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番外編・友達作ろう作戦04 隠れん坊をしよう

 エドヴァルドは『森の収穫祭』会場へ急行した。だが着いた時には、美しい敷物は踏み躙られ、そこかしこに流血の痕があるばかりだった。既に貴婦人達は避難し終わり、監察部の調査が始まっている。


「これは殿下。ご無事で何より…」


「ミナは?」


 王子は監察長官の言葉を遮った。ミナにはイタチを付けている。いざとなったら妖精もいる。しかし胸騒ぎが止まらないのだ。


「倒れたクリシュナ嬢に付き添って、救護所に行ったそうです。王妃殿下もです。テロリスト達は、『深緑のドレスと燕脂色の帽子』の女性を探していたとか。そして『王妃は何処だ』と訊かれた令嬢がいます」


「何?目的はミナではなかったのか?」


「はい。偶然、ウィスタリア嬢と王妃殿下の色が被っていたのです。ついでにクリシュナ嬢も。その後、テロリスト共は救護所を襲いましたが、そこで御三方の行方が途絶えました」


 王子の怒声が響いた。


「会場の護衛は何をしていた!寝ていたのか!」


「お怒りご尤も。しかし、護衛も善戦しました。数倍の敵を相手に、貴婦人達を守りきったのです。どれ程苦しい戦いだったか、殿下ならお分かりになるのでは?」


 監察長官に諭され、エドヴァルドは歯を食いしばった。王と王太子に警護を多く割いたせいで、こちらの警備が手薄になったのだ。


「…すまない。言い過ぎた。それで、母とミナは拐われたのか?」


「不明です。王妃殿下の侍女によると、救護所に賊が押し入った直後、部屋の中が煙で見えなくなったそうです。煙が晴れたら、テロリスト共も、王妃殿下とウィスタリア嬢、クリシュナ嬢もいなくなっていたとか」


(イタチだ。母とミナを逃したな)


 だがこの広い森の何処に隠れたのか。テロリスト達も追っているに違いない。奴らよりも先に見つけなければ。焦る王子に、カールが申し出た。


「恐れながら申し上げます!タロを放つ許可をください!」


「後を追うのか?」


「いいえ!タロに先行させます。森の中では、その方が早いと思います」


 犬であれば道なき道を行ける。戻りを待つ間に、こちらは準備を整えられる。


(確かに、弓矢ではテロリストと戦えない)


「良いだろう」


 エドヴァルドは頷いた。カールが首輪から鎖を外してタロに命じた。


「タロ、ミナを探せ。見つけたら戻ってこい!」


「ワンっ!」


 一声鳴くや、薮に飛び込んで見えなくなる。共に行きたい気持ちを堪え、エドヴァルドは声を張り上げた。


「剣と鎧を持て!クリシュナ卿を呼ぶんだ!急げ!逆賊共を狩り出すぞ!」



         ◇



 チェルシー嬢によると、この森はアストリア帝国時代からの王領で、多くの遺跡がある神域だそうだ。ピクニックをしていたのは森の入り口に過ぎず、奥は鬱蒼とした木々が続いている。


「もう少し東に行くと、塔があります。出入り口が少ないので、守りやすいと思います」


 方位磁石を頼りに、チェルシー嬢は迷わず案内した。と言っても、オコジョが背負われたままである。王妃様はイタチがおんぶして、ミナだけ隠密と並んで走っている。体力的に、その方が合理的だから。


「詳しいのね!チェルシーちゃんって、遺跡マニアだったの?」


 王妃様が感心したように言った。確かに、チェルシー嬢は凄い。地図も無いのに、時折現れる苔むした石碑を目印に、次々と方向を定めていくのだ。


「いいえ。父が『常に準備を怠るな』と。ですから、いつも行く先の情報を頭に入れてます」


「さすがクリシュナ卿の娘ね!」


「本当に!あ、あれかな?塔っぽいのが見えてきました!」


 ミナが足を早めると、イタチは顔を顰めた。


(はえ)ーよ!こっちは人間背負ってんだ。大体、んな踵の高い靴で、なんで走れんだよ」


「天然理想流・つま先走法よ。今度教えてあげる」


「やだよ。カッコ悪い」


 やがて塔に着いた。逃亡者達は崩れた石垣の間を通って、内部に入った。500年前の遺跡らしいが、5階ぐらいまで残っている。チェルシー嬢の言う通り、2つある入り口を塞げば籠城が可能だ。イタチとオコジョがバリケードを作る間、女性陣は食料を探した。


 遺跡に絡みつくヤマブドウやアケビ、果樹園だったのか、ザクロ、リンゴなどが見つかった。それらを、オコジョが持っていた大きな布に包み、塔に運び込む。水筒も貸してくれたので、湧き水を汲んだ。磁石もオコジョの物だったし、便利な人だ。


