番外編・友達作ろう作戦05 約束をしよう
ミナはエド様を襲う不届者を倒すと、すぐさま棍棒を手に取った。既にイタチとオコジョは下の階に下りて、敵の隠密と交戦している。不安そうな王妃様とチェルシー嬢を励ます為、ミナは笑顔で言った。
「大丈夫です。エド様が来てくれました。外の敵は間も無く鎮圧されるでしょう。後は、中に入ってきた敵をやっつければ良いんです」
「あ、あと少しよね!」
王妃様は震える声で言った。チェルシー嬢と二人で健闘してくれた。“鉄はう”を使い切ったのだ。お陰で射手は随分と助かった。でも身も心も限界に近い。この辺りで終わってくれないか…ミナの願いは空しく、窓に鍵縄が掛かったと思ったら、黒づくめの男が飛び込んできた。
「!」
敵の長剣をメイスで受け止める。なかなかに強い。打ち合いながら、ミナは説得を試みた。
「ねえ!もう止めない?直ぐに軍が来るよ。捕まったら死刑だよ!」
「逃げろと言うのか?否!これが最後の機会!王に一矢報いてから散るのみ!」
黒男はここで死ぬ気だ。交渉は不可能か。
「パルマの僻地に流罪にするよう、頼んであげる!奥さんも子供も一緒に!」
「断る!王妃を道連れに死ぬ!」
ダメだ。ミナはメイスで男の頭を殴り飛ばした。だが次々と窓から黒男が侵入してきた。王妃様とチェルシー嬢を背に、ミナはメイスを構えた。流石にこの数は苦しい。
「どりゃあっ!!」
そこへ、気合いと共に賊を吹き飛ばし、実戦用の木刀を持つ兄が現れた。形勢逆転だ。ウィスタリア兄妹は並んで戦う。タロも一緒だ。黒男の刃を潜り抜けて手足を噛みついていた。
だが、階段から新たに現れた黒男は、弓を持っていた。
「!」
兄は妹に覆い被さった。至近距離で放たれた矢は、兄の鎧を貫通した。ミナの意識はそこで途切れた。
◆
死を覚悟した賊徒は手強かった。エドヴァルドが手こずっている間に、カールが最上階に突入した。その後を数人の敵の弓兵が追う。王子が最上階に着いた、ちょうどその時、ミナとカールが倒れるのが見えた。
「ミナ!!」
激怒した王子は、弓兵を切り伏せた。そして婚約者を抱き起こした。
(何故だ?!妖精はどうした?)
だが、ミナは気を失っているだけだ。うつ伏せに倒れるカールの背には、何本もの矢が刺さっている。恐らく、妹を庇ったのだ。
「嫌です!カール様!」
「カール君!目を開けて!」
クリシュナ嬢と母が押さえるハンカチが、見る間に朱に染まる。しかし護衛とイタチらも敵を食い止めるので精一杯で、今すぐには運び出せない。
(一か八か、カールを背負って脱出すべきか…)
王子が逡巡していると、いきなり、クリシュナ嬢が古代語で叫んだ。
『古の神々に願い奉る!我が君、カール・ウィスタリアの命を救い給え!代償に、我が命を捧げる!』
『やめろ!そんな事で傷は治らない!』
エドヴァルドもつられて古代語で言う。泣き濡れた顔が振り向いた。
『いいえ!ここは神域です!古き神は犠牲を受け取ると、古文書に書いてありました!』
その時、腕の中のミナがパチリと目を開けた。赤い唇から禍々しい言葉が流れ出す。
『では契約だ。小娘、命を寄越せ』
『はい!』
『やめろ!』
妖精は起き上がり、意地の悪い流し目で王子を見た。
『なぜ止める。目覚めて兄が死んでいたら、ミナが悲しむぞ』
『…私の寿命を持っていけ。まだ数十年はあるだろう』
『要らぬ。妾が欲しいのは純潔な魂じゃ。では、小娘と王子、それぞれの初子を“妖精の愛子”とする。それで手を打とうぞ!』
返事もしていないのに、次の瞬間、ゴウっと風が吹いた。思わず目を瞑り、再び目を開けたら、カールが起き上がっていた。
「あれ?なん…わぁっ!妖精?!」
妹の顔を見て驚いている。一方、妖精の方は次の娯楽を欲している。
『さあ、王子。どれを殺る?』
訊かれるだけ進歩したのか。王子は賊共を指した。
