に一度の尋問の時に、まとめて届く(食べ切ったらおしまい?)
③土牢にキノコが生える(今は採り尽くしている?)
などが考えられるが、③は無い。少し痩せ気味だけど、良い体をしているから。訊いた方が早い、と思ったので、ミナは出勤前に土牢に寄った。
岩の壁を曲がろうとした時、エド様じゃない人の声が聞こえた。
「メシだ」
(?)
恐る恐る覗くと、エド様が薄っぺらいパンを拾っていた。椅子に座ってそれを食べ始める。何しろペラペラなので、すぐに食べ終わってしまう。それからリンゴを齧って、芯をトイレに放り込んだ。
(それだけ?!)
衝撃の少なさ。ミナだって、あの何倍も食べる。ましてや体格の良い男性だ。絶対足りない。
エド様はテーブルに落ちたパン屑を、格子戸の前に撒いた。すると、スズメが1羽、土牢に入ってきた。
次の瞬間、スズメはエド様の手の中にいた。トイレの穴の上で羽を毟って皮を剥き、肛門から内臓を押し出す。頭と脚を千切り取ると、そのまま一口で食べてしまった。
(!!)
ミナは口を押さえた。実家でも野鳥を食べるけれど、さすがに火を通す。スズメでもバッタでもトカゲでも何でも食べて、エド様は生き延びてきたのだ。メチャクチャ凄い人だ。ぜひ、国政に復帰してほしい。合法的に。
音を立てないように倉庫に戻り、弓矢を探したら、あった。それと鎌を持って、ミナは再び土牢に向かった。
◇
「おはようございます、エド様。はい、どうぞ」
眉間に縦皺を寄せるエド様に、ミナは弓を渡した。替えの弓弦と矢10本も添える。
「いきなり何だ」
「あそこの草を刈って、ドングリを撒いておきます。そのうち山鳥が来ます。『ウッヒョー!ドングリやんけ!美味ー!』とか食べてるヤツを、サクッと射っちゃってください。沢山獲れたら燻製にしますから。昼までに最低でも1羽、お願いしますね」
「…」
「大丈夫です。結構いそうな感じでした。弓、できませんか?」
「阿呆!できるに決まってるだろ!」
怒ってるけど、いそいそと弓の張り具合とか確認してるので、ミナは安心して職場に向かった。
◇
午前中は通常業務、午後は課長の許可を得て、II番倉庫の害獣駆除及び清掃に当たる。“ネズミ”と言っておけば誰も近寄らない。ミナは解体と燻製に必要な道具を見つけ出すと、それを持って土牢に行った。
エド様はきちんと椅子に座ってリンゴを齧っていた。弓が岩壁に立て掛けてあるが、矢が無い。
「獲れました?」
と訊いたら、エド様は得意気に外を見た。短く刈った草の上に、矢が刺さった山鳥7羽、山鳩3羽が落ちている。10本全て命中だ。
「お上手~!じゃあ、やりますか」
ミナは外で獲物の処理を始めた。山鳥の尾羽だけは取っておいて、羽を毟り、内臓を肛門から引き出す。頭と足は切り落とし、胸・手羽・モモ・ガラに切り分け、水で洗う。それからブスブスとフォークで肉を刺してから、塩やスパイス類(倉庫にあった。加熱すれば問題ない)をまぶして、寝かせる。
その間にエド様の洗濯物を洗って干す。良い天気だから数時間で乾くだろう。床を掃いて、茶器や食器を泉で洗い、水差しの水を交換する。リンゴも食べ尽くしそうなので補充。エド様には矢の手入れをお願いした。
1時間後。本当は一晩寝かせた方が美味しいけど、とりあえず、夕食分を燻し始めた。
「今日は山鳥1羽だけにしましょう。残りは明日」
燃料の枯れ枝を拾い集めてから、石を組んで即席の竈を作り、その上に大鍋を置く。砕いたリンゴの枝を中に入れ、上に金網を置いて、水気を拭いた肉を並べる。竈に火をつけて煙が出てきたら蓋をする。
1、2時間はかかるので、エド様と食料調達について話し合う事にした。
◇
「エド様。正直に仰ってください。ご飯、足りてないですよね?」
「…」
むうっと不機嫌なオーラが漂う。
「仮に脱走できたとして。逃げ切れますか? 筋肉落ちまくってますよね?」
「無礼な。鍛錬はしている」
「食べないで動いたら痩せちゃうでしょうが。肉は良いとして、パンや乳製品は買うしかありません。が、ここで問題があります」
「何だ?」
「お金です。売店で買うとなると、どうしても現金が要ります。でも倉庫の物は換金できません。従業員は出入城の際に、厳重な手荷物検査を受けますから」
エド様の目が『それくらい立て替えろよ』と言っている。仕方なく、ミナは実家の懐事情を話した。
王都から馬車を乗り継いで2週間。超ど田舎のウィスタリア領は、非常に痩せた土地で、国への納税が精一杯だ。貴族とは名ばかり、父は下っ端官僚として、兄は騎士になって稼いでいる。ミナも侍女を目指して王都に来たが、広すぎる城に挫折、今に至る。ちなみに領地は母が守っている。王都に家を構えるとか、代官を雇う余裕が無いから。
「私の手取りから寮費と積み立て金を差し引くと、銀貨5枚も残らないんです」
「積み立て?何の為に?」
「持参金ですよ!私の!すいませんね!裕福な家のご令嬢じゃないんで!」
ミナが逆ギレすると、反対にエド様は愉快そうに笑った。
