番外編・友達作ろう作戦03 ピクニックへ行こう
秋になった。ある日、ミナは王妃様の執務室に呼び出された。ソファに座り、お茶を飲みながら、王妃様は話し出した。
「今度、狩猟大会があるでしょ?男性は全員参加で、その間、女性は森の収穫祭っていうのをするのよ。要は女だけのピクニックね。その運営を手伝ってもらえない?私が既婚女性担当で、ミナちゃんが独身担当。お腹の大きい人は来ません。外で何かあると困るから。あーもう、本当に嫌。同世代の女性は、『運よく王妃になれましたね!』とかチクチク言ってくるだろうし。他にも、食事がイマイチだったとか、飾り付けが貧相だったとか、いつまでもイジられるのよ。きっと」
例によって弱気な義母を、嫁は励ました。
「そんな事言う人いませんよ。大丈夫、王妃様ならできます。微力ながら、私も精一杯務めますから」
「あらー。ミナちゃん優しい。本当に助かるわー。じゃあ、王妃代理って事で。これ、委任状。ところで聞いたわよ。ラージャ伯爵家の舞踏会の件」
超高速アストリア・ワルツの事か、あるいは兄がモテモテだった事か。ミナが尋ねる前に、王妃様は目を細めて言った。
「良いのよ。どうせエドヴァルドが悪いんだから。なのに色々言う人がいてね。陛下もそれを間に受けて。『お前からミナに自重するように言え』なんて仰るのよ。本当に腹立たしい。大体ね、いつだって『女の方から誘惑した』ってなるの、おかしいわ。そういう所も変えていきたいと思わない?」
「えー、はい。その通りだと思いますが、殿下は何も…」
さっぱり理解できない。王妃様は首を振った。
「庇わないで。エドヴァルドには、私からキツく言っておきます。ミナちゃんは、誰に何を言われても、気にしないで良いわ。あ、じゃあ、明日から収穫祭の準備を始めましょう。よろしくね」
話は終わった。ミナは王妃様の執務室を退出し、王太子宮に向かいながら考えた。
(何の話?自重?誘惑?舞踏会では、エド様と踊っただけだし…)
「そっちは男子トイレだよ」
すると、急にイタチの声が聞こえた。しかし周囲には誰もいない。
「イタチ?どこにいるの?」
「秘密。エド様に、オメェを護衛しろって命じられたから。ヨロシク」
そう言えば、護衛をつけると言っていたが、イタチだったのか。女性が良かったなぁ、とミナは思いっきり顔を顰めた。
「えー。トイレとお風呂は覗かないでよ」
「当ったり前だろ。エド様に殺されらぁ」
彼女はふと、イタチなら何か知っているのではと思った。
「ねえ。ラージャ家の舞踏会で、私、何かやらかした?」
「金貨5枚くれたら教えてやるよ」
「…じゃあ良い。あ、シリ。ごめんね、先に行っちゃって」
そこへシリが小走りに来たので、イタチとの会話を打ち切る。
先程の王妃様の話も、気になるといえば気になるが、あからさまに悪口を言われる事も減ったのだ。やはり友達が増えたのは大きい。今ではクリシュナ嬢など数人の令嬢達とお茶を飲む仲である。話題が兄に偏っているけれど、自分の派閥ができたと言って良い。
(ピクニックで、もっと友達を増やそう!)
