番外編・友達作ろう作戦06 誕生日を祝おう(終話)
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ミナ・ウィスタリアは生きている。運の良い女。次こそは確実に殺ってやる。ベルが女狐の予定を調べていると、王城から招待状が来た。何と、エドヴァルド殿下が直々に開くお茶会に誘われたのだ。
『先日の騒動で迷惑をかけた。そのお詫びに』と言う主旨だ。友人達も誘われたらしい。
(これはお近づきになるチャンス!)
喜んだベルは、当日、入念に身支度を整えて王城に向かった。馬車は城門を通って、王太子宮へと向かう。それ程早く到着した訳でもないのに、会場にはジュリアナとマハしかいなかった。
「ご機嫌よう。他の方達はまだかしらぁ?」
ベルがふんわりと声をかけると、色気で勝負のジュリアナが真っ赤な唇で答える。
「ええ。それにしても、寂しい部屋ね」
「殿方のお住まいなんて、こんなものじゃない?」
と、マハは鬱陶しいほどのフリルで愛嬌を振り撒く。二人とも相当気合いが入っているようだ。だが、ジュリアナの言う通り、会議室みたいに殺風景な部屋だ。長テーブルに簡素な椅子が並び、花を生けた花瓶も無い。少し不安になった時、ドアが開いた。
「待たせたな」
エドヴァルド王子が颯爽と入ってくる。3人は優雅に貴婦人の礼をした。
「王太子殿下。本日は、ご招待ありがとうございます」
声を揃えて挨拶をしたのに、殿下は令嬢達の前を通り過ぎ、奥の椅子に座った。そして1通の封筒を取り出した。
「ラージャ嬢。これに見覚えは?」
気づくと、背後に厳つい騎士がずらりと並んで、ドアを塞いでいる。マハは青い顔で首を振った。
「ありません」
「おかしいな。確かにラージャ嬢から受け取ったと、入院中の男が言っていたぞ。ああ、奴は地方の病院で強盗に襲われた所を、保護した。ついでに強盗も捕縛済みだ」
殿下は氷のように冷たい声で続けた。
「この手紙にはこう書いてある。『侍女についていけば、裸の淫乱が貴方を待っている。好きなようにして良い』…何か言いたい事は?」
「…」
マハは真っ白な顔で扇を握り締めていた。
ベルは気づいた。これは尋問、いや断罪の場だ。王太子は全てを調べ上げた上で、ミナ・ウィスタリアを嵌めた犯人を裁こうとしている。だが、こちらの証拠は無いはず。仲介人に顔も見せていない上、何の書類も残していない。マハとジュリアナが自白したって、言い逃れはできる。
だから、王太子が伝書鳩に着けた密書を見せても、眉一つ動かさなかった。
(大丈夫。わざと崩して書いたんだから)
「ファーレ嬢。この手紙に見覚えは?」
先程と同じ問いに、ベルは落ち着いて答えた。
「ございません」
「これには、狩猟大会当日のミナの服装と、救護所にいるという情報が書かれている。そしてテロリストの探索中、暗殺者を捕えた。拷問の結果、暗殺者はこの伝書鳩を待っていたと判明したが、ファーレ嬢が放ったのでは?」
「いいえ。私だという証拠がありますの?」
「いつもの舌足らずな口調はどうした?…タロをこれへ」
ドアから犬を連れた男が入ってきた。王太子は犬の鼻先に密書を近づける。ベルは、その時初めて、彼が手袋をしているのに気づいた。
「タロ。これを書いた者を教えてくれ」
犬は真っ直ぐにベルへと向かい、激しく吠えた。地獄の番犬が告げる有罪宣告の中、王太子は立ち上がる。1人、断罪を逃れたジュリアナが、その脚にすがりついた。
「わ、私は何もしていません!この人達に騙されていたんです!」