「そんなもの、ここを出たら払ってやる。伯爵家に見合う相手も探してやろう」
「失敗したら謀反人確定じゃないですか…。とにかく、エド様の健康を取り戻すのが先です。パンを買うお金を稼いでください。これで」
と言って、ミナは持ってきた包みをテーブルに置いた。
「これは?」
「書陵部から預かっている古書です。研究員に『解読にめっちゃ時間がかかるから、とりあえず仕舞っといて』って言われました」
エド様はパラパラと流し読んだ。
「どうです?」
「読める。この程度も読めないのか。書陵部とやらは」
「うわー。上から目線。では、訳して研究員に売りましょう。きっと喜びますよ」
紙とペン、インクを用意すると、エド様は早速翻訳に取り掛かった。その後、あっさり塩ハーブ味の燻製が出来たので、夕食にする。
「山鳥の燻製・ノビル添えでございます」
「草だ…」
「山菜です。どれ、私も味見を…わあ!硬っ!」
「確かに硬いな。でも美味い」
しみじみと味わう様に食べてくれたので、ミナの頬は緩んだ。食後のお茶を淹れてから、洗濯物を取り込んだ所で、終業時間だ。残りの肉は土牢の隅に置かせてもらって、エド様にご挨拶して帰った。
職場の流しで、血まみれになったエプロンを洗っていると、
「お疲れ様。それ何?」
課長が山鳥の尾羽を指差す。
「あー。倉庫の屋根裏に穴が開いてたんです。鳥とイタチが格闘したみたいで。大丈夫です。穴は埋めておきました」
適当な話をすると、課長はホッとした顔で『よかった~』と言った。良心が痛むので、山鳥の尾を献上する事にした。
「どうぞ。消毒したので綺麗ですよ。奥様の帽子とかに着けたら素敵だと思います」
「ありがとう!」
大喜びで愛妻家は去った。その後ろ姿を見たら、良心の痛みはすっかり消えた。
◇
ミナは翌日も新たな獲物を捌いたり、燻製を作ったりした。エド様はせっせと翻訳をして、三日ほどで1冊訳し終えた。それを書陵部(調度管理課の隣。迷わない)の研究員に渡したら、泣いて喜ばれた。予算を削られそうで、目にみえる実績が欲しいんだそうな。
「その、古代語が趣味って人に頼んでよ。何冊でも良いから訳してって」
と言って、何と小金貨を5枚もくれた。ミナの週給を越える。ちょっと悔しいが、知識階級の底力を感じた。エド様、凄い。
そのお金で、売店(調度管理課の目の前。迷わない)で売られているパンやチーズ、ミルクなどを買って、土牢に届けてから出勤するようになった。
◇
2週間が経った。燻製肉も切らさないし、エド様の食生活は劇的に改善したはず。なのに、湯浴みの時に見るお体は、あまり改善していない。
(運動が足りない?)
そう思ったミナは、休日に兄を訪ねた。騎士団の兵舎も、調度管理課を出て、2回曲がるだけなので迷わない。久しぶりに会った兄は髭を伸ばしていた。談話室の椅子に座るなり、妹は指摘した。
「何その髭。全然似合わない」
「童顔は舐められんだよ。ある程度出世するまで伸ばそうと思ってさ。で、用事って何?」
「木刀貸して。持って来たでしょ?」
故郷の剣術・天然理想流は特殊な木刀を使う。妹はそれを要求した。
「良いよ。ちょっと待ってな。おーい!俺の部屋から木刀持って来てくれ」
兄は騎士見習いの少年を捕まえて、用事を頼んだ。そして急に真顔になった。
「時に妹よ。お前、毎朝、食い物を買ってるそうだな」
「え?」
「噂になってるぞ。黒髪紫目の大喰らいの娘がいるって」
ガーン。衝撃で固まっていると、兄が心配そうに言った。
「妊娠か?彼氏でもできたのか?」
「嫌味?!そんならとっくに寿退職してるわ!」
「だよな。まあ、彼氏できたら紹介しろや。おお、ありがとう。ほら、ミナ」
兄は見習い君から木刀を受け取り、妹に渡した。少年は顔を赤らめてミナを見た。髭面だらけでむさ苦しい中、スベスベな頬が可愛い。そうだ。エド様も髭を剃ったら可愛いかもしれない。
「あと、髭剃りも貸してよ。要らないんでしょ?」
ついでに頼んだら、兄はまた「やっぱ彼氏かー?ヒューヒュー」とミナを揶揄い、やはり見習い君に取りに行かせる。待つ間、ミナは少し探ってみた。
「第三王子殿下っているでしょ?今どうしてるか知ってる?」
兄は髭?顎?を触って首を傾げた。
「さあ。王族の事なんて知らないよ。いや、待てよ。王子の誰かが療養中だって聞いたな。確かエドなんちゃらって名前の」
「そうそう。エド様」
「何?会ったことあんの?速攻、侍女辞めさせられたのに?」
「余計なお世話よ。エド様、病気なの?」
「詳しくは知らない。父上に聞けよ。一応、外務官僚なんだから」
超下っ端のね。そこへ見習い君が戻ってきたので、髭剃りを受け取ると、兄に別れを告げた。
(やっぱり、幽閉されてるのは秘密なんだ。うーん。脱獄して、その後どうする?『大陸暦17XX年、エドヴァルド王子の乱』とかで終わらない?我が家、滅亡確定だよね?どうしよう…)
木刀と髭剃りを手に、ミナは苦悩しながら土牢に向かった。