「水と食料はこれで良し!狼煙を焚いて救援を呼びたいけど、敵に見つかっちゃうか」


 既に夕暮れが近い。早めの夕食を食べながら、ミナとイタチは相談した。オコジョは窓の側に立って見張りをしている。


「さすがに、朝までには救援が来ると思うけど。もし襲撃された場合、オレとオコジョだけで持ち堪えられるか、分かんね」


 弱気なイタチに、ミナは尋ねた。


「手下を呼べないの?あちこちに居るんでしょ?」


「もう定時だから。残業無しって契約なんだ」


「オコジョは?」


「残業代込みなのさ」


 オコジョは小さく頷いたが、何処となく不満そうだ。すると、王妃様がスクッと立ち上がった。


「イタチ君。私も戦うわ。陛下なんか当てにならない。自分の身は自分で守るのよ!」


「つっても、ナイフと暗器しか持ってないよ」


 チェルシー嬢が顔を上げた。


「まだ盗掘されていなければ、帝国時代の武器があるかもしれません」


 アストリア帝国の遺物は、今の技術では再現不可能と言われる。腐食しない剣や装飾品がしばしば見つかるそうだ。ミナは興奮して手を打った。


「よし!探してみよう!」


 全員で砦の中を探検することになった。上層階は何もない。しかし、地下に続く怪しい階段が見つかった。蝋燭(オコジョ持参)を灯し、警戒しながら降りて行く。冒険物だと、この先に待ち受けるのは転がる大岩とか、落とし穴だ。モンスターという可能性もあるな。ちょっとワクワクしながら進むと、『III』と書かれた扉があった。


「何だこりゃ?3本線?」


「3回ノックすれば開くんじゃない?」


「ほんとかよ」


 ミナのアドバイスを疑いつつも、イタチは扉を3回叩いた。何も起きない。だが、ミナが触れた途端、扉は横に滑って開いた。


「ほら!やっぱりノック3回よ!」「マジで?」「凄いわ!ミナちゃん!」「今、一人でに開きましたよね?!」一同が驚いている間に、蝋燭を持つオコジョが先に入った。続いて入ったミナは、息を呑んだ。


 一面に並ぶ鎧や盾などの防具。長剣や槍、弓。つい最近作られたかのように、輝く武器が並んでいたのである。



          ◇



 帝国人は小柄だったのか、鎧兜は女性陣にピッタリだった。イタチとオコジョは服の下に防具を仕込んでいるので、要らないと言う。ミナ達はドレスを脱いで、下着の上から鎧を着けた。驚くほど軽い。金属ではないみたいだ。


「わあ!ミナちゃんもチェルシーちゃんも麗しい!戦乙女みたい!」


「王妃様も凛々しいです!まるで女神様です!」


 褒め合いながら、弓と矢を最上階まで運ぶ。敵を上から射ち、決して近寄らせない作戦だ。たった5人では接近戦は無理なので、それしかない。


「オレとオコジョ、ミナが弓兵だ。母御とチェルシー嬢は矢を補充する係。絶対に顔出さないで、頭低くして」


 イタチは至極真っ当な指示を出したのに、王妃様は頬を膨らませた。


「えー。私も戦うって言ったじゃない」


「無理。さっき試したら、5メートルも飛ばなかったじゃん。それに敵の狙いは母御なの。自覚してくれよ」


「…王妃なんか、なるんじゃなかったわ。ゴメンね、みんな。巻き込んで」


 みるみる、王妃様のやる気が萎んでしまった。


「大丈夫ですよ!きっと陛下とエド様が助けに来てくれます!」


 と、ミナが慌てて励ましたが、


「エドヴァルドはともかく、陛下は来ないわ。王妃なんて誰でも良いのよ。10代のピチピチした娘を娶れば良いのよ」


 いじけてしまった。するとチェルシー嬢が、武器庫から運んできた木箱を指して言った。


「王妃殿下。私達はこれで援護しましょう。もしかしたら、弓より凄いですよ」


 中には、ティーポットぐらいの丸い球が沢山入っている。陶器製で紐が出ているけど、用途がさっぱり分からない。ミナは木箱に書かれた古代語を読んだ。


『鉄はう?』


「そうです。書物でしか知りませんが、帝国時代の攻城戦で使われた武器です。この紐に火をつけると、爆発して敵を驚かせたり、上手くいけば、登ろうとする兵を落とせます」


 なんて博識な。全員がチェルシー嬢を尊敬の眼差しで見た。その時、外を見ていたオコジョが初めて喋った。


「何か来る」


 高い声にミナは驚いた。


「え?何が?て言うか、オコジョは女の子?」


 窓に近寄って外を見下ろしたが、既に日は落ち、薄暗い森しか見えない。


「…速い。人間じゃない」


 目を凝らすと、何かが森から飛び出してきた。それは塔を見上げて吠える。


「ワンっ!」


「タロ!」


 慌てて地上階へ降りた。タロはバリケードの隙間から中に入ってきた。そしてミナに飛びついて彼女の顔を舐めた。兄とエド様が探している。嬉しい。それだけで勇気が湧いてくる。彼女はブンブン尾を振るタロを撫でてやり、皮を剥いた少量のリンゴと水を与えると、