「だが全てを知っていた。ラージャ家の使用人が白状したぞ。3人で密談を重ねていたとな。離せ、穢らわしい!」
「ヒィっ!」
ジュリアナは蹴り飛ばされた。続々と入ってきた監察部の男達が、3人の女を縄で縛り上げる。
「監獄か修道院か。好きな方を選べ」
冷たく言い放ち、王太子は出て行った。彼女達の野望が、泡となって消えた瞬間であった。
◇
ミナが知らぬ間に、ジュリアナ嬢、マハ嬢、ベル嬢の3人は修道院に入ってしまった。イタチによると、色々と悪事を計画していたらしい。そこはかとなく敵意を感じてはいたが、後宮にライバルは付き物、ぐらいに考えていた。
なので、側妃計画は白紙に戻った。ミナは計画を見直そうと、以前書き出した紙を探したが、見つからない。確かに引き出しに入れたのに…王太子宮の私室でガサゴソ探していたら、
「これを探してるのか?」
後ろから、丸めた紙で頭を叩れた。文机に座っていたミナは振り向いた。
「政治学の宿題なんです。返してください」
「これのどこが政治学なんだ?」
エド様は文机の上に紙を広げ、立ったままペンを取る。そして『側妃を迎える(セクシー系、愛嬌系、癒し系等)』の部分を、2本線で消すと、『娘を女王にする』と書き加えた。ミナはびっくりした。
「良いんですか?」
「もちろん。過去には何人も女王がいたんだから。反対する者がいたら…」
「いたら?」
ちょっとドキドキしながら訊いたら、エド様は真顔で言った。
「下水に流す」
「いきなり?一回は説得しましょうよ。それでダメなら、仕方ないですね」
「ハハハハハ!」
大笑いされた。なら、他の方法で王権を支えなくては。宮廷中の人をミナ派にしよう。いや、全国民だ。ミナは『新・エド様を支える計画』を書き出した。
①全国民に結婚祝い金を贈る。
②全国民に出産祝い金を贈る。
③エド様の誕生日を国民の休日とする。
「うーん。メチャクチャお金が要りますね。そうだ!あの遺跡の地下室にあった、帝国時代の武器を売りましょう!凄い価値があるんですよね?」
確か、ミナ達の話を聞いたエド様が調査を命じていたはず。だがエド様は首を振った。
「ヒューゴの報告では、何も見つからなかったそうだ」
「えーっ?!それって…」
ミナは絶句した。二人はしばらく黙っていたが、エド様が計画表を眺めながら言った。
「国民の為を思うなら、孤児院や救済院に金を使うべきでは?」
「それは各領主にお任せします。一般国民は、お祝い金とか休日の方が絶対に嬉しいです」
「…」
「あ、もしかして王都はエド様の管轄なんですか?難民とか浮浪児とか、沢山います?私、ちょっと行って、見てきますね。お風呂屋さんを貸し切って、古着屋さんから服を買って、炊き出しするくらいなら、山分けしたお金で足りますし」
「その後はどうする。彼らを養い続けるのか?」
「まさか。働いてもらいます。まずは、身なりを整えて満腹にならないと。でも、これも計画の一部ですからね。全国民に『アストリアに生まれて良かった』と思わせて、『これも全部エド様のおかげ』って洗脳するんです!オホホホホ!私、天才ですね!」
ミナは高笑いをした。
「自分で言うな。でも、生まれて良かったと思える国か…」
「あ。待ってください。新婚夫婦1組、赤ちゃん1人に金貨1枚支給として、アストリアの人口が約2000万人だから、毎年1パーセントが結婚すると10万枚、出生率18パーセントで360万枚…。ウヒャー!!無理かもっ!」
試算に驚愕していたら、エド様はミナの頭をポンポンと撫でた。
「大丈夫。イタチから買い戻したブローチを、パルマ王国に売却する予定だ。金貨500万枚でな。王冠に使いたいらしい」