やる気に満ちたミナは、専属侍女を従えて堂々と歩き始めた。しかし、
「ミナ様。そちらは国王陛下の執務室です」
「あら?」
危うく不審者として逮捕されるところであった。
◇
狩猟大会当日。抜けるような青空の下、王都郊外の森には、狩りの装束を纏った男性達が集う。その中で一番輝いているのは、勿論、エド様だ。大きな帽子にはフワフワの白い羽、黒い革マントが左肩を覆い、同じく黒の上着を留めるボタンは全て銀。
「スラリとした御御足で長いブーツを履きこなし、白絹の髪を秋風に靡かせる…」
「何をブツブツ言ってるんだ?」
エド様が、メモを取るミナに声をかけた。
「御衣装録です。ご機嫌よう、エド様!今日もとっても素敵です!」
「衣装?そんなの、小姓が記録してるだろう?」
「私の感想が書かれていません。…エド様、どうぞ」
ミナは矢束を差し出した。『何だこれ?』と言う表情のエド様に説明する。
「我が故郷に伝わる雁股矢です。鏃の先が二股になってますよね?これで獲物を射切る事ができます。大丈夫、大会ルールは『2人1組・猟犬は1匹まで』しかありません。これでバンバン鳥を獲って、絶対に優勝してください!」
獲物の総重量を競うので、キツネ1匹より山鳩20羽の方が上なのだ。ちなみにエド様の相方は兄、猟犬はタロである。
「…普通、婚約者に優勝を強請るか?」
「え?兄もエド様も弓の達人ですし、タロだってパルマ一の猟犬ですよ。賞金は貰ったも同然でしょう?」
「賞金目当てか…。確かに金貨300枚は大金だが、何に使うんだ?」
と渋面のエド様に、ミナは高らかに宣言した。
「エド様のお誕生日パーティーを開くんです!盛大に!!」
来月、エド様は27歳になる。侍従長に確かめたら、それだけあれば城中の下働きに至るまで、ご馳走が振る舞えるそうな。晩餐会や舞踏会は国費で賄うとして、エド様と2人でお揃いの衣装も作れるだろう。本人に資金を稼がせて申し訳ないが、ミナは大会に出られないので、仕方がない…と説明する。
ミナは、エド様の背後に控える兄に念を押した。
「兄上。良い?質より量だよ?」
「分かったよ。俺も雁股矢、持ってきた」
「タロも頑張って。深追いしないこと。分かった?」
「ワンっ!」
これで良し。ミナはしゃがんで可愛いタロを撫でてから、立ち上がった。すると突然、エド様に抱きしめられた。
「私の誕生日の為に?」
「はい。紫と青のグラデーションの衣装とか、どうですか?この間は1曲しか踊れなかったし。いっぱい踊りましょう」
「…ああ。楽しみだ」
エド様はミナの頬に口付けた。周りにいた人達が「わぁ!」と驚く声に、驚いた。
「もう!びっくりするじゃないですか!」
王妃様は本当に自重を命じたのだろうか。抗議は無視され、眩しい笑顔を向けられた。
「それとは別に、お前に獲物を捧げよう。何が良い?」
「うーん。アナグマですかね」
「ウサギやキツネではなく?毛皮で色々作れるぞ」
「美味しいので」
「…」
ミナはエド様と兄とタロを見送った。そして馬車で別の森へと向かう。そこで王妃様主催の野外パーティー・『森の収穫祭』が開かれるのだ。
(さあ、私も頑張ろう!)
いよいよ、『友達を作ろう作戦』第三弾が始まった。
◆
愛馬を駆りながら、エドヴァルドは喜びに浸っていた。去年の誕生日は土牢にいた。一昨年は、偽りの愛と栄光に満足していた。どちらも思い出したくもない記憶だ。それを、ミナが塗り替えようとしている。絶対に優勝するぞ…やる気に満ち満ちた王子は、次々と獲物を仕留めていった。
「殿下!今です!」
カールの合図で二股の矢を放つ。タロに追われた山鳩の群れは、あっという間に地に落ちた。
「お見事!絶好調ですね!」
「何を言う。ほとんどお前が打った矢だ」
王子が1矢射る間に、カールが同時に3、4矢を射るのだ。タロも素晴らしい。薮に落ちた獲物を、すぐに探し出してくる。始まってまだ数時間だが、エドヴァルドのチームは順調に獲物を積み上げていた。
「持ちきれないので、一旦、審査会場に運びます」
と、小姓達が山鳩を袋に詰める間、小休止を取る。エドヴァルドは深呼吸をした。久々の野外が気持ち良い。ノルディ家の残党によるテロが活発な今、狩猟大会への参加を危ぶむ声もあった。しかし陛下が、護衛を増やせば良いと許可してくださったのだ。
「あれ?」
カールが獲物の山から、1羽を摘み上げた。
「こりゃ山鳩じゃないな…うわっ!やっちまった!伝書鳩だ!」
「伝書鳩?」
「はい。脚に手紙を入れた筒が付いてます」
「見せろ」
誰が放ったものか。王子は手紙を広げた。そして目を見張った。