『あの黒い連中だ。それ以外は味方だからやめてくれ』
『フハハハハハハ!』
転がっていたメイスを拾うと、妖精は暴れ始めた。一撃でテロリストを吹っ飛ばし、反撃は許さない。塔の中の敵を殲滅し終わると、外へ飛び出した。そこへ大軍師が追いついたので、王子は慌てて窓から叫んだ。
「クシシュナ卿!兵を下げろ!巻き込まれるぞ!」
「あれは…ウィスタリア嬢?」
さすが大軍師、直ぐに軍を止めた。しかし何百という兵が、篝火の灯りの中、舞うように賊をぶちのめす妖精を見てしまった。
「強…」
呆然と呟く兵達。エドヴァルドは頭痛がした。これではミナが鬼女になってしまう。ただでさえ悪女だったのに。すると、母が彼の肩に手を置いて囁いた。
「一芝居打つわよ」
◆
全てのテロリストが地に伏し、ようやく妖精は止まった。塔から王妃、王太子、クリシュナ嬢、パルマの騎士が出てくる。王妃が進み出て、話し始めた。
「皆の者!見たか!アストリアの王妃が宣言する。二人の乙女が戦神を降ろした!ああ、チェルシー嬢の呼び掛けに答えし神よ!感謝申し上げます。御身の力により、逆賊どもは討ち果たされました!どうかミナ嬢への憑依を止め、天にお帰りください!」
エドヴァルドはニヤニヤする妖精を抱き寄せた。
『直ぐまた会おうぞ。父上』
『…』
王子が口付けると、妖精は消えた。ミナがパチリと瞬きをする。
「エド様?」
「王太子殿下万歳!ミナ妃殿下万歳!」
途端に、兵達が轟くような歓呼の声を上げた。王妃は横にミナとクリシュナ嬢を並べて手を振った。ミナは訳が分からないという顔で、クリシュナ嬢は固まっている。王子も作り笑顔で手を振った。
すると、そこに先触れの声が響いた。
「国王陛下の御成!」
エドヴァルドも母も仰天した。もう夜中、しかも戦いが終わったばかりの戦場に臨幸されるなど、あり得ない。だが森の中から近衛の一団が粛々と現れた。大塔の前はクリシュナ卿の軍に加え、近衛騎士団でいっぱいになる。
「陛下!」
輿ではなく騎馬の陛下に、クリシュナ卿が駆け寄った。
「まだ賊徒がおるやも知れません。危険です」
「良い。王妃は何処だ?」
陛下は馬を降りた。そして跪く兵の間を通って、母の下に急いだ。馬の嘶きと松明のはぜる音以外聞こえない。その不思議な静寂の中、
「エミリア!」
と、王妃の名を呼んだ。母は先程までの威厳をかなぐり捨て、陛下の胸に飛び込む。
「シグルド様!」
「え?」
ミナがチラリと王子を見た。エドヴァルドは小声で教えた。
「陛下の御名だ。シグルド・オスバルドゥル・ゴットスカルク…」
「あー。良いです。覚えられないので」
「覚えろ」
ミナは目を泳がせて話を変えた。
「でも良かったです。王妃様、ずっと陛下を待っていましたから」
「お前はどうなんだ?」
「そりゃあ、エド様を信じてますもの。山よりも高く海よりも深く、でしたっけ?」
思わず、王子は彼女を抱きしめた。ようやく、長い長い一日が終わったのである。
◇
狩猟大会は中止となった。仕方ないとは思うが、当てにしていた賞金が消えてしまった。どうやってミナとエド様の衣装代を工面しようか?悩んでいたら、陛下が、あの武器庫で見つけた鎧を買い上げてくれた。帝国時代の遺物は超高級品らしい。まだ見積り中だが、弓矢、剣、メイスと合わせて、金貨2千枚はするそうな。
「やったーっ!みんなで山分けしても、一人300枚以上は確実ね!」
喜ぶミナに、吉報を教えてくれた王妃様は笑顔で頷いた。
「イタチ君とオコジョちゃんも、遠慮なく受け取ってちょうだい。とにかく、無事に済んで良かったわ。みんなありがとう!さあ、お茶をどうぞ。お菓子も召し上がれ。片手で食べられる物を用意したから」
今日は、王妃様がミナとチェルシー嬢、イタチ、オコジョを招いての、お疲れ様会である。オコジョは相変わらず顔を隠しているが、飲食できるようベールを着けている。イタチは吊られた左腕を指さして、ミナに抗議した。