「王冠ですか?」
「あと数年以内に、エドワード殿が即位するんだ。知らなかったのか?」
「本当に?!わーい!」
ミナは喜びのあまり、エド様に抱きついた。しかし渋い顔をされてしまった。
「エドワード殿が王になるのが、そんなに嬉しいのか?」
「違いますよ。金貨500万枚が嬉しいんです。ふっふっふ。全国民をエド様の支持者にして、絶対に、謀反も革命も起こさせませんよ!私は悪女なので!」
自信満々に言ったら、美しい青い瞳が大きく見開かれた。そして、
「そんなに気前の良い悪女がいるか。阿呆」
と言って、エド様はミナの頬に口付けた。目眩と動悸の嵐で倒れそう。彼女は婚約者に抗議した。
「もう!自重してくださいってば!」
「ほう?貞淑な悪女だな」
「悪女にも色々あるんです!」
数日後、エド様はミナの提案を稟議書にして、王様に提出してくれた。結果は重臣会議にかけた後になるが、もし採用されたら、王太子夫妻の初めての共同事業となる。側妃探しなんかより、ずっと良い。楽しみに結果を待ちながら、ミナはエド様の誕生日パーティーの準備に取りかかった。
◇
秋も深まった頃、エド様は27歳になった。この日、ミナは、下賜されたお金で、王城の全ての職員にご馳走を振舞った。主菜をステーキにして、デザートにケーキを付けたぐらいだが、皆さん大喜びで、『王太子殿下に乾杯!』と盛り上がっていたそうだ。シェフやパティシエに頼み込んだ甲斐がある。
◇
夜は盛大な舞踏会である。大広間のシャンデリアに火が灯され、アストリアのほぼ全貴族が集った。ミナが用意したエド様の衣装は注目の的だった。スラリと均整の取れた身体を包む夜会服は、青と紫のグラデーション。緻密な銀の刺繍が美貌を引き立たせている。ミナのドレスは同じ色味だが、主役を引き立てるよう、控えめな刺繍にした。
乾杯が済むと、王様、王妃様と並んで、エド様とミナも招待客の挨拶を受けた。
「王太子殿下。誕生日、おめでとうございます」
クリシュナ伯爵一家が来た。兄はいつの間にかチェルシー嬢と婚約していて、ちゃっかり混ざっている。そして傍目にも分かるくらい、デレている。扇の陰で、妹は兄に釘を刺した。
「打ち合わせ通り、中盤でアレやるからね。チェルシー嬢と消えないでよ」
「分かってるって」
何が欲しいかと尋ねても、エド様は『要らない』と言う。そこでミナは特別なプレゼントを用意したのだ。
音楽が始まると、若い男女が続々と踊り出す。エド様とミナはそれぞれの知人と挨拶したり、喋ったりして会場を回った。そしてパーティーも中盤に差し掛かる頃、音楽が一旦止まった。
人々がザワザワとする中、アナウンスが入る。
「紳士淑女の皆様!ご注目ください!」
ミナは兄と目配せをして、ホールの中央に進み出た。
「エドヴァルド殿下に捧げるダンスです!自信のある方はご一緒にどうぞ!」
ウィスタリア兄妹は『超高速アストリア・ワルツ』を披露した。嫌がる宮廷楽団に頼みこみ、実現させたのだ。音楽はどんどん速くなる。最後は、ラージャ家の舞踏会を上回る真剣勝負になったが、事前に稽古していたので、互いの攻撃が掠ることは無かった。
「ヴラヴォー!!!」
踊り終えるや、怒涛の拍手喝采が湧き起こる。決まった。完璧な余興だった。ミナは兄のエスコートで、エド様の元に戻った。そして得意げに訊いた。
「どうでした?」
エド様は口を押さえていたが、堪えきれずに大笑いした。
「ハハハハハ!何だ今のは?!人間業とは思えない!」
そこへクリシュナ伯爵が怖い顔でやって来た。