「ミナが危ない!」
そこには、『深緑のドレスに燕脂の帽子・救護所』と書かれていたのである。
◇
森の空き地に、幾つもの豪華な織物が広げられ、その上で貴婦人や令嬢達が寛いでいる。森と言っても、人の手が入った芝生の庭で、虫一匹いない。側の小屋には清潔なトイレもあるし、立派な救護所も用意されている。
この数週間、王妃様とミナは、全力で『森の収穫祭』の準備をしてきた。その甲斐あって、お茶や菓子などの飲食も、田舎風の会場装飾も大好評であった。特に人気だったのが、果物狩りコーナーだ。
「素晴らしい趣向ですわぁ。自分で果物を獲るなんて。おもしろーい!」
と、ブドウを手に頬を紅潮させるのは、ベル・ファーレ子爵令嬢である。波打つ茶髪に、少し垂れ気味の水色の瞳。無邪気な笑顔がほっこりする、癒し系美少女だ。
ミナは笑顔で案内した。
「ありがとうございます。収穫した果物は、お土産としてお持ち帰りくださいね。今すぐ食べたい方は、あちらにお持ちください」
果物狩りはミナの発案である。王城の庭師に頼み込み、鉢植えの果樹を手に入れた。足りない分は、王都中の植木屋から取り寄せて、更には、パティシエによるデザートの盛り付けも企画したのだ。
(収穫体験なんて、お嬢様には新鮮だよね〜)
一通り果物狩りを楽しんだ後は、お茶とお喋りに興じる。王妃様は主にマダム達の敷物を周り、ミナは令嬢達と語らった。
「まあ!申し訳ありません、ミナ様。色が被ってしまいました」
チェルシー・クリシュナ嬢が頭を下げるので、何のことやらと思ったら、彼女も深緑のドレスと燕脂色の帽子だった。
「全然気にしてませんよ。デザインは違うじゃないですか。ほら、王妃様も同じですし」
と言ったのに、チェルシー嬢はますます小さくなった。
「以前は、王族方が着る色を事前に知らされたのですが…」
「ああー。王妃様がそういうのは止めましょうと。私はむしろ嬉しいです。好きな色が一緒ってことですから」
「ミナ様…!」
チェルシー嬢の髪色は濃いブラウンだから、深緑が似合う。彼女は同じくブラウンの瞳を潤ませて、
「カ、カール様のお好きな色は何ですか?」
と訊いた。そんなの考えたことも無い。ミナは兄の好きな物を思い出そうとしたが、タロしか浮かばなかった。
「茶色ですかね。焦茶に近い」
「…!!」
乙女は卒倒し、救護所に運ばれた。責任者であるミナも一緒について行った。
♣︎
ベルは誰にも見られぬよう鳩を放った後、何食わぬ顔で化粧室を出た。じきに暗殺者が来る。金さえ払えば何でも消してくれる連中だ。ベルは獲物の特徴と、居場所を教えるだけで良い。
仲介者によると、凄腕の暗殺者だそうだ。女一人を始末するなど簡単至極。狩猟大会が終わる頃、無惨な死体となって発見されるだろう。
(さ、あの女が死んだって聞いたら、泣かなくっちゃ)
自然と鼻歌が出てくる。だが、会場に戻った途端、羽交じめにされた。
「大人しくしろ」
男がベルの首にナイフを当てる。と同時に、複数の男達が駆け込んできた。全員、黒い布で顔を隠し、武器を持っている。
(暗殺者?妙に早いわね)
ベルは違和感を感じた。仲介者は、密かに始末すると言っていた。しかし曲者達は会場の護衛達と派手に斬り合っている。そして逃げ惑う女性達を捕まえては、
「探せ!深緑のドレスに、燕脂の帽子だ!」だの、
「違う、こいつじゃない!」などと言い合っている。
(あの女を探している?やはり暗殺者なの?)
「言え。王妃は何処だ?」
と背後の男に訊かれ、ベルは身を固くした。此奴らは、自分が雇った暗殺者ではない。何という不運。王妃を狙う一団とかち合ってしまったのだ。しかし、ここで諦めるベルではない。
彼女は森の方を指差した。
「…さっき、あちらの救護所に行くのを見たわ」
男は無言で彼女を放すと、仲間に呼びかけた。
「王妃はあっちだ!」
曲者達が救護所の方へ行き、動ける護衛は後を追った。残された夫人や令嬢達は、怪我人の手当てをする者、気を失う者など、様々である。
最終的にあの女が消せれば良い。王妃と色が被ったせいで、御愁傷様…ベルは体を震わせて泣くフリをした。そしてジュリアナやマハに、目で「作戦完了」と伝えた。
◇
救護所に運ばれたチェルシー嬢は、すぐに意識を取り戻した。しかし、王妃様も駆けつけたので、カチコチに固まってしまった。
「無事なら良いのよ。でも、ちゃんと食べてる?え?食欲がない?恋煩いね。相手はミナちゃんのお兄さんでしょ。うっふっふっふ。おばさん、何でも知ってるのよー。分かるわ。カール君、とっても美男子だものね。両家顔合わせの時は気づかなかったけど、髭が無くなったら、あらビックリ!エドヴァルドに負けない美貌で、まさに『紫の精霊王』よね。チェルシーちゃん。パルマにお嫁、行きたい?行きたいよね?よし、行こう!」