「なんで俺だけ腕折られんの?味方だったのに?!」
妖精だ。エド様が『黒い連中』と言ったせいで、イタチも巻き込まれてしまったそうだ。テロリスト達は、死にはしなかったが、全員骨折していた。
「ごめんねー。慰謝料払うから許して」
ミナが謝ると、イタチはガツガツとお菓子を食べ始めた。
「オコジョだって黒装束だったのに。女だから?妖精って女尊男卑なの?」
「うーん。女山賊だと打撲ぐらいだから、一応区別してるみたい」
「差別だよ。でも母御、隠密とお茶するなんて正気?ここ王宮だよ?」
王妃様は扇で口を隠して笑った。
「大丈夫よ。日報には『ミンク子爵夫妻と懇談』って書かせるから。もし変な噂が聞こえてきたら、この場に裏切り者がいるって事ね」
背後の侍女達が顔を強張らせた。砦の一件以来、王妃様はだいぶ王妃らしくなった。陛下が自ら迎えに行く程のご寵愛、と専らの噂である。
(嬉しかったんだなぁ。全然愚痴を言わなくなったし)
でもお喋りなのは変わらなかった。
「テロリスト達はノルディ家の執事だったらしいわ。忠義は素晴らしいけど、被害も大きかったし、多分、処刑ね。そうそう、『森の収穫祭』の会場に、別の暗殺者がいたんですって。ミナちゃんを狙っていたそうよ。今、エドヴァルドが調べてるけれど、首謀者は一体誰かしら?イタチ君、知ってる?」
「エド様が良いって言うまで秘密。それより、神とか憑依とか、大嘘だろ?妖精と何を喋ってたの?」
イタチがチェルシー嬢に訊いた。彼女は頬を染めて口を開いた。
「カ、カール様を救うのと引き換えに、その…」
◆
「エドヴァルドとクリシュナ嬢の初子を、“妖精の愛子”にする?どういう意味だ?」
陛下がエドヴァルドに尋ねた。人払いした国王の私室には、クリシュナ卿とウィスタリア伯爵、カールもいる。ソファに座り、茶も出されているが、ウィスタリア父子は手も付けずに頭を下げていた。
王子は簡潔に説明した。
「私とミナ、及びチェルシー・クリシュナ嬢とその夫の、最初の子供を“妖精の愛子”にする、という意味です」
「命を取られるのか?」
「いいえ。身の内に妖精が宿るだけです。純潔が条件なので、現在ミナに憑いている妖精も、婚姻後は消える予定です」
母が上手く誤魔化したが、多くの目撃者がいる以上、陛下や大軍師には明かさなければならない。だから、妖精について余さず話した。
聞き終えた陛下は、クリシュナ卿に訊いた。
「ウィスタリア家の血筋にしか現れないとは…。どう思う?大軍師」
「恐らく、ウィスタリア家の祖先が、子を守る契約を結んだのでしょう。それが時代を経るうちに歪んでしまった。ミナ様に憑いていたモノは、凄まじい戦闘力でした。言葉が通じる相手であれば、是非、再契約を。いや、もうエドヴァルド殿下が結んでしまいましたな」
「問題はチェルシー嬢の方か。妖精憑きとなれば、嫁の貰い手も見つかるまい」
そこでウィスタリア伯爵が更に深く頭を下げる。
「恐れながら!責任を取らせてください!全て愚息が原因でございます!ご令嬢の第一子が成人するまで、愚息が命を賭けてお仕えいたします!」
だが、元を糺せば、テロリストの襲撃を許したのが原因である。カールは、ミナと王妃、令嬢を守った末に死にかけたのだ。エドヴァルドが取り成そうとした時、大軍師が言った。
「では。カール、君がチェルシーの夫になれ。それで全て解決だ」
「は?」
カールが顔を上げた。
「言っておくが、中隊長ではやれないぞ。一年以内に師団長になれ。近々、ラビニアあたりが仕掛けてくるから、戦功をあげてきなさい」
話がまとまると、陛下と大軍師が先に出ていった。王子は呆然と立つカールの肩を叩いた。
「良かったな。奴隷より夫が良いだろ?」
カールはようやく我に返って叫ぶ。
「…俺がチェルシー嬢の?ワオ!最高です!」