「カール。ちょっと来なさい。今の格闘技を説明してもらおう」
と言って、兄を軍人たちの輪に連れて行ってしまう。ミナも王様に手招きされた。
「ミナ。王太子妃たる者…」
「凄かったわ、ミナちゃん!カール君と息ピッタリで!陛下も見とれていたわよ!!」
お叱りの言葉を、横から王妃様が被せてくださった。
「これから速いダンスが流行るわね。流行を作るのも私たちの仕事よ〜」
「ありがとうございます。でも、少し下品だったかもしれません。以後、気をつけます」
ミナは一応、謝った。王様は苦い顔で頷いた。御前を下がって戻ると、エド様はまだ笑っている。何がツボにハマったのか、さっぱり分からない。
「そんなに変ですか?」
「とんでもない!素晴らしい試合…いや、ダンスだった。殺気に満ちた顔と、音楽が全く合っていなくて…ダメだ。笑いが止まらない」
「お気に召しませんでした?」
王妃様やお客様には大好評だったのに。ミナはがっかりした。だが、エド様は彼女の手を取って、ホールの中央へと引いた。
「気に入ったどころじゃない!さあ、私にも教えてくれ!」
「いや、でも、楽団の皆さんが…」
楽団の方を見たら、指揮者が青い顔で首をブンブン振って、『今夜はもう無理』と言っている。仕方なく、二人は普通のアストリア・ワルツを踊った。エド様は残念そうだったが、余興は楽しんでいただけたようなので、ミナは満足した。
◆
エドヴァルドは初めてダンスが楽しいと思った。あの手合わせのようなワルツを踊れなくて残念だ…そこで、ふと思い出した。
(ミナが、王宮の保管庫にある絵を移したがっていたな)
スカーレットと王子が踊る絵だ。それを『エド様の目に触れないようにしたい』と、母に頼んだらしい。誰かがわざと教えたに違いない。腹が立った王子は、踊りながら小さな声で言った。
「ミナ。あの絵、捨てて良いぞ。切り刻んで下水に流せ」
しかし、ミナは悲しげな顔で首を振った。
「そんな。可哀想です」
「あんな毒婦のどこが…」
「違います。画家の人が可哀想ですよ。一生懸命描いたのに。返還しましょうよ」
王子はつまずきそうになった。ミナの思考は本当に読めない。誰にでも優しい訳ではなさそうだが…「好きにしろ」と答えると、
「じゃあ、その人に、エド様の肖像画を頼んで良いですか?」
紫の瞳が煌めいた。またしても面食らっていたら、彼女は頬を膨らませた。
「金髪時代のしか無くて、ずっと不満だったんです。今の方が何倍も格好良いのに!」
そこへ、カールとクリシュナ嬢の二人が隣に来た。
「嘘つけ。本当は、自分で描いた絵が酷過ぎただけだろ」
ミナの兄は婚約者をリードしつつ、暴露した。
「殿下、我が妹は、絵が壊滅的に下手なんです。なのに、無謀にも殿下の肖像画に挑戦し…痛っ!!」
すれ違いざま、ミナの肘鉄が彼の脇腹に入る。速すぎて、クリシュナ嬢には見えなかったようだが、エドヴァルドは確かに見た。カールは悶絶しながらも堪えた。
「カール様?」
「だ、大丈夫。少し休もうか…」
二人が踊りの輪から去ると、王子は笑い出した。
「どんな絵なんだ?見せてくれ!」
「嫌です!あれは失敗しちゃっただけで、下水に流します!」
慌てふためくミナが可愛らしい。王子は彼女の腰を持ち上げて、クルクルと回転した。もうステップなど無視だ。
「ダメだ。お前のものは、全て私のものなんだ」
「きゃーっ!暴君!暴政はんたーい!」
「やかましい。ほら、次の曲が始まったぞ」
王子とミナは言い争いながら、踊り続けた。最高に愉快な誕生日であった。
(終)