王妃様はご機嫌麗しく、口を挟ませてくれない。
「ああ、ミナちゃん、何も言わないで。結納金なら大丈夫よ。無利子無期限で貸してあげる。問題はクリシュナ卿よね。末娘のチェルシーちゃんを溺愛してるから、外国に嫁ぐのを許さないかも。ここだけの話、クリシュナ男爵家は、一気に伯爵家になる可能性があるの。ペデス侯爵の反乱を鎮めた功績でね。私の実家も、高位貴族が綺麗さっぱり無くなったって理由で、なんと侯爵家になるらしいの。でもそれは表向きで、陛下が『流石に王妃の実家が伯爵家は無い』って仰るのよ。酷くない?」
「えー。恐れながら、まずは『兄がエド様に負けてない』については、異議有りです。エド様の方が100倍カッコ良いです。次に結納金の借入れですが、これは一家で相談させてください。他にも借金があるので。最後に、御実家の陞爵、おめでとうございます。陛下はややツンデレ傾向がおありになるので、言葉通りに受け止めない方が良いですよ」
ミナは一気に答えた。チェルシー嬢は耳まで真っ赤になっている。
「そうかしら…。さ、チェルシーちゃん、少し食べてみて。元気になるから」
王妃様の侍女がお茶とお菓子を運んできたので、チェルシー嬢はベッドから下りた。ミナと王妃様も挨拶やら心配りで忙しかったので、少し休憩することにした。
3人は和やかにお茶を楽しんでいたが、何やら外が騒がしい。王妃様が後ろに控える護衛に訊いた。
「…何の騒ぎ?」
「様子を見てきます」
と、護衛騎士が緊張した顔で部屋を出ていった。すぐに剣を打ち合う音と、叫び声が聞こえて、明らかに曲者風の男達が乱入してきた。
「王妃は何処だ!」
ミナは咄嗟に立ち上がり、王妃様の前に出た。先頭の男がミナを見て言った。
「深緑のドレス…お前が王妃だな」
(狙いは王妃様。でも服装で探してるから、顔は知らないんだ)
ここは王妃様のフリをして、大人しく捕まるべきだろう。ミナなら隙をついて逃げ出す事ができる。そう思ったので、
「そうだ。下がれ無礼者!触れるでない!」
威厳たっぷり、手を伸ばす男に一喝した。だが、当の王妃様がミナの前に飛び出してきた。
「違うわ!私よ!」
更にチェルシー嬢が王妃様を押し退ける。
「いいえ!私が王妃です!」
「そうではない!私だ!」「よく見なさいよ!私が一番おばさんでしょ?!」「違います!童顔なんです!」…自分が王妃だと言い張る3人の女に、頭らしき男はブチギレた。
「全部深緑じゃないか!どれが王妃なんだ?!」
その時、何かが破裂する音がして、あっという間に部屋が煙に包まれた。
「ついてこい」
真っ白な煙幕の中、誰かがミナの手を引く。「何も見えん!」「逃すな!」と混乱する曲者達をすり抜け、外に連れ出された。気づくと王妃様を背負ったイタチと、チェルシー嬢を背負った黒づくめの隠密がすぐ横を走っている。
「…よし、これだけ離せば大丈夫かな」
数分後、イタチは茂みの奥で王妃様を下ろした。ミナはようやくほっとして、礼を言った。
「ありがとう!助かったわ!ところで、その人誰?」
「オレの仲間。オコジョって呼んで」
顔を隠した性別不詳の隠密は、無言で頷き、背から令嬢を下ろした。そのチェルシー嬢は、気丈にもオコジョに一礼する。王妃様も、顔見知りに笑顔を見せた。
「まあ。イタチ君ったら。どうして来てくれなかったの?一緒に土牢まで行った仲じゃない。私、あなたの好きなお菓子を用意して、ずーっと待ってたのに」
「違ーよ。『一緒に行った』じゃなくて、『オレが背負って連れてった』の間違いだろ。そんな事より、テロだ。ここだけじゃなくて、王城と狩猟大会も狙われた。でも国王とエド様は大丈夫。普段より厚い警備だったから。その分、こっちが薄かったんで、テロリストに突破されちまった」
「なんで知ってるの?」
彼はミナを護衛していたのでは。不思議に思って訊いたら、イタチは得意げな顔をした。
「オレは今や、エド様専属の隠密頭だからな。手下があちこちにいるのさ」
「へえー。おめでとう。それで、この後どうする?奴ら諦めそう?」
イタチは首を振った。
「無理。王と王太子をやり損ねたし、せめて王妃でも拉致しねぇと。連中、必死で追ってくるよ。だから助けが来るまで、どっかに隠れてよう」
「何処に?」
ミナが訊くと、奴は首を降る。だがチェルシー嬢がおずおずと手を挙げた。
「あの…この森にある、帝国時代の遺跡はどうでしょうか?」