「これしか無くてゴメンね。私達はここで待ってるから。お願い」


 深緑のドレスの一部を裂いて、首輪に結んだ。タロは一声鳴いてから、飛び出していった。


「あの犬、助けを連れて来るんだな?よっしゃあー!」


 イタチは嬉しそうに拳を突き上げた。しかし、月が出た頃、森の中に怪しい光が現れた。こちらが通ってきた道を辿るように近づいて来る。それを見たイタチは真剣な顔になった。


「ヤベェな。あっちにも隠密がいるわ。オメェ、剣使えんだろ?用意しとけ」


「…」


 ミナは迷った。天然理想流は人を殺す剣ではないのだ。でも、王妃様やチェルシー嬢を守らなくては。イタチは武器庫から持ってきた剣を、すぐ取れる位置に置いた。


 次の瞬間、何の警告も無く、窓目掛けて火矢が打ち込まれた。


「来たぞ!」

 

 それから、激しい矢合わせが始まった。



          ◆



 日が暮れてもタロは戻らない。戦準備は整ったが、出ることができない。エドヴァルドは焦燥感と戦っていた。イタチ以外に何人の隠密がいるのか。敵はどれほどの規模なのか。何も分からないのがもどかしい。そして月が昇り始める頃には、大軍師が到着した。


「殿下!遅くなりました!」


「クリシュナ卿。来てくれたか」


「ご心配でしょう。ですが、我が娘がきっと、良い砦を見つけておりますよ」


 大軍師は微笑みすら浮かべ、王子の肩を叩いた。それだけで少し落ち着いた。そこへ、カールが走ってきた。深緑の布を振っている。横にタロもいる。


「戻りました!ミナ達を見つけました!」


 王子は号令した。


「よし!出発だ!」



         ◆



 タロの案内で神域の森に足を踏み入れた。松明の明かりで馬を進めながら、大軍師は言った。


「おそらく、帝国時代の遺跡の一つ、大塔でしょう。チェルシーならそこに向かいます。籠城できますから」


「信頼しているんだな。クリシュナ家の教育が良いのか?」


 王子は感心した。並の令嬢ではないらしい。


「いいえ。天与の才です。女でなければ軍に入れました。…おお。賊共も見つけたようです」


 前方で戦闘が始まった。たちまち、夜の森に剣戟と叫喚が鳴り響く。大軍師は、


「ここはお任せください!殿下は大塔へ!」


 と、王子を先に行かせてくれた。エドヴァルドは、少数の騎士を連れてその場を離脱した。前方でカールがタロを守りながら、木刀を振り回している。


「カール!来い!」


「はいっ!行け!タロ!」


 タロは再び先頭を走り始めた。エドヴァルドはカールにだけ聞こえる声で尋ねた。


「妖精は出ていると思うか?母やクリシュナ嬢も守るか?」


「あー。恐らく。奴ら、女性に優しいんです。でも基本、意地悪ですから。何か代償を取ってくかも知れません」


(代償?)


 不安が頭を掠めた時、松明と火矢で照らされる塔が見えた。賊共と籠城する側は激しく矢の応酬を交わす。最上階の窓から弓を引く鎧武者は、間違いなくミナだ。鉤縄で登り来る敵を撃っている。イタチともう一人の隠密も、次々と地上の射手を倒していた。


「ミナ!!」


 大声で呼びかけると、ミナがこちらを見て手を振った。


「エド様〜!!」


 まだ妖精は出ていない。王子は安堵しつつ、地上の賊を馬上から切り捨てた。だが多過ぎて、塔に近づけない。その間にも、どんどん塔に登る賊が増えていく。すると、上から何かが落とされた。それは爆発して、驚いた賊は火に包まれながら落ちていった。


(何だ?)


 と思って見上げれば、手甲をつけた手が、窓から謎の玉を落としている。チラッと兜も見えた。


「母御!頭出すな!チェルシー嬢!あと15センチ右だ!」


 イタチが指示を飛ばす。母とクリシュナ嬢のようだ。では籠城するのは5人。隠密は言うまでもないが、ミナも素晴らしい射手だ。的確に賊の手を撃ち抜き、火の玉を潜り抜けた敵を寄せつけない。これなら大軍師が来るまで保つだろう。


 そう思った矢先、入り口らしき場所で爆発があった。


「突破された!お嬢!外はもう良い!剣を取れ!階段から来るぞ!」


 イタチともう一人は、弓を捨てて中に引っ込んだ。ミナは、エドヴァルドに迫る敵の足を撃ち抜いてから、窓を離れた。


「殿下!俺は中に行きます!」


 馬を捨てたカールが、王子の横を走り抜ける。バリケードが崩れた入り口から、隠密らしき賊が入って行くのだ。


「どけ!」


 王子も馬を飛び降りると、襲いかかる賊を切り捨てながら、塔に突入した。


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